50.
マリーヴェルと手を繋いで前に立ったアルロを、ライアスは黙って見下ろしていた。
「公爵様。この度は、ペンシルニアからの援軍、ありがとうございました」
アルロは深く頭を下げた。マリーヴェルも同じく頭を下げる。
「犠牲者が出なかったのは何よりだった。よく頑張ったな。ところで、その手を——」
「ブラントネルは、まだ若い国です。けれど、これからの国だと思っています。ブラントネルが本来の力を取り戻し、国民の隅々までに豊かさが広がるために——僕はまだ、今回のように前線に立つこともあるだろうし、死に物狂いで国のために尽くしたいと思います」
それがライアスの出した問題の答えなのか。ライアスの表情が険しくなる。
「国のためにがむしゃらに働くから、マリーを守る余裕は今はまだない、か?」
「いいえ。ブラントネルには、マリーヴェル様が必要です」
アルロは手に力を込めた。
「僕にも、姫様が必要です」
今すぐにでも。
「それは、再戦の申し込みか」
今度はマリーヴェルが心配そうにアルロの手を握った。しかし、アルロの表情は穏やかなままだった。
「何度でも、挑戦させてください。ただ……公爵様に勝てる日は、きっと来ないと思います」
「は——」
「助けてください」
諦めとは違う、強い意志のある瞳でアルロはライアスと対峙していた。
「全力を尽くします。それでも今回のような危機に陥った時、持てる全ての力を使います。それは僕の力ではなくて、ペンシルニアやファンドラグの力であるかもしれません」
もちろん自国の力で最善を尽くす。がむしゃらに突き進むつもりだ。それでも今回のようなことがあれば、今度は支援を請う事を躊躇わない。
ライアスはしばらくして、そうか、と言った。
「それがお前の出した答えか」
ライアスの求めていた答えと全く同じというわけではなった。ただ、それも一つの力の付け方のように思えた。何より、アルロの眼は、もう少しも揺らがなかった。
「——お前には、何を置いてもという闘志が足りなかった。死ぬ気で、何が何でも守り抜くという気概が。優しさも慈悲もかなぐり捨てて、どんな手を使ってでも国とマリーを守り切るという——私が、そうであるように」
今も燃え上がる程の闘気が見えるというわけではないが、それでも、必死さはこの前の比ではないと分かる。
ライアスがふっと笑った。
「エイダンをこき使ったらしいな」
「あ、その……はい」
「分かった」
ライアスが姿勢を正した。アルロも背筋を伸ばす。
「——アルロ・ペンシルニア・ブラントネル。ブラントネルは、ペンシルニアの名を冠する国王の治める国だ。ペンシルニアが全力を持って、これからも必要な時は助けに行くと約束する」
アルロは息を呑んでから、すぐに深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
シンシアがつん、とライアスをつついた。離していた手を再びシンシアの腰に回すと、「そうじゃない、あれ」とささやかれる。
ライアスはやや固まったが、シンシアが呆れて離れて行こうとするのを察して、慌てて宥めるようにわかったから、と言っている。
いったいどうしたのだと皆が顔を見合わせた。
「アルロ。その……悪かった」
「え?」
「あそこまで、やるつもりはなかった。やりすぎた。その、頬の傷……ついかっとなって、力が入りすぎた」
「あ、いえ、そんな……あれは訓練のようなものですから」
「お父様……」
マリーヴェルがアルロの横から、一歩踏み出した。
「お父様、私、来年にはブラントネルへ来たい」
「は——」
「まだまだ未熟で、勉強不足なこともたくさんある。でも――復興を続けるこの街を見て、やりたい事が見つかったの。お願いします」
マリーヴェルは頭を下げた。ずっと言うと決めていたようだった。
「それでも、助けてって、私もお願いすると思うんだけど……」
「マリー」
ライアスはマリーヴェルの肩を持って、頭を上げさせた。
「助けるに決まってる。どこにいても、私はお前の味方だ」
「お父様!!」
マリーヴェルはライアスに抱きついた。その体をライアスは軽々と持ち上げる。
「たくさん我儘を言ってごめんなさい。本当に、本当に大好きなのよ。お父様……!」
「ああ、知ってる」
マリーヴェルは力いっぱい抱きついてから、そっと離れた。
「マリーヴェル様」
アルロの側に戻ると、アルロがゆっくりと膝をついた。マリーヴェルの手を取り、もう片方の手を心臓に当てる。
懐かしい、10歳の誕生日を迎えた夜の、あの誓いを思い出す。
「——あの時の誓いを、これからも一生お側で守らせてください」
あの時は嬉しいのに苦しくて、喜びたいのに悲しかった。
今は——感情が溢れかえって、どうしていいかわからなかった。マリーヴェルはただ何度も頷いた。
その白い手に、アルロはそっと額を寄せる。
「謙虚であり、誠実であり、礼儀を守り、あなたを守る盾となり、忠節を尽くす——そして、必ず貴方を幸せにすると誓います。——マリーヴェル様、愛しています」
その言葉に、心臓を撃ち抜かれたようだった。
言葉の余韻だけで静寂に包まれている。皆に見守られているのがわかるのに、マリーヴェルは自分のうるさい胸の鼓動ばかり聞こえて、反応できずにいた。
「ふっ……う、ううぅ」
返事をしたいのに。涙で前がかすむ。何度も何度も瞬きをして、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
嗚咽が漏れて、喋れない。アルロはその姿勢のまま、ゆっくりと待ってくれた。
「僕の妃として、生涯を共に歩んで下さい」
妃——その言葉に、不思議にも、ぴたりと涙が止まった。
「はい……はい!」
マリーヴェルははっきりと返事をした。顔を上げたアルロと目が合う。にこりと微笑まれて、もう、興奮が抑えきれなかった。
思い切り飛び込んで抱きついたが、アルロはしっかりと抱きとめてくれた。
「アルロ!!私、この日を一生忘れないわ!私は世界一の幸せ者よ!」
「姫様……」
「愛してるわアルロ。一緒——ずっと一緒よ!私、もっと、もっと頑張るから」
「はい」
アルロは腕の中にいるマリーヴェルの感触を確かめた。
かつて自分の心をその小さな体で癒してくれた、優しく強く、美しい人。触れるのもためらう程に清らかで尊い人。
今は愛おしくて愛おしくてたまらない人。
マリーヴェルの為なら、何でもできる。してみせる。
こうして、ペンシルニア公女のブラントネル輿入れが翌年に決定した。
エイダンは寂しく思ってつい拳を握ったけれど、その拳をアイラがギュッと握ってくれた。妹が幸せになると確信できる。ソフィアも歓声を上げながら、マリーヴェルと抱き合って喜んだ。
ライアスは暗がりで肩を震わせていた。隣にいるシンシア以外、誰にも気づかれないくらい僅かに。
「ライアス」
喜び合う子供達を眺めながら、シンシアがそっとライアスの肩に頭を預けた。
「私、本当に貴方と結婚して良かった」
鍛え抜かれた体に手を回して、ぎゅっと抱きしめたら、すぐに温かい手がそっと支えてくれる。
「私を愛し続けてくれて、本当にありがとう」
感謝の気持ちを伝えたかったのに、もうやめてくれと言わんばかりに口を押さえ、ライアスは更に泣いてしまった。その様子がおかしいと思うのに、今日ばかりはシンシアももらい泣きして、二人で抱き合って涙を流した。
ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。
これにて完結とさせていただきます!
長い間、読者の皆様に支えていただき、本当に感謝しかありません。
アルロとマリ―ヴェルが結ばれるところまで描けて、感無量です。
ソフィア視点も書いてみたいですが、そうなるともうタイトルから離れすぎるので、そちらはまた、その内機会がありましたら・・・ということで。
さて、書籍3巻が本日発売されております!
やっとアルロが出てきた所で、そこまで出せてほっとしております。本当にありがとうございました。
書籍小説の方は3巻までとなっております。売れ行きが…ごにょごにょ。力及ばず、申し訳ありません。
コミカライズは続いておりますので、そちらでお楽しみいただけますと幸いです。
皆様に幸多からんことを




