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【8/1書籍①発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第1章

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番外編2-4

 シンシアの希望で街へ出かけることになり、ライアスは2週間以上前から綿密な準備を行った。

 おそらく行くのは貴族が買い物をするエリアではあるが、そこに限らずすべての街の情報を集めた。

 警備隊を訪ね、平民出身の騎士を訪ね、あらゆる店の情報を仕入れる。

 ついにはどこそこの街で野良猫が子猫を生んだと言った情報まで入手した。

 何を聞かれても答えられるように。如何なる急な要望にも答えられるように。

 そして少しでも安全になるよう、3日前から()()()を行い。

 一番治安のよいタイミングで、家族の街歩きは行われた。

 結果、最後の最後に入った店でちょっとした騒ぎはあったが、それなりに目的は果たせた。

 最後は酔っ払いの騒動で終わってしまったが、それまではシンシアもエイダンも楽しそうにしてくれていた。

 ——何より、酔っ払いだと思っていたモンテキュー伯爵は、例の怪しげな薬草を摂取し酒を飲んでおり、覚醒前の朦朧とする状態で、警備隊との癒着についても語ってくれた。

 そしてモンテキュー伯爵の取り調べを行っていた配下の者から、大きな収穫があったと知らされる。

 今まで謎に包まれていた集会の参加証を入手し、これから潜入捜査を開始する、という。

 シンシアのお願いから始まった街歩きだったが、こうして思わぬ収穫があるとは。やはりシンシアには光の力とはまた別に、何か特別な力があるのではないかと思った。

 そうして捜査を進めたところ、集会に潜入した諜報部員からの報告は信じられないものの連続だった。

 王都の爆破、そして・・・シンシアの誘拐。

 これが本当に成功すると思っているのか、と言う程突拍子もない計画。

 だが、一欠片でもシンシアに害の及ぶ可能性があるのなら。到底見過ごすことはできなかった。




 ライアスの夢には、大抵シンシアが出て来る。

 この頃のシンシアは触れても逃げない。

 憎しみにたぎらせた目を向けることもなく、穏やかに微笑んでくれる。

 これ以上近づくといつも消えてしまう、夢だった。

 夢の中でなら、少し抱きしめるのは許されるだろうか。

 腕を伸ばすと、想像以上に細く、しかし柔らかな感触だった。それだけで疲れも吹き飛ぶ。

「シンシア・・・愛しています」

 こみあげる思いを伝えると、シンシアは受け止めてくれる。

 離れたくない。しかし安全のためにも、シンシアにはしばらく城へ身を隠してもらわねば。

 会えない日々も、こうして夢で会えるだろうか。

「ライアス?」

 背中を優しく叩かれ、抱きしめる腕に力が入りそうになる。間近に見える白い首筋に顔をすり寄せる。

 あたたかくてやわらかい。

 ここに口付けていいだろうか。そう思い、やはり恐れ多くてやめる。

 このか細くやわらかな人を傷つけるわけにはいかない。夢であっても。

「今日の貴方は、消えないのですね・・・」

 もうすぐ離れてしまうから、願望がより形になって夢に現れているのだろうか。

「現実ですからね」

 その言葉が妙に頭にすっと入ってくる。

「げんじつ・・・?」

 さあっ、と頭が冷えた。

 急いで体を離す。

 目の前には、夢よりもずっと美しいシンシアが自分を見上げていた。

 何とか少しずつ信頼を積み重ね、多少触れることは許されていたものの。

 だ、抱きしめるなどと。

 慌てて謝罪したが、信じられないことに、シンシアは触れてもいいと言ってくれた。

 揺るがない、強い金の瞳がじっとライアスを見つめている。

 大丈夫だから、と言ってくれているようで。

 誘惑に負けてシンシアを膝の上に乗せる。軽すぎてやはり夢なのではないかと思うが、この柔らかい感触はあまりにリアルだった。

 体重を預けてくれるのがたまらなく愛しい。

 ふわふわとウェーブになった銀の髪が腕に触れる。

 すべてが愛おしくてたまらなかった。

 シンシアに愛を伝えることができ、更にはシンシアから紛れもない信頼を寄せられていると実感できた。

 全身の血が沸騰しそうな気がする。

 こみあげてくる感情が何なのかわからないまま、泣きたいような、叫びだしいような気になる。

 幸せだった。

 この腕の中の人を守るためなら、何でもできる。

 迷いは消えた。




 貴族派を一掃するにあたり、少し無理をした自覚はあった。

 耐えられると思ったが、やはりシンシアのいない日々は耐え難く、日に日に苛立ちを募らせていった。

 自分はもう、シンシアに会わないと耐えられない体になってしまったようだ。

 一目見に行こうか、と思う。

 だがすぐに、この目の前のものを片付けるのが先だと思い直した。

 一片の気がかりも残したくはなかった。

 集会に名を連ねていた貴族を捕らえるのはさほど難しくはなかった。

 問題は、残党が数名いるというところだ。

 そんなものを野放しにしている間は、シンシアが安全に暮らせない。街にも行けない。

 その調査にまた何日も費やすのも苦痛だ。

 王国騎士団と諜報部隊にペンシルニアの騎士も協働し、会議を重ねた。

 人海戦術で捜索をかけるか。取引を持ち掛けるか。囮を使うか。

「摘発は終えましたので、奥様ご帰還の噂を流してはどうでしょうか」

「噂で乗るか?摘発後警戒心が強まっている」

「後がないのもわかっているでしょう。——私が囮になります。実際の姿を見せれば、釣られるはず」

 手を挙げたのはルーバンだった。

「私は背も低く、比較的細身ですので」

 シンシアに比べたらそれでもだいぶ肉付きはいいが。

 ドレスを工夫すれば遠目にはそう見えるかもしれない。

 作戦は決定した。




 そして、数日後。

 「——来ましたね」

 傍らの部下が呟く。

 そう言った通り、遠くから馬車が向かって来るのが見えた。

 シンシアがいつも使う馬車。護衛で厳重に固められた、いつもの光景。あの中にはシンシアではなく、ルーバンがいる。

「・・・釣れなかったか」

 襲撃を一番受けやすいのは移動中だ。無事に屋敷までたどり着いたということは、今回の作戦は失敗に終わったと言う事だろう。

 門が開き、馬車を待つ。

「——あ、あちらを!」

 誰かが指を指す。

 王城へ続くのとは反対の道の向こうから、黒い集団がものすごい速さでこちらへ向かって来ていた。

 騎馬隊だ。

 このままではちょうど門の前あたりでかち合うことになる。

「何を考えているのか・・・」

 騎士団長が剣に手をかけた。

 そう思うのも無理はない。なぜわざわざ、最も厳重な屋敷前で襲撃を行おうと思ったのか。

「待機せよ」

 ライアスは全体へ指示を出し、じっとその集団を見た。

 先陣を切っているのは、マルセル侯爵家親子。

 黒い軍団は二手に分かれ、一方は屋敷内に、もう一方は馬車へ向かった。

「まずは迎え打ち、その後に馬車へ向かう」

 じり、と騎士らに緊張が走る。皆が剣にかけた手に力を込めた。

「剣を抜け」

 向こうが戦闘態勢にあるのを確認して指示を出せば、鋭い金属音と共に一斉に抜き身の剣が並ぶ。

「まだ待て」

 ライアスは数秒、目を閉じた。

 戦うのは戦争以来だ。

 感情の塞ぎ方を思い出す。

 この、斬り合いの前の緊張の逃し方を、ライアスはもう知っている。

 深呼吸をして剣の柄を握った。

 敵の怒号とけたたましい蹄の音がすぐそばまで聞こえてきた。

「行け、1人も逃すな!!」

 ライアスの声に、軍勢が低く(とき)の声を上げ、駆け出した。

 数の上では同じ程度。相手は騎馬でこちらは歩兵。しかしこちらには地の利がある。

 そして何より各個の強さで言えば、ペンシルニアの敵ではない。

 馬車の方は王国騎士団に守らせている。そちらも優勢のようだった。

 ライアスは敵を薙ぎ倒しながら、マルセル親子の方へ進んだ。

「マルセル!」

 呼びかけに答えたのは、父親の方だ。

 馬上からライアスを見下ろし、忌々しげに睨みつけてくる。

「ライアス・ペンシルニア・・・!」

「投降しろ。一族全てを滅ぼされたくはなければ!」

 王の許可なく他の貴族を襲うのは反逆に等しい。

「黙れ簒奪者(さんだつしゃ)め!」

 馬蹄による土煙を避け、ライアスは魔力を用いて地面を蹴った。そのまま高く跳躍してマルセル侯爵に飛びかかる。マルセルの持つ剣の切先が頬をかすめた。ギリギリでかわしたつもりだったが、剣身に風を纏わせていたようだ。頬に熱い感触が走る。

 体を反転させ、思い切りマルセルを蹴り落とした。

 マルセルは落馬した衝撃に息を詰め、身体を固まらせる。その隙を逃さずライアスは胴体に一撃を打った。

 マルセル侯爵は泡を吐いて気を失った。

「父上!!」

 続いて背後から切っ先が襲いかかる。

 マルセル侯爵家次男だ。馬からは既に降りており、渾身の一撃で襲い掛かってくる。その剣を脇で止める、剣の柄で首筋を打つ。

 あっけなくマルセル次男も倒れた。

 見れば周囲もある程度決着はつきつつあった。

 ライアスは一息ついて馬車の方へ向かう。

 ——簒奪者。

 王権を担っているわけでもなく、王太子も健在だというのになぜそのように言われるのか。

 ふと、ライアスは足を止めた。

 ごく微かに、嗅ぎ慣れた火薬のにおいがする。

 慌てて周囲を見渡せば、乱戦の中、傷だらけの魔術師が魔法陣を展開し始めていた。その展開先を辿れば、少し離れたところにひっそりと屋敷へ走りゆく人影が3人。

 よく見れば異様に服が膨れている。

 火薬だ。

 爆薬を全身に装着している。

「ダンカー、魔術師だ!!」

 魔術師の一番側にいた騎士団長に警告を叫ぶ。

 すぐに反応し取り押さえにかかるが、展開した魔術は停止できない。こちらには騎士はいるが魔術師はいなかった。魔術師の魔法陣に対抗できるのは魔術師だけだ。

 せめて、土の魔術を放つ。屋敷に巨大な土壁を作った。

「そんなもので・・・抑えられるものか」

 火薬を持った男が吐き捨てた。

 爆破の規模は分からないが、その言い方ではこの屋敷全体を飛ばすつもりかもしれない。実際に3人分の爆薬があれば優に吹き飛ばせるだろう。

「死ね、ライアス!!」

 咄嗟に飛び出していた。

 何を守ろうとしていたのか。この屋敷を、シンシアとエイダンが帰るここを壊されることが耐えられなかったのかもしれない。

 体を強化して爆破を食い止めようとして——とてつもない衝撃と共に、意識を失った。




 自室の寝室に運ばれ、治癒師に応急処置をされた辺りでライアスは意識を取り戻した。

「——————っく・・・ぅ・・・」

 骨まで軋むような痛みに、身を起こそうとしてできず声が出る。

「公爵閣下。お気づきですか」

 ベッドの周囲を治癒師が囲んでいた。

 声をかけてきたのは騎士団長。横にルーバンもいた。

「どう、なった」

「全員捕縛しております。こちらの被害はほとんどありません」

「公爵閣下がこのような有様で、どこが被害がないのですか!」

「騒ぐな」

 ルーバンの悲鳴のような声が傷に響く。眉を寄せるとダンカーが制してくれた。

「ああ、血が・・・」

「今動いたからだ。お前、もう出てたらどうだ?」

「嫌です!閣下を残して離れられません」

 ルーバンはついに泣き出してしまった。

 やれやれと言うダンカーは落ち着いたものだった。

 治癒師がいなければ確かに死んでいたかもしれない。

 しかし、治癒師が数人がかりで治療に当たれば、3日も寝込めば動けるようになるか、という目算だ。

 しばらくは痛みと戦うことになりそうだが。

 ライアスは注意深く息を吐いた。呼吸すら痛みを呼ぶ。

「無茶をなさいましたね、閣下」

「・・・少し、休む。事後処理は任せた」

「承知いたしました」

「眠らせてくれ」

 治癒師にそう言えば、術を使って睡魔が襲ってくる。

 これに身を任せて数日やり過ごせば、動けるようになっているだろう・・・。




 急速に体中の熱が引いていくような感覚があった。

 骨が、筋肉が。じりじりと焼け付くように痛んでいた皮膚が、すっとなくなる。

 重かった体が嘘のように軽くなり、意識が急速に引き戻された。

 自分の体にしがみつくようにしているこの柔らかい感触は・・・。

 目を開けるとそこには見慣れた銀の髪が見える。

「シン・・・シア・・・?」

 体が動く。

 起き上がって見れば、間違いなくシンシアだった。

「痛むところはないですか?ライアス、大丈夫って言ってたのに」

 シンシアの目にみるみる涙が浮かんでいる。

 驚かせてしまった。こんな血と汗にまみれた姿を見せて、怖かったのではないだろうか。

 そもそもなぜここに。

 覚醒してすぐで頭が働かない。

「シンシア。なぜ貴方が・・・」

「貴方が、怪我をしたと聞いて」

 ライアスははっとした。

 屋敷は今、最小限の騎士しかいなかった。いや、どれくらい眠っていたのかわからないが、騎士のほとんどはシンシアとエイダンを守るために王城へやったり、事態の収拾に動いていたはずだ。

「屋敷の警備は」

「奥様の帰還に合わせ、元の配置に戻しております」

 ダンカーがすかさず答える。

 ライアスはほっとして力を抜いた。

 騎士団長は間違いなく仕事をしてくれていたらしい。

 ライアスはここへきてようやく、自分のすべての傷が治っていることを改めて自覚した。

 かなりの深手だったはず。それをこれほどまでにきれいに治すなど、相当な力を使ったのではないだろうか。

 光の力ともてはやされてはいても、万能ではない。その力の強さから、使用する魔力量も膨大だ。一人の傷を治すだけでも倒れることもあるほどである。

「私などのために、無理をされたのでは。すぐにメイドを——」

 とにかくシンシアを休ませなければ。そう思い指示を出そうとして——シンシアが、ふわりとライアスの体を抱きしめた。

 甘い花のような香りと温かくやわらかな感触に、ライアスは体をこわばらせた。

 治してもらった上に、こんなに汚い体で。

「シ、シンシア、汚れます」

 そう言ってもシンシアは離れなかった。

 いつも朗らかに微笑み、余裕の表情でエイダンを見守るシンシアが。今まで見たこともないように取り乱し、涙を流している。

 ライアスは動揺して、どうしていいかわからなかった。

 自分などがどうすればこの優しく美しい人の涙を止められるのか、ライアスにはわからなかった。

 ただ宥めるように抱きしめ、いつも見ていた前王太子の姿を思い出し、同じように頭を撫でているしか。

 長い間、シンシアはそうして泣き続けた。ライアスはシンシアをそっと抱きしめ続けた。


ライアス視点だと、ほのぼのが・・・っ、書けない!

明日こそは。

暗い話にお付き合いいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] >暗い話にお付き合いいただきありがとうございました! いいえ、すばらしい出来ばえです。このライアスの大けがをライアス側から描いてあまりにみごとです。
[一言] あーその、うん、なんて言うか、 甘ぃぃぃぃ(///з///)♡ 次は娘ちゃんかな(。・_・。)ノ❤️?(いや何がとはねぇ(⸝⸝⸝⸝∀照⸝⸝⸝⸝)
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