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【8/1書籍①発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

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7. 父との再会

 結局、シンシアとライアスはアルロに現状を伝えることにした。

「——何とか会話はできるようになったようだが・・・」

「会えますか」

 アルロは即座にそう尋ねた。

「会えるが・・・アルロ、一緒に暮らすのは難しいぞ。君の父親は、生活するのに人の手が必要だ」

「ぼ、僕が——」

「大人の手が必要だと思うわ。貴方が直接お世話をしたい気持ちはあるでしょうけど、貴方がここできちんと働いているからこそ、お父様も療養できているのだから」

「は、い・・・」

 アルロは納得していないようだった。

「ありがとうございます。あの・・・会いに行ってきても、いいですか」

 シンシアはライアスと目を見合わせた。

 レノンは、おそらくそう長くない。

 アルロの成長を待ってはくれないだろう。

 このまま会わせないまま、永遠の別れとなってしまう可能性もある。

 実の親子というつながりの前で、それを止めることはできないように思った。

「ライアス」

「——3日後なら、一緒に行けるが、どうだ?」

「え、い、いえ!そんな、公爵様に、わざわざ・・・僕一人で行ってきます」

「アルロ。貴方は大切なうちの子なのよ。一人でなんて行かせられないわ。気を遣うでしょうけれど、ライアスと一緒に行って来てちょうだい」

 施設は馬車で1時間程度の場所にある。

 シンシアが付き添いたいが、それでは護衛の数がとんでもないことになってしまうだろうから。

 ここはライアスに任せるのがよさそうだ。

「で、でも・・・」

「うちの施設だから、あなたの事がなくても、時々行かなきゃいけないの。ライアスは仕事のついでだから、ついて行ってらっしゃい」

 普段はライアス自ら行くことはないが、そう言っておけばいくらか気が楽だろう。

「は、はい。ありがとうございます」

 アルロは深く頭を下げた。




 施設は王都の外れにあった。

 それほど古い施設ではない。

 治療が必要な犯罪者の入る施設で、運営はペンシルニアに任されている。

 ファンドラグでは、公共事業は高位貴族で分担して担っている。

 この施設もペンシルニアが担っている数ある公共事業のうちのひとつだ。

 施設の中に入るには3つの関門を潜り抜ける必要があった。アルロはいくつかの注意事項を伝えられた。

 ライアスから離れないこと、離れる時も騎士を1人伴うこと。

 そう言われると、父はどれほど厳重なところに住んでいるのかと不安になったが、通された部屋は鍵がかかっている以外は住んでいた部屋よりよほど綺麗だった。清潔に保たれて、ベッドのシーツも白く洗濯されている。

 案内してくれた施設の人の後ろに、アルロ、ライアスが続く。騎士はそれぞれ何箇所かのドアの前で待機していた。

 鉄格子が嵌っているものの、窓は少し開けられており、冷たい風が入ってきている。臭いもそれほど気にならないのはそのおかげだろう。

 真冬なのにきちんと温度も管理されていて、以前住んでいた部屋のように底冷えして手足が凍えるようなこともなさそうだった。

 レノンはベットの上で、ドアが開いたのにも気づかずいびきをかいて寝ていた。

 施設の人が、レノンの肩を叩いた。

「レノンさん、息子さんが来られましたよ」

「——むすこぉ?」

 レノンは目を覚まして、のろのろと、手伝ってもらいながら上体を起こす。

 一緒に住んでいた時よりも顔色も良く、痩せてはいるが元気そうだった。

 アルロはその顔を見てまずはほっとした。

 レノンはアルロしか見えていないらしく、アルロを見つけると指を指し口を動かした。

「あ、おまえ・・・あー、——」

「アルロだよ、父さん。調子はどう?」

「ああ、アルロ!元気だったか。来てくれたのか!」

 名前を思い出したようで、レノンは満面の笑みを浮かべた。

 その顔に、アルロは緊張を少し解いた。レノンの機嫌のいい時の声だ。

「アルロ、こっちに」

 伸ばされた手を、アルロは反射的に駆け寄って握った。

 ものすごく久しぶりに握った父の手はしわくちゃで細く、頼りなかった。

「父さん、なかなか来れなくて、ごめんなさい」

「どこにいたんだ。ずっと、探してた」

 掠れた声は前からだが、舌が回りづらいのだろうか、滑舌は以前よりだいぶ悪くなっている。

 アルロは聞き漏らさないように身を乗り出した。

「ペンシルニアのお屋敷で、働いてるんだ」

「ペンシル、ニア・・・?」

 レノンの目は少し白く濁っていた。目もよく見えてはいないのかもしれない。焦点の定まらない目でどこかを見ていた。

「ふは、はは、ははは・・・!お前、うまくやったんだな!」

 レノンはがっしりとアルロの肩を掴んだ。

「偉いぞ、アルロ。さすが俺の息子だ!」

 何を褒められているのかわからないが、とにかく父に褒められることなど、思い出せないくらい久しぶりのことで。

 アルロは嬉しくなった。

「父さん、僕、もっと頑張るよ」

「ああ、ああ」

 レノンは何度も頷いた。

「アルロ、じゃあ、金もたくさんもらってるか」

「え」

 レノンはひそひそと小さな声で、耳元でささやいた。

「ここな、酒が出ないんだ。——お前、ちょっと買ってきてくれよ。いつものあれ、わかるだろ?」

「だ、だめだよ・・・ここは、持ってきちゃダメなところだから」

「服に入れてりゃわかんねえって」

 レノンはアルロの肩を抱き寄せて、続けた。

「なあ、頼むよ。ここで暮らしてたら、何も楽しみなんてねえんだ。毎日毎日、辛いんだ。——つらいんだよ・・・」

 そう言ってレノンは本当に涙を流し始めた。

 アルロは突然のことに、慌てた。

「と、父さん、泣かないで」

「だめなら、せめて、外に出してくれよう」

 レノンがこんな風に頼りなく泣くなんて初めての事で、アルロは混乱した。

 こんな風に、頼りなく泣き崩れるなんて。

「前よりたんまりもらってんじゃねえのか?また前みたいに、一緒に暮らそうぜ。——なあ、いいだろう?たった2人っきりの家族だろぉ?」

「う、ん・・・公爵様に聞いてから——」

 施設の人が慣れた手つきで、レノンの涙と涎を拭う。レノンはその手を叩くように払いのけた。

「なんでだよ、この野郎!!俺の息子だろうが、言うことが聞けねえのか!!」

 レノンは突然怒鳴った。

 アルロがびくりと肩をはね、硬直する。

 それまで入口のところで気配を消していたライアスが歩いてきて、アルロの側に立つ。

 突然現れたライアスに見下ろされ、レノンはすぐに頭を抱えてぶるぶると震え始めた。

「ああ、もう・・・なんだ、わかんねえ。わかんねえんだ、こわいんだよ、こわい、こわい・・・」

 ライアスと並ぶと、レノンが棒きれのように小さく見えた。

 それでも自分の父親だ。アルロはレノンの手を握った。

「父さん。ぼく、頑張って働くから。お金がたまったら、一緒に暮らそう、また」

「待てねえよ。今連れてってくれよ。アルロ・・・」

 レノンはアルロの手を握り返した。落ち着きなく体を揺らし、目も左右に揺れている。

 どこからその力が出て来るのかと思うくらい手の力は強かった。

 アルロは震えるレノンの体を宥めるようにさすった。

 そこからは長い間、レノンは言葉を発することもできずにただ泣きじゃくるばかりだった。




 帰りの馬車でアルロはずっと暗い表情で考え込んでいた。

「アルロ、大丈夫か?」

「え・・・?あ、はい」

 動揺を取り繕うこともできず、アルロは乾いた声で返事をすることしかできなかった。

 アルロは放心状態だった。とにかくとてつもなく疲れていた。

 ずっと緊張していたのがライアスから見れば明らかだったが、アルロはその緊張を自覚していないようだった。

 アルロはあの施設に、残ろうと思った。残って、あそこで働きながらレノンの世話ができればと。

 それはライアスに却下された。

「また会いに行けばいい」

 アルロはとても大切なものを残してきてしまったような気になった。胸が苦しい。喪失感に似た感覚だった。

 どうにか一緒に暮らせないのだろうか。

「——本人は嫌だと言っていても、あの環境が君のお父さんにとっては最善だぞ」

 強制的に酒を断ち、人の手を借りて、ようやく成り立っている人間らしい生活だ。それもいつまでもつかわからない危ういものだ。

 今だって、たった1時間にも満たない面会の時間内で、泣いて怒って、激しく感情的になっていた。何かが見えているらしく空中に向かって話したり、ぶつぶつと辻褄の合わないことを言っている。

 とても施設の外で暮らせる状態には見えなかった。

「君はまだ子供なんだから。父親を支えようとする前に、まず自分がしっかりと生きる力をつけることだ」

「・・・・はい」

 わかっている。

 ひたすらに世話になりっぱなしな今の状態で、アルロには何の力もないということは。

 それでも、アルロの耳には、レノンの声がこびりついたようにずっと耳から離れなかった。

 ——アルロ、アルロ。俺の息子だろ。連れてってくれよ。アルロ・・・。

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― 新着の感想 ―
酒カスはマジでどうしようもねぇからなぁ( ・ω・) ヤニカスのが世間では立場が低いけど(副流煙とゴミがね…)酒カスよりはマシだと思うヤニカスワイであった
ヤングケアラーの共依存ですねこれ プロに任せる ライアスがしているように物理的に引き離す てのは正しい対応と思われます
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