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15. ソフィア

 結婚式が終わり、屋敷に帰ってくるとシンシアらはもう疲れ切っていた。

 子供達はさっさとお風呂に入って寝てしまったし、シンシアもお風呂で何度も意識を飛ばしそうになった。

 着替えて装飾品を外し、ようやく今日一日留守番をしていた末娘の元へと来ることができた。

「ソフィ・・・ソフィア」

 そっと呼びかけると、ベビーベッドでモビールをじっと見ていたソフィアは、じっとシンシアを見つめ返す。

 ソフィアはものすごく大人しい子供だった。

 ほとんど泣かない。そして、とてもよく寝る。

 こんなに手のかからない子は初めてです、とエイダンが手を離れたためソフィアの担当を任せているダリアが感心するほどだった。

「あっ、ぶぁ・・・」

 呼びかけるとこうして返事をしてくれるから、きっと大丈夫なんだろうけど。

 シンシアはぷくぷくのほっぺをつんつんとつついてみた。

 朝からずっと会っていなかった母親が顔を見せたというのに、いつも通りの反応。

 ——大物なのかしら。

 ソフィアもライアスに顔立ちはよく似ていた。しかし、ふわふわの金の髪に真っ赤な目。典型的な王家の特徴を持っている。

「ご飯もしっかりお食べになり、ミルクも問題なく飲まれました」

 ダリアが教えてくれてほっとする。

 今日のためにミルクも練習していたが、問題なかったようだ。

「ふぁ、あぅ・・・」

 手をばたばたとさせるから、抱っこしてほしいのだろう。シンシアはそっと抱き上げた。

 温かなほっぺがシンシアの首筋にぴっとりとくっついて、それだけで癒される気がする。

「ソフィ。寂しくなかった?」

「あ、あぶ」

「ママはソフィにあいたかったわ。遅くなってごめんね」

「ぶぅー」

 返事をしてくれているみたいで面白くなって、シンシアが笑っているとライアスが入って来た。

「ソフィア」

 優しく呼びかけて、ソフィアの頬にちゅ、とキスをする。その流れでシンシアにも。

「お疲れでしょう、ライアス。先に休んでいてください」

「とんでもない。まだやることが」

 真面目な顔で言われたので仕事だろうかと不思議そうにするシンシアだったが、ライアスはソフィアごと抱きしめた。

「疲れた妻のマッサージです」

 それはありがたい。実は久しぶりの正装と立っていたせいで、足はもうだるくてぱんぱんだった。

「ありがとうございます」

「そのまま寝てしまった方がよいでしょう、——ダリア、ソフィアを頼む」

「はい」

 部屋の隅に控えていたダリアにソフィアを預けて、ライアスはシンシアの手を取り寝室へ誘った。

 ベッドに横になりゆっくりと足を揉まれると、一日の疲れは本当に取れていくようだった。

「——無事に終わってよかったですね」

「ええ。結局、戴冠式を先にしたから・・・ふぅ」

 国王の調子があまりよくなく、長時間の結婚式に参加するのがためらわれた。

 オルティメティに相談されて、ライアスとも話し合い、いっそ国王の療養を言い訳に戴冠式を先にしてしまった方がいいということになった。

 そのせいで色々と更に大変にはなったが、結婚式が終わってしまえば、一連の式典は決着がつく。

「ティティもすっかり立派になって、私、結婚式で泣きすぎて恥ずかしかったです」

「綺麗でした」

 変なコメントは無視する。

「そろそろ、私の継承権を放棄してもいいでしょうか」

「そうですね・・・また相談しましょう」

 放棄したところで、ペンシルニアにはまだ3人の王位継承者がいることになってしまうのだが。

 権力が集中しすぎないように、と言うのはずっと気にしていたことだから、早々に何とかしたい。

 オルティメティとイエナに子供ができるのが何よりだが、結婚したばかりでまだ先の話だ。

 シンシアはとろんとした顔で枕に顔を埋めた。

「エイダンが・・・」

 パーティーでの一悶着のことを話したいのに、瞼が重かった。

 ライアスがくすりと笑って手を伸ばし、温かな手で目を覆った。

「眠ってください。話は明日にしましょう」

 その温かさが心地よくて、シンシアはライアスの所在を手で探った。ライアスが察して近づいてくる。

 ぎ、と微かにベッドが軋み、目の前にライアスの胸板が現れた。

 シンシアはほとんど寝ぼけたままその身体に腕を回す。

 自分よりいつも体温が高くがっしりとしたこの体は、くっつくだけでじわりと幸せになれる。

 微睡みのせいでマッサージのお礼を言う事もできなくて、シンシアは一度だけぎゅっと抱きしめ、すぐに力を抜いた。

 意識の片隅でライアスがそっと抱き寄せ、いつものように頭を撫でてくれた。




 エイダンは、実は8歳にして既にペンシルニア騎士の中でもほぼ最強になってしまっていた。

 なってしまっていた、という表現にしたのは、それが喜ばしいばかりでもないように思うからだ。

 何事にも、年齢にふさわしい成長具合というものがある。

 通常の成長よりも早くても遅くても、そのせいで余計な気苦労を背うことになるのは他でもない本人である。

 ——エイダンは勇者だから。

 比類なき強さであるのはそれは当然なのだろうが。親としてはただただ心配である。

 唯一良かったことと言えば、エイダンが好きに街へ繰り出せるようになったことだろうか。

 一応護衛はつけているが、今では安心して送り出せる。エイダンは数日おきに外に出ては、街の子供達と遊んでいるようだった。

「——結婚式でのことは聞いています」

 翌朝、目覚めたシンシアの身繕いを手伝いながら、ライアスは言った。

 まだ昨日の疲れがとれていなくて、寝ぼけ眼である。

 対してライアスはもうずいぶん前に起きたらしく、おそらく朝の訓練も済ませてシャワーを浴びている。

 タフだなあ、と思う。

 うつらうつらとするシンシアを抱き起こし、絡まりそうになっている髪を丁寧に梳かしてくれる。その耳元で低い声で囁かれるから、朝からいい気分で目覚めることができた。

「貴方はどうでしたか」

「どう、とは・・・?」

「公爵で、魔力も多くって・・・さぞかし、もてたんでしょうね」 

「そんな余裕はありませんでしたから」

 確かに、後継者教育が相当厳しかったみたいだからそんな余裕はないか。

 エイダンの教育はライアスと相談しながら進めているが、いまエイダンが習っているところは、ライアスが5歳で終えたところだという。5歳の子に、礼儀作法のみならず、基本的な学問の語学数学に地理学も詰め込んで。恐ろしい英才教育である。

 そうしないと間に合わないかと聞いたら、ライアスはそんなことはない、15までに終わらせようと思うのでなければ間に合うと言っていた。

 大人になるまでに終わればいいと思う。

「あ、シンシア・・・」

 ライアスの手が止まったのでどうしたのかと見れば、ライアスは恥じらうように口元を押さえていた。

 ——え、何、どこ?

「ライアス?」

「あの。それは・・・妬いてくださっているんでしょうか」

 それか。

 シンシアは何と返答したらいいかと思い少し迷った。

 8歳の頃の夫の周辺に嫉妬するわけがない。——と言ったらがっかりさせるだろうか。

「今は私一筋ですものね」

「もちろんです」

 被せ気味に答えられる。真顔である。誤魔化せたようで良かった。

「エイダンも諦めてはいるようですけれど。これも、ペンシルニアに生まれた以上仕方のないことなのでしょうね」

「市井に混ざっていることで、貴族の彼らとはより付き合いづらくなるのかもしれませんね。平民の、何のしがらみもない子ども同士の付き合いとはやはり違いますから」

 ただ単純に気の向くまま、一緒に遊ぶ関係の楽しさを知っているから。

 それを割り切って使い分けられるほど、エイダンはまだ器用じゃない。

 友達ができたことは喜ばしい事なのに、複雑である。

「私は、よかったと思っています」

 ライアスがそう言うのは意外だった。身分にうるさく育てられてきたから、平民との交流は抵抗があると思っていたのに。

「王都の子供達はペンシルニアの公子とは知らずに付き合っていますが、子供の中で力も強く教育も受けたエイダンは、既にリーダー的存在です。ついこの間も、子供達をまとめ上げて迷子の捜索をしていましたし、その前は雑貨屋の盗人を捕まえて——」

「待ってください」

 初耳だ。

「そんな危険なこと」

「この王都にエイダンの敵となる者はいません。影ながら護衛もつけておりますので、危険がありそうなら介入しています」

 何でもないことのようにライアスは言ってのける。

「エイダンはそのあたりもよくわかっています。意外と、束の間の自由期間だと察しているかもしれませんね。とにかく、それもエイダンにとってはいい経験になるかと」

 それは人の上に立つ人間としての経験か。子供の頃の集団の中でのやり取りを学べる経験か。

「アイラとも会っているんですか」

 誘拐事件以降もシンシアは時折葡萄亭へは行っていたが、今までと変わりなく接している。ここのところは出産後忙しかったので行けていなかった。

「あれ以降アイラの能力が見られるような場面もありませんね。お互い、今は男女別れて遊ぶことが増えてきているようですので」

 ライアスはエイダンの日常をしっかりと把握していた。

 シンシアは近頃ソフィアとマリーヴェルにかかりっきりだったのもあって、そこまで詳しくは知らなかった。

 反省である。

 エイダンも来月からは学園に通い始める。

 学園に行けば、エイダンが強力な魔力を有し、かつそれを使いこなしていることも世間に知られることとなるだろう。気の早い貴族たちが我先にと学友や婚約者として名乗りを上げるかもしれない。

 今から気の重い話だった。


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