番外編1-3
「エイダン・ペンシルニアです。ぼくのたんじょうびにきてくれて、ありがとうございます」
静まり返った会場に、エイダンの幼い声が響く。
にこにこと微笑む大人たちに囲まれて、エイダンの声に緊張の様子はなかった。
「きょうは・・・」
ちら、と見られて、私はゆっくりとかがんで、エイダンの耳元で囁いた。
「——ごゆっくり、おたのしみください!」
ちょっと照れたように笑いながら言うのが可愛くて、取り囲む面々の顔もまたほころぶ。
エイダン5歳の誕生祝賀会。
招待客は気心の知れた少数の貴族だけ。
壁には招待されなかった貴族からのプレゼントの山が積まれている。
そこには国王からのプレゼントも紋章付きの包装で存在感を放っていた。
来たいと言っていたが、大ごとになるので招待状は送っていない。無理やり来そうだったので、ティティにしっかり止めてもらった。
「ははうえ、あれ、なに!?」
エイダンが目を輝かせて指さすのは、会場の中心にある、巨大なケーキである。
エイダンの背より高い大きなケーキに、色とりどりのお菓子の飾りがついている。
こんな巨大なケーキを会場の真ん中に置いておけるのは、ひとえに氷の魔力使いである我が家のシェフのなせる技である。横からずっと地道に冷気を送っている。
前世ではこうは行かない。
ケーキが好きなエイダンのために、これだけは私のこだわりだ。
あとは普通に軽食を並べている。アルコールはなしの健全な昼のパーティーである。
「ペンシルニア公子様。お誕生日おめでとうございます」
もう何人目かの挨拶にも、エイダンは笑顔で応対している。
公子と呼ばれるのも、お祝いの言葉を次々にもらうのも、初めは慣れなくて照れていたが、徐々に慣れて言葉を返すようになった。
自分が主役になると言うだけで、こんなにウキウキと楽しそうにするなんて。本当に開催して良かったと思う。
そのうち、招待客が連れてきた子供達と一緒に、広場で遊び始める。広場にはちょっとした遊具や遊び道具を置いておいたので、タンがまとめて見てくれている。
「エイダン様は、本当にご立派になられましたね」
そう言ってくれるのは、同じく5歳の子を持つカーランド侯爵夫人。
「のびのびと育っているのが、今日初めてお会いしたのにわかるほどですもの。夫人は本当に素晴らしい子育てをされていますわ」
そんなふうに褒められると、単純に嬉しい。
親ってのは、子供がいい子に育ってるって言われるのが一番嬉しいのかもしれない。
正解がない子育てで、太鼓判をもらったような気になる。
「ありがとうございます」
素直に感謝を伝えると、カーランド夫人は楽しそうに遊ぶ子供達を見ながら続けた。
「夫人はご出産されても、美しさが変わりませんのね。何か秘訣があるのですか?」
「まあ。お上手ですね」
こうして褒められるのは一種の挨拶がわりとは言え、なかなか慣れない。
居心地の悪さを感じる前に、ライアスがぬっと現れて腰を抱いてきた。
「シンシア」
「ライアス。もういいのですか?」
見れば、先程までライアスが話していた人達は別の人と話している。
「エイダンは、顔は私にそっくりなのに愛嬌があると笑われました」
その人達がやってきた。
「ご挨拶申し上げます、公爵夫人。ご立派なご子息ですね」
「ライアスはこの通りですから、ひとえにご夫人の努力の賜物ですね」
この2人は、社交パーティーで以前からよく顔を合わせていた。ライアスの古くからの友人だ。
かつての戦争にも共に参加した、戦友でもある。
「ご無沙汰をいたしました。こうして皆様にご紹介できて嬉しい限りです。ライアスの子供の頃のお話も教えていただきたいですわ」
「それはいいですね。——では、ちょっとあちらで——」
「おい」
ライアス、声が低い。
せっかくお祝いに来てくれているのにその態度はまずいだろう。
「ライアス」
腰に回された手に私の手を重ねた。
そんなこと言ったらダメでしょ、とストレートに言うと夫を尻に敷いてるとか言われても嫌なので、視線で語りかけてみる。
「・・・・・っ」
目を逸らされてしまった。
結婚5年と少しでは、以心伝心には程遠いようだ。
「ぷっ」
友人らは1人は吹き出し、もう1人は呆けた顔をしている。
「あの・・・?」
「いや、すごいですね。ライアスもこんなに締まりのない顔をするんですね」
「無理もないさ。ライアスの初恋の君だもんな」
ライアスがどれほど圧をかけようと飄々としているところを見ると、私が止めるまでもなかったようだ。仲良しなのね。
「ライアスの子供時代を話すのなら、やはりどれほど夫人を慕っていたかを話さなくてはなりませんね」
「覚えておいででしょうか、ライアスが初めて出場した剣術大会で、優勝できなくて泣いていたところ、夫人が傷を治してくださり——」
「アイザック。酔ってるのか?」
ライアスが低い声で言っても、このアイザックと言う友人は止まらなかった。
「は?酒なんて出てないだろ。とにかくそこで——っうぶ」
ライアスが、アイザックの口にスコーンを入れた。
「ラ、ライアス・・・」
「お腹が空いているようでしたので。——あ、あちらのギルテック侯爵へ挨拶に行きましょう」
驚く私をぐいぐいと引っ張っていく。
むせてるけど、いいのだろうか。
「ライアス、ご友人に・・・大丈夫ですか?」
「あいつはある事ない事喋るので、ああしておいた方がいいのです。——あ、もちろん、私が昔から貴方をお慕いしていたのはその通りなのですが」
「剣術大会でのことは?」
ライアスは珍しく動揺し、顔を覆った。
「お願いします。その話は・・・お恥ずかしい、若いころの話です」
「そうですか。残念ですね。——私の記憶には、幼いころ、剣術大会であと一歩のところで優勝を逃した、少年の記憶があるのですが」
耳まで赤くなっているライアスに視線を向けたまま、私は続けた。
「その子は大人に交ざって参加しているのに、少しも物怖じすることなく戦い抜き、最後まで諦めなかったんです。傷を負っても泣かなかったのに、救護室で悔しさに流した涙は・・・とても美しくて、心に残ってます」
当時シンシアはまだ10になったかどうかくらいの子供だった。まだ不安定だった治癒術だったが、その日はうまくその子にかけてあげることができたのだ。
あれがライアスだったとは、今の今まで気づかなかったが。
驚いたライアスと目が合う。
「シンシア・・・覚えて・・・」
「今思い出しました。——他にも会っているのかしら」
すれ違ったり、公の場で多少の言葉を交わすことはあるだろうが。
兄の友人だったが、それにしてはほとんど関わりがなかったように思う。
「その話は、また・・・」
ぐっとライアスの手に力が入る。
「話すと長くなりそうですから」
「そんなに会っていたかしら」
「そうですね。言葉を交わしたのは12回でしたが、同じ空間で過ごしたのは26回ありますし、視線を交わした回数でしたら——」
「待って」
怖い。
え、なに、この人。ちょっと怖い。
「そ、そうね・・・ここで話すことじゃないわね」
単純に記憶力がいいだけかもしれないし。——いや、そうに違いない。
「私との初めての出会いを覚えていてくださって・・・ありがとうございます」
こうしてはにかむように微笑まれると、ただの美形な夫なのに。
私は笑い返して、挨拶に戻ることにした。
「——ははうえ!」
歓談していると、いつの間にかエイダンが来ていた。
「どうしたの?」
「みんなに、マリーをしょうかいしたいです。つれてきてもいいですか?」
そう言ってエイダンの手から、3人ほどの子供達がつながっている。
「このこたちにも、いもうとがいるんだって」
「いいわよ。乳母に言いましょうね」
パーティーのぎりぎりまで母乳をあげていたからまだご機嫌なはずだ。
今日の招待客の中には、マリーヴェルは見られないのかなど聞いてくるような人はいない。だから主役のエイダンに任せようと思っていた。
エイダンの中で、ちゃんと家族と思ってくれているから、一緒に誕生会をしようと言う気持ちになってくれてるのだろうか。
そうだといいなと思いながら、メイドにマリーヴェルを連れてくるように話す。
実際にマリーヴェルが参加してどうなるかはわからないが、私には自信があった。
教師の一件は完全に私が馬鹿だったけど。
エイダンへ惜しみなく全力で注いだ愛情が、エイダンにしっかり伝わっているという実感が。
だから、ここでどんな反応をされても大丈夫だろうと思えた。
程なくして連れてこられたマリーヴェルをライアスが受け取り、エイダンの側へと連れてくる。
周囲は歓声と言うよりは、まあ可愛らしい、といった静かで温かな声が漏れた。
「マリー!」
エイダンが駆け寄り、ライアスを見上げた。
「ちちうえ」
座って両手を広げると、ライアスがそっとエイダンにマリーヴェルを渡した。
「うわあ。かわいい」
「ふわぁ、ほっぺふわふわあ」
「いいなあ。うちのいもうと、だっこさせてくれないのに」
エイダンの新しい友達がうらやましそうに感想を言う。こわごわと指でつついたり、頭を撫でたりしている。
マリーヴェルはきょろきょろと見渡しながら、それでもエイダンを見てご機嫌は悪くないようだった。
「——なんて可愛いんでしょう」
隣にいた夫人が呟く。3人いる子どものうちの1人の母親だ。
ちょっと息が荒い。
「——公爵夫人。子供が子供を抱っこしていますよ!更には子供が取り囲んで・・・あそこに天使たちが!」
「え、ええ・・・」
私以上に子供を愛している人もいた。貴族はみんなあっさりかと思ったらそうとも限らないらしい。
そうよね。あんなに可愛い子供達だもの。
子供が多いからか、そこまでマリーヴェルに視線が集中しすぎるということもなさそうだった。エイダンも、マリーヴェルを抱っこしてどこか誇らしげである。
良かった。
「ペンシルニアは安泰ですな」
いつの間にか子供達がみんな、マリーヴェルを取り囲んでいた。
一気ににぎやかになった会場に、にこやかな笑みが広がる。
「こうしていると、宝石の原石たちねえ」
年配の貴婦人が子ども達を指してそう言う。
素敵な表現だな、と思った。
「ファンドラグ王国の未来が、明るいものでありますように」
この子たちのために。
お読みいただきありがとうございました。




