番外編1-1
皆様のお陰様で、ランキングに乗せていただきました。
応援いただき、本当にありがとうございます。
リクエストをいただけましたので、この後、少し番外編を書いて行きたいと思っております。
番外編1は3話の予定です
よろしくお願いします。
ペンシルニア家に待望の第二子が誕生した。
その知らせは瞬く間に貴族界を駆け抜けたが、通常であれば行われるお披露目の会の知らせは、いつまで経っても出てこなかった。
お披露目の会は神殿での洗礼式と前後し生後3ヶ月ごろまでに行われる。
主には生まれた子が男か女か、瞳の色が何色かを見せ、家門の繁栄を示すことを目的に開かれる。
第一子の時は、密やかに、夫婦仲の険悪さから無理はないとも噂されたものだ。
それはシンシアの産後の体調不良によるものだと後にわかり、今ではペンシルニア夫妻の仲の良さは社交界では知らぬものがいないほど。
貴族らは首を傾げた。
ライアスがそっとかけてくれた掛け物で目が覚める。温かい感触に目を開ければ、間近にライアスの焦茶の瞳と目が合った。
肩に触れる手が温かくて、そこに自分の手を重ねた。
夕食前。
城から帰ってきたライアスを出迎えようと思っていたのに、気がつけば寝てしまっていた。
「ライアス・・・ごめんなさい、お出迎えしようと思っていたのに」
「無理をしないでください。帰った時は私が貴方の元へ来ますから」
「おかえりなさい」
「ただいま」
そう言ってライアスはちゅ、と私の頬にキスをする。手は温かかったのにその頬が冷たくて、まだ帰ってきてすぐだったのかと思う。
「マリーヴェルにはもう会いましたか?」
「いえ、これからです」
それを聞いて私は立ち上がる。その腰と手をライアスが支えてくれた。
隣の子供部屋へ行けば、乳母がそっと頭を下げる。
生後3か月のマリーヴェルはベビーベッドですやすやと眠っていた。
「エイダンは?」
この子供部屋にいつもいる姿がない。
「ご入浴中です」
「早いのね」
そう言われてみれば、エイダンの乳母の姿もなかった。
食事で汚れるのでいつも食後に入浴しているのだが。
「その・・・絵の具で汚れてしまいまして」
この言い方は、何かあったようだ。黙って先を促すと、遠慮がちに教えてくれる。
「すべての絵の具を出して遊ばれましたので・・・」
「そ、う・・・」
なかなかに大変な光景だっただろう。
この乳母はエイダンについていた乳母とは別に雇った、マリーヴェルの乳母。エイダンの乳母と共に育児を担ってもらっている。
エイダンがやんちゃをする、エイダンの乳母が止める。マリーヴェルの乳母が悲鳴を上げる、というのが最近の日常で、少々疲労の色が見える。エイダンの乳母ほどのベテランではなく、比較的若い乳母である。
「——んえっ、ふえっ」
マリーヴェルがか細い声で泣いた。目が覚めたようだ。
「そろそろおっぱいね」
そう言って椅子に腰かけると、乳母がマリーヴェルへ手を伸ばす。
「私が」
ライアスがそう言ってマリーヴェルを抱き上げた。
まだぐらつく首をちゃんと支えて、そっと連れてきてくれる。ライアスの手が大きいから、マリーヴェルがすごく小さく見える。
生まれて間もない時には怖くて触ることもできなかったのに、大進歩である。進歩してもらわなければ困るが。
エイダンの時には経験しなかったことだ。そのせいか、可愛いというより怖いが勝つようで必要以上にこわごわと抱いている。空腹と相まってマリーヴェルはますます激しく泣き始めた。
泣き叫ぶエイダンを抱かせたのがついこの間のことのようだ。あの時のライアスはひどいものだった。
本人もそれはわかっているのか、生まれる前に抱き方を勉強し、こうしている時はできるだけ抱っこはやってくれる。
必要かどうかはさておき、仕事を1ヶ月近く屋敷でのものに変えて産後の私にも付き添った。いわゆる育休である。——必要かどうかはさておき。
赤ん坊に慣れたのは間違いない。こうして泣かれても慌てて寄越してこないのは、成長と言えよう。
「ありがとう。——はい、マリー。お待たせ」
渡されたマリーヴェルにそっとおっぱいを与えたら、辺りはまた静かになる。
幸い私の母乳の出はいいようなので、自分でマリーヴェルに母乳を与えることにした。
貴族の母親は乳母に任せることも多いらしいが、出て来るものは飲んでもらわないともったいないような気がして。貧乏性かな。
そのため、この乳母は出産経験のない若い女性だ。母乳が出なくても良いという条件で探してきた。
そうして私の役目になったこの時間は、私にとっても至福の時間だ。
小さな頭が必死で飲むのに合わせてゆらゆらと揺れる。放すまいと握っていた冷たい手が、おっぱいを飲むにつれてみるみる温かくなっていく。時折急ぎすぎておぼれるようにむせる姿も愛おしい。
マリーヴェルは銀髪のため、髪は生えているのに一見すると坊主頭みたいで、それがまた可愛い。
真っ赤になって揺れている後頭部をすりすりと撫でていると、勢いよく扉が開いた。
「ははうえ、おきた!」
エイダンはシャツのボタンもまだ留めていない姿のまま、駆け寄ってきた。
寝ていたのを知っているということは、私のところに来ようとして誰かに止められたのだろう。
「エイダン、お風呂に行ってきたの?」
「うん・・・」
「いい匂いね」
怒られると思ったのだろうか。元気がないので、とりあえずお風呂の話題はやめておく。
そう言って頭を撫でてやると、まだ濡れていた。
「あら、まだ濡れているわ」
「へいき」
「風邪ひいたら大変よ。ほら、ボタンも」
まだおっぱいをあげているため拭いてあげられない。
エイダンの乳母がタオルを持って入って来たが、エイダンはそちらを見ずに私の膝にもたれてきていた。
よいしょ、とおっぱいを右から左に変えようとして。
「おわった!?」
エイダンがすかさず聞いてくる。
「あと半分ね」
その答えに、エイダンはむすっとしてまた膝に寄り掛かった。
「もうおなかいっぱいなんじゃない?」
「まだ飲んでるわ。——ほら、エイダン、父上にお帰りなさいは?」
エイダンはちら、とライアスを見てぼそりと呟いた。
「・・・なさぃ」
「エイダン、夕食の時間だ。先に食べに行こう」
ライアスの誘いをエイダンは聞こえないふりをしている。
「坊ちゃま、髪を拭いてもよろしいですか?」
乳母の言葉にも返事をしない。
「エイダン、お返事してね」
「ん・・・あとで」
もじもじと私のドレスの刺繍を摘んでいる。
実につまらなそうだ。
「エイダン、母上はもう少しかかるから。先に行くぞ」
いつもの食事の時間はとうに過ぎていた。だからライアスがエイダンを連れて行こうとしたのだろうが、聞くはずもない。エイダンは無視している。
「エイダン」
「おなかすいてない」
「エイダン・・・そんなに張り付いていたら、母上が大変だろう」
「ちちうえきらい。あっちいって」
ライアスが一瞬固まった。
うん。ショックだよね、子供に嫌いって言われるの。
ただ、私に言わせると誘い方が良くない。魅力の欠片もない。
エイダンはますます私の足にしがみついた。
「——いいわよ、エイダン。母上と一緒にご飯に行きましょうね。母上が髪を拭いてあげるから、ボタンは自分で留められる?」
「むり」
できるって知ってますけどね。
もう眠いのだろうか。すっかり甘えん坊モードである。
マリーヴェルが飲むスピードが遅くなってきたので、ぐいっと離してみる。——よかった、泣かない。口をもぞもぞとして余韻に浸っている。口の周りにミルクまでつけて、ほっぺは真っ赤、ホカホカ赤ちゃんの出来上がりだ。
可愛すぎる。無茶苦茶に頬ずりしたい気持ちをぐっとこらえて、マリーヴェルをライアスに渡した。
マリーヴェルの幸せ度がかなり高い時間なので、ライアスが抱いても泣きはしない。少し不満そうにはしているが、満腹感とげっぷとの戦いでそれどころではなさそうだ。
ライアスは乳母に手伝ってもらいながらマリーヴェルの背中を叩いている。力加減がこわごわすぎて、まだうまくできない。加えて、首が据わっていないマリーヴェルをうまく縦にできないので未だに苦労している。
「エイダン、お待たせ」
さっと衣服を整えてから、エイダンを抱きしめる。少し湯冷めしてしまっている。
膝に乗せて服のボタンを留めてやった。
「ははうえ」
「なあに?」
聞いても何も言わない。へへへ、と笑っている。
ご機嫌が戻って何よりである。
乳母からタオルを受け取って髪を拭いてやった。
真っ赤な髪がつんつんと跳ねる。
「——さあ、できましたよ。お夕食にしましょうか」
「うん!」
「ほら、父上も呼んで差し上げてね。マリーを抱っこしてくれたんだから」
「——ちちうえ、ごはんです」
歩き出し、私の手を引っ張りながらそう言う。せめてライアスを見てあげてほしい。
エイダンは相変わらず、小さな頃からずっとライアスに対して塩対応だ。
ライアスは苦笑して、マリーヴェルを乳母に託し、ダイニングへと一緒に向かった。
エイダンは別にマリーヴェルを可愛がっていないわけではない。
基本的には一緒にいたがるので同じ部屋で遊んでいる。
抱っこさせてやると、何とも言えない緩んだ表情をしている。
「マリーこれ好きかな」
と言っておもちゃを渡したりしている。
もうすぐ5歳。
なかなか難しい年頃だ。
今日は夕食の終盤で、エイダンはうとうととし始めた。
乳母にエイダンを寝かしつけに連れて行ってもらう。
2人になったダイニングで、ライアスが実は・・・と切り出す。
「今日陛下に、お披露目の会はしないのかと尋ねられました」
「お披露目の会、ですか」
貴族の間では生後3か月ごろに子供を見せる会を開くというのは聞いたことがある。——が、行ったこともなければエイダンの時はもちろんしたことがなかったので、私としては馴染みがない。
「みんなするものなんですか?」
「そう、ですね・・・喪中と重なるなどでなければ。神殿への挨拶と共にそのまま済ませることもありますし、それぞれを盛大に行う者もいます」
しかし、今は冬である。
神殿に子供を連れて出かけるのでも躊躇われるのに、不特定多数の大人に次々とマリーヴェルを見せるというのは・・・ちょっと、いや、かなり抵抗があった。
みんなマスクして来てくれないかな。
「いずれ当家でもパーティを、と仰っていたので。機会としては適当かと」
「適当・・・」
私にはもう一つ懸念していることがある。
マリーヴェルの洗礼式は、先月のうちに済ませておいた。
寒さが本格的に厳しくなる前に済ませておきたかったし、ライアスがしっかりと騎士を編成して万全の構えで行くと計画書を見せてくれたから、それに乗っかる形で。
あまり深く考えずに、産後久しぶりのお出かけだなくらいの気持ちで出かけていたのだったが。
私が甘かった。
大々的に警備をしすぎて目立ってしまい、他の貴族らにこの日がマリーヴェルの洗礼日だと知れ渡ってしまっていた。
神殿に訪れる貴族は多く、いくら離れているとはいえ注目を浴びた。
マリーヴェルの姿を見た貴族たちの囁きが、私達家族の耳に入る。
「——女の子だと聞いていたが、これは・・・」
「銀の髪に金の瞳。光の御子だ」
「おお・・・待望の」
どよめきと言っていいほどの騒ぎになってしまった。
待望の子。
貴重な光の子。
ようやく生まれた、待ちに待った子。
そんな囁きが、おめでとうございますという祝福の声と共に響き渡った。
その時のエイダンの顔は、今思い出しても胸が痛い。
驚き、もしくは動揺。今まで見たこともない表情で固まっていた。
多くの大人たちがマリーヴェルに注目し、待望の子と口々に言うのを見て。
4歳とはいえ、何も感じないわけがなかっただろう。
私は急いでエイダンを抱き上げた。
「エイダン、貴方も赤ちゃんの時、ここに来たんですよ。覚えてる?」
エイダンは黙って、固い表情のまま首を振っていた。
「けれど、お披露目は・・・エイダンの時はしなかったではないですか」
「あの時は・・・」
ライアスが言い淀む。確かにあの時の事は、話題に出しづらいだろう。
「勿論、あなたが気乗りしないのであれば——」
「そうではありません」
お披露目をしたくないわけではない。社交界に復帰はしたが、今はまた育休中みたいなものである。
仕事もストップしていたし、これを機会にまた公爵夫人としての仕事も再開し、社交活動も再開する必要はあるだろう。
ライアスがこういう言い方をするということは、きっとお披露目の会はしたほうがいいのだろう。公爵家の仕事として。
招待の数やお披露目の方法などを考慮すれば会を開催すること自体は、そう難しくないかもしれない。
ただ。
「・・・エイダンにはなんと言うんです?マリーヴェルのお披露目をすると言うと、僕の時もこんなだったのって聞かれますよ?」
そもそも私の意識がなかったけど。それにしてもやるような雰囲気ではなかった。
「シンシアの体調が思わしくなかったため、と言えば理解するのではないでしょうか。もう5歳になるのですから」
ライアスは5歳で本格的な教育を始めたらしく、時々エイダンにも公爵家子息としての自覚を促したい、というようなところがある。
私としては、まだまだ甘えていていいんじゃないかと思うのだけど。
「理解はするでしょうね。けれど・・・エイダンの気持ちは?」
今まで一身に受けていた屋敷の目が、今マリーヴェルに向いている。
今度は屋敷を訪れる貴族たちが、皆次々にマリーヴェルに祝福を贈る。たくさんのプレゼントと共に。
自分には一度も訪れたことのない者達が。
まだはっきりとはわかっていないだろうけれど。エイダンは、この先、「光じゃない方」という見方をされるかもしれない。あの子が光の魔力を覚醒させるのはきっと、ずっと大きくなってから。それすら定かではない。
せっかく魔力の種類に関係なく、めいいっぱいの愛情を注いで育てたいと思っていても。周囲の大人に阻まれるようなことは、できるだけ避けたい。
「ライアス。今はマリーヴェルより、エイダンを中心に考えたいのです」
そう言うとライアスは心底驚いたようだった。
「それは・・・嫡子として兄妹で差をつけたいと・・・」
なんでそうなる。
「違います」
ライアスは少し考え込んだ。
「私は、あなたは平等にしよう、と仰ると思いました。兄妹分け隔てなく育てよう、と」
だから、マリーヴェルのお披露目にエイダンの紹介の場を設けようか、と考えていたという。
「平等では足りません」
二人並んでお披露目しても、注目を集めるのはマリーヴェルになりかねない。
どうしても人の目は小さいほうに向いてしまう。金の瞳ならなおさらかもしれない。
「意外ですね。マリーヴェルは小さくて、守ってやらねばならぬ存在ではないですか。貴方がそう言うとは・・・」
「今は、の話ですよ。マリーヴェルは、今はとりあえずお腹がいっぱいですやすや眠れたら幸せでしょう?けれどエイダンは」
4歳はもっとずっと複雑だ。
ライアスはしばらく考え込んでいた。
「——わかりました。招待する貴族は、よく絞り込みましょう。そうですね・・・いっそ、お披露目の会ではなく、エイダンの5歳の誕生日会にしてはどうでしょうか」
「よろしいのですか」
主旨が変わっているけれど。
「構いません。確かに、エイダンをまだ公の場に出していないのに、お披露目の会とはいえマリーヴェルを紹介するのというのも。マリーヴェルは、ご機嫌が良ければお見せする、くらいのつもりで。如何でしょうか」
「いいと思います」
エイダンが主人公になれる日。
ライアスの機転に感謝の気持ちでいっぱいになる。
「貴方は素晴らしい父親です。ありがとうございます」
「エイダンは私の息子ですから、お礼はいりません。——それで、私はいい夫にもなりたいのですが」
そう言ってライアスが私の手を取った。
触り方がちょっと、ねちこい。
ぶれないな、この人。相変わらずライアスは毎日愛を語り、隙あらばこうして触れてくる。
そう思うと笑いがこぼれた。
「いい夫ですよ」
それはそうと。
突然だが、育児を舐めてはいけない。
人手があろうが、子供を一人育てるというのはやっぱり並大抵のことではないのだ。
前世では、睡眠不足で舟を漕ぐようにブロックを延々と積みながら上の子の相手をしていたし、ふらふらして髪が乱れたまま公園に連れて行ったりしていた。
私の膝の取り合いで娘たちが攻防戦を繰り広げ、喧嘩になり、家は常に戦場、よくて動物園だった。
それに比べたら、授乳以外は乳母に預けられるから、しっかりエイダンに向き合えている。
夜中は3回ほど起こされて授乳をする。私は常に眠くて、よく昼寝をしてしまっていた。エイダンはもうお昼寝をしなくなったので、本当は昼間にもっと相手をしてあげたいのに、どうにも眠くて。
けれどその時も、乳母も侍従もエイダンの相手をしてくれているから、ああ、本当に公爵家での子育てっていうのはありがたいなあ、なんて思っていた。
そんな、油断の様なものがあったのだろうか。
「ははうえ!」
「しー!」
私が眠っているからと、その部屋の前でメイアがエイダンを待ち構えていた。
「ははうえは?ははうえに、これをみせるの。うまく字がかけたってほめられたから!」
「お母上は、お休み中です」
「またねてるの?もうおきない?」
「お母上はお疲れなのです。赤ちゃんを育てるというのは、とても大変なことなのですよ。その上坊ちゃまがあれこれ言ったら、お母上は大変疲れて、お倒れになってしまいますよ」
「ちょっと、みてもいい?」
「なりません。ちょっとですまないでしょう?お母上が可哀想でしょう?」
そんな風に、私のお昼寝時間をメイアが確保してくれていたなんて。
またある時。
エイダンと庭を散歩していたら、珍しくエイダンが激しく転んだ。
「———っち、ちい・・・!」
膝から血が出ると、途端に取り乱すエイダンである。
貴方のお父様は血が出てもへっちゃらすぎるのに。
そう思って親子の違いに笑いそうになるのをこらえて、ハンカチで血を隠すように覆ってやる。
「ほら、血は止まりましたよ」
「い、いたいいぃ」
ぽろぽろと涙を流している。
傷は治してあげたので大泣きすることはないが。
気持ちで負けてしまっているので、傷が治ってもまだ痛い気がするのだろう。その場から動けなくなってしまった。
「エイダン?治しましたよ」
「でも、いたいよぅ」
「仕方ないわね。お屋敷の玄関まで、抱っこしましょうか?」
「うん!」
一気に元気になった。
子供ってやつは、とにかく抱っこすればご機嫌になるんだから。
このちょろさがたまらなく可愛い。
久しぶりに抱っこするとずっしりと重いが、まだまだ抱っこできない重さではない。
玄関まで到着すると乳母が青い顔をして待ち構えていた。
「おぼっちゃま!お、奥様に抱っこしていただいたのですか」
「うん」
「まあ、奥様・・・お身体は・・・」
随分大袈裟だ。産後3か月も経っているんだから、このくらいは大丈夫だ。若いんだし。
産後は重いものは持ってはいけない、と周囲が随分気遣ってくれる。
とにかく着替えましょうと言われ、エイダンは連れていかれた。
この時、乳母がこんこんとエイダンに諭していたらしい。
「坊ちゃま。ああいうときは、乳母をお呼びください。お母上に抱っこしていただくなど、もしお母上のお身体に何かあったらどうします?」
「ははうえ、げんきだよ?」
「いいえ、お母上はか弱い方です。お坊ちゃまをご出産された時など、何か月も寝込んでいらしたのですよ?お坊ちゃまはもう5歳になられます。もっと公爵家のご子息として、自覚を持っていただかなくてはいけませんよ」
「ぼく・・・まだ4さいだよ」
エイダンはいつも、大好きな母にそう言われていた。
貴方はまだ4歳なのだから、甘えていいのよ、って。
けれど乳母は最近、厳しい顔をする。
「それに、光の力は、大変貴重なものですよ。何物にも代えがたい、王国の宝ともいうものなのですから。おいそれと使っていただいてはなりません」
「ひかりの、ちから・・・」
エイダンに新しくつけた侍従は、まだ15の少年だった。
この屋敷に長く勤める執事の長男である。本人は騎士を目指していて、既にいい体つきをしているし、姿勢もとても良い。
多少のことでは動じない性格で、真面目な好青年、という印象だったし、エイダンが生まれた時から顔を合わせることもあり、時々相手をしてもらっていた。
エイダンのやんちゃぶりにも取り乱すことなく、しっかりと対応してくれる。
頼れるお兄さん、というように付き合ってもらえたらなと思っていた。
そしてこの侍従も、ただ聞かれたから答えただけだった。
「力、ですか?ペンシルニアは代々土の魔力使いです。お父上である公爵閣下もです」
「ぼくは、なにかな」
「瞳の色から考えれば、お父上と同じ、土の使い手ではないでしょうか」
「つち・・・。ひかりは?」
「マリーヴェル様は金の瞳ですので、光の使い手かもしれませんね」
「ははうえと、いっしょがいいのに」
「光の力は、そう簡単には継がれないのです。だからこそ貴重なのですよ」
お母上は素晴らしい方なのです、と言われる。
エイダンは黙って聞いていた。
パチ、パチ、と薪の燃える音がする。
暖炉の前でエイダンがおもちゃで遊んでいる。ちょっと難しめの立体パズルに取り組み、かれこれ1時間くらいやっている。
シンシアはそれを見つめながら、ソファにライアスと座り、ほとんどライアスの腕の中で、いつの間にか目を閉じていた。
まだ昼前である。今日はライアスも休日だが、外は雪が降っている。今日は家でゆっくりすることにした。
「ちちうえ、これうごかない」
そう言ってエイダンが差し出したパズルを受け取って、ライアスの胸が少し動く。
それによって目が覚めて、私はあくびをした。
「ふぁ・・・寝てましたね、私」
「まだお昼まで時間があります。寝ていてください。寒くないですか?」
「ええ、ちょうどいいです・・・あら」
目を閉じる前に比べてパズルが随分進んでいる。
「エイダン、すごいわね。もうすぐ完成なんじゃない?」
「うん」
エイダンが照れくさそうに、もじもじしている。
ライアスが手を入れたパズルをまた受け取って、熱中して取り組んでいる。
「ずっとやっていたの?すごい集中力ね」
時計を見て時間が過ぎているのに驚く。
やんちゃだと思っていたら、こうしてひとつのことに集中することもできるようになって。
「そろそろ教師を雇いましょうか」
ライアスがそう言うのも納得できる。
「何の教師ですか?」
「誕生日会をしますし、とりあえず作法からでどうでしょう」
あまり厳しくなく、遊びながら学べるといいのだけど。
「そうですね」
自分の時は、王宮で優しく教えてもらってはいたが、それでも覚えることが多すぎて大変だった。
しかも、王族と貴族の作法は少し違うところもある。
「エイダンは王家の作法も覚えなければ」
「それは・・・気が早いのでは」
エイダンは今の所、王位継承順位が3位である。
国王の子供はもう王太子のオルティメティ1人。オルティメティが結婚していない為、私が2位、エイダンが3位になる。私は帝王学も何も学んでいないので、実質はエイダンが2位と言ってもいいだろう。
公爵家後継としても学ぶことは多いのに、王位継承権があるということでエイダンは更に大変になってしまうのではないか。
「まだのびのびと、遊ばせてやりたいです」
「貴方はいつもそう言いますね」
どうやらライアスは相当厳しく育てられたようだ。
今は亡き先代の話はほとんど出てこないし、領地で過ごしているというライアスの母にも結婚式の1度しか会ったことがないが、そんなものだというくらいだから。
私が会いに行くのは護衛の面からも大ごとになるので、孫を見せるのに招待しようかと提案したことがあるが。——特に必要ないでしょう、と冷めたものだった。
高位貴族の親子関係というのはこんなものなのだろうか。
シンシア自身も、父親に思うところがないわけではなかったし。
けれど今は、ライアスがいる。
父ですら娘より王家の存続を取ったが、ライアスはきっと何より私を優先してくれる。そんな確信があった。
結局、教育方針についても話し合いながら私の意見を尊重してくれる。
ありがたい存在だ。
新たに雇った作法の教師は、優しげな中年の男性だった。
公爵家の家系である伯爵家の出身で、身元もしっかりしているし、実績もあるという。
何度か授業を見学したが、物腰が柔らかく、笑顔を絶やさない人。
私は安心して任せるようになった。
ずっとではないが、家庭教師とエイダン二人きりになる時間もあり、エイダンも集中して授業に取り組んでいるようだった。
少し顔つきも変わって、エイダンが成長したように感じていた。
——しばらくは、いい傾向だと思っていた。
パパよりママがいい理由はいくつかあるでしょうが
パパの小さな無自覚のあれこれが結構理由なんじゃないかと思う時があります。
ライアスも、細やかさが足りないんですよね(´Д`)
少しでもお楽しみいただけましたら、この下の
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎をちょん、としていただきましたら
大変励みになります。
よろしくお願いします。
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