5. 襲撃
帰り道。
馬車まで私を運んだあと、ライアスはさっさと自分の馬に乗った。
馬大好きか。
エイダンは疲れたのか、乳母の腕で眠っている。
気を取り直して。
——さあ、ここからが大事なところ。
私は緊張して体に力が入っていた。
帰りも1時間。
行きで道は覚えていたから、大体わかる。
もう半分を過ぎたあたりだ。
神殿は街の外れにあるので、ぐるりと馬車を街に沿って走らせている。
ライアスがついてきているのかどうかはわからないが、小説でも途中で離れたのだし、もういないかもしれない。
でも、騎士の配置はこれでもかと言うくらいしておいた。
総勢10名に馬車を取り囲んでもらっている。
本当は50人くらい連れてきたかったけど、10人以上の騎士を動かすときにはいろいろと届け出がややこしいらしい。まあね、武装勢力だもんね。
エイダンはまだ寝ている。
このまま、何事もなく帰れたら・・・。
突然、強い衝撃と共に馬車が止まる。
きた——!?
警笛が鳴る。これは、襲撃があったら鳴らすように託していたものだ。少し離れてついてきている騎士が、馬を飛ばして屋敷に応援を呼びに行く。
それで事足りるとは思わないが。
「——オレンシア卿、エイダンを」
「はっ」
オレンシア卿が、震える乳母からエイダンを受け取った。そのまま窓の外を窺う。
「どう?」
「敵の数は・・・同じか、少し多いくらいです。野盗の類だとは思いますが、それなりの手練れですね」
劣勢になったらすぐに駆けてもらわなくてはいけない。
「私は戦いのことはわからないから、貴方に判断を任せるわ。何を優先すべきかは、話した通りよ」
オレンシア卿は難しい顔をした。
そのことを告げた時と同じ顔だ。
——奥様もお守りします。
そう言ったオレンシア卿に、私は念を押しておいた。
——私は他の騎士に守ってもらいます。今回はエイダンの騎士を、貴方に決めたの。この意味が分かるわよね。
あの時しっかりと頷いてくれたから、真意がきちんと伝わっているはずだ。
「思ったより時間がかかっております」
オレンシア卿のその言葉に、私はごくりと唾を飲みこむ。
「ちなみに、夫は」
「・・・いらっしゃらないようです」
あ、そう。
「乳母。エイダンをオレンシア卿にしっかり固定して」
「は、はい」
乳母が用意していた紐でエイダンを括り付けた。
せめて片手が使えないと剣が抜けない。これでも重りを使って、何度も練習してもらったのだ。
「まさか奥様のご懸念が、現実のものになるとは」
「はは。ほんとにね。残念だわ。——手はず通り、お願いね」
「はっ。必ずや、無事に。——奥様も」
私はゆっくりと頷く。
オレンシア卿はタイミングを見計らって、馬車から出て行った。用意してあった馬に乗るのを、馬車の窓から確認する。
護衛の騎士たちも手練れを集めたから、襲撃はやられてばかりというわけでもない。何とか逃げていけそうだ。
どすっ、と衝撃を感じる。
すぐに焦げた匂い。
——火だ。
「乳母!出るわよ」
「で、ですが、外は危険かと・・・」
「焼け死ぬよりはいいでしょう」
外に出て、身体を低くしてできるだけ燃える馬車から逃れる。
私が出たことに気づいた騎士たちが私たちを守ろうと取り囲むが・・・ひどい匂いだ。
金属のぶつかる音、怒号、物の倒れる音、土煙。
「奥様、こちらへ・・・!」
誘導されるままに、足をもつれさせながら騎士についていく。
私の前に、騎士が立ち並ぶ。
白い制服に血があちこち滲んでいる。
考えてる暇なんてない。
手をかざし、片っ端から治癒していく。戦力外なんだ、これくらいしないと。
「——っ奥様、なりません、私どもにそのような」
「これでまだ戦えるでしょう?あなた達が頼みなの。お願いよ」
これでもペンシルニアの騎士達だ。相当な手練れのはずなのに。思ったより手こずっている。
治癒の力を使いすぎて、くらくらと目が回る。
——ああ、やばいかも。
「奥様——っ、ああっ、しっかり!」
意識が遠のく。
たくさんの馬の蹄の音がする。
応援がきたのだろうか。
思ったより、早い・・・。
私は意識を失ったらしい。
気がつけば誰かに運ばれている、馬の上——。
「っは・・!」
飛び起きようとして、ぐっと腰を押さえられる。
「危ないです。ご辛抱下さい」
あわわ、すごい揺れる。舌を噛みそうになって、歯を食いしばる。
がっつりホールドされてるおかげでなんとか姿勢は保っているものの、揺れる、揺れる。
私はとにかくもう必死でしがみついた。
幸いそこまで時間はかからず、馬は止まった。
体に力が入らず、しがみついたままの私を抱いたまま、その人は馬から器用に降りた。
——ライアスだ。
私を横抱きにしたまま歩き出す。
屋敷だ。見慣れた景色にほっとして力が抜けた。
「私・・・気を失っていたのね。——っ!そうだわ、エイダンは!」
「無事です。騎士が駆けて連れてきましたので、事情を聞いて私が迎えに」
良かった・・・。
先に帰宅したライアスと落ち合ったと言うことか。
妻子を置いてさっさと帰宅していたんだな、この人は。
「ひどいです」
ぱち、とライアスと目があった。
「私達を置いていくなんて」
おかげで酷い目にあったじゃないか。王国の剣と言われてる癖に。妻子を守らないと意味ないでしょう。
ライアスがびくりと固まったように立ち止まった。
表情まで固まっている。
え、なに?ちょっと文句言っただけでそんなに固まらないでよ。
「ライアス・・・?」
怒って落とされたらどうしよう。
そう思い恐る恐る名前を呼ぶと、ライアスはぎゅっと私を抱く手に力を込めた。そして再び歩き出す。
一直線に連れてこられた部屋で、ソファに下ろされる。
歩けと言われてもおそらく足に力が入らなかったから助かった。
私を下ろした後、ライアスはそのまま目の前に膝をついていた。
「——なにを言われても仕方ありません。なにとぞお許しをいただけませんでしょうか」
「え」
「このような失態を・・・。全て私の責任です」
謝った。顔は怖いけど、表情が固いのは後悔しているからなのか。
そうね。結構責任はあると思う。
でも今の私は、正直それどころではなかった。
馬酔いしたのか、頭がぐるぐると回っている。色々と気掛かりがあるのに、頭は重いし気持ち悪いし、もう限界だ。
「——っうっ」
気持ち悪くて口元を押さえる。
「奥様!!」
メイアが駆け込んできて、私をみて、ひっと悲鳴をあげる。
そんなにひどいかな。
「あ、あんまりでございます旦那様・・・っ」
私の倒れそうな肩を支えてくれる。ふくよかな体にちょっと安心する。
「奥様は、歩くのもやっとでしたのに・・・!こんな、こんな・・・う、うう」
メイアがあまりにも泣くから、私も声を絞り出した。
「メイア、泣かないで」
「私はこれで」
え、もう行くの?
驚く私に、ライアスは流れるような動きで立ち上がり隙のない礼をした。
「顔も見たくないでしょうから」
そう言って本当に出ていく。
え、何今の。
嫌味?本気?
「あ、もうだめ」
しんどすぎる。
私はそのままソファに横になった。