48
無理をしないでほしい、エイダンにはそう伝えていた。
生死を危ぶまれる重症者数名を、とにかく命が危うくないところにまで治してくれればそれで良かったのに。
エイダンは今回の被害者のほとんどすべてを治癒してしまった。さらに、今回の援軍に治癒師を同行していたため、後はそちらに委ねられた。おそらく数日で完治するだろう。
「——ふう、さすがに……めがまわるぅ」
タンに抱えられるようにして帰って来たエイダンは急いで貴賓室に運び込まれた。
「エイダン様!」
まさかそこまで無理をするとは思っていなくて、アルロはエイダンの寝転んだソファに駆けよった。
「そんな……こんなに無理をされるなんて」
「大丈夫だ」
答えたのはタンだった。
「アルロが頼ってくれて嬉しくて調子に乗っただけだ。気にしなくていい」
「そんな……」
「エイダン様は、魔力切れからの回復も早いから」
「うん、1時間もすれば復活してくるから。あったかいお茶でも持って、1時間後にまた来てくれる?」
そんなわけにはいかないと思ったが、その方が気が楽だから、と追い出されてしまった。
扉の前でしばらく右往左往してしまう。
自分が言ったことでエイダンがこうなってしまったのだから、何かしたいものの、確かに、アルロにできることは何もないかもしれない。
事後処理も山積みなアルロへの気遣いかもしれない。そんなことをぐるぐると考えながら執務室へ戻り、爆速で処理を終わらせる。
きっかり1時間経ってから、またエイダンの部屋に戻って来た。
エイダンは着替えてソファでくつろいでいた。
「——お疲れ様」
部屋にはエイダンしかおらず、にっこり笑って手を振る程の余裕もある。疲労の色はなく、顔色もいい。
アルロはほっとした。
本当に回復が早いようだ。
アルロも汚れた服から、いつものチュニックに着替えていた。
「——こっちに来ると、アルロは王様なんだなあって実感するよ」
そんな風に冗談交じりに言われる。
アルロの心を軽くしようと言ってくれているんだろうけど。
やっぱり、アルロはちゃんと謝りたかった。
その場の床に両膝をついた。
「エイダン様、今日は——いえ、昨日は、申し訳ありませんでした」
「えっ、ちょっ……やめてよ」
「いえ。僕が間違っていました」
「いやいやいや……誰かに見られたらさ!」
「かまいません」
「僕が構うから、座って!」
少し強めに言われる。
ほら、とさらに促され、アルロはもう一度頭を下げてから、対面に座った。
「……………」
「……………」
しばらく二人で、紅茶から上る湯気を見つめていた。
「ほんとはさ……」
ぽつり、とエイダンが呟くように口を開いた。
「たしかにちょっと、悲しかった。寂しくて、咄嗟に怒っちゃって。後悔してる」
「そんな……!!」
「考えたら、無理もないよ。やっぱり僕一人でってのは、無謀だった。だから今回はちゃんと一個小隊引き連れて来たでしょ。万全を期して」
「……はい」
「——とはいえ、来れたのは、マリーのお蔭なんだ」
「え」
エイダンを見れば、少しバツが悪そうに頬をかいていた。
「あー、その。マリーにね、行けって言われたんだよ」
「姫様に……?」
「本当は自分が行きたいけど、何の役にも立たないからって」
治癒師を行軍に加えたのもマリーヴェルだ。
「軍隊の編成に口を出してきたのには驚いたよ。ペンシルニアの当番と、階級のバランスも悪くない。あいつ、伊達に猛勉強してなかったんだな」
だから、こうしてまんべんなく属性が多岐にわたる人選だったのか。どんな魔物でも対応できるように。
「僕、ほら——怒ってただろ?だから意地を張って、行かないよって言ったんだけど。——それが最後になってもいいの?って」
それを言われた瞬間、——しまった、それは絶対に嫌だ。そう思ったんだ。
「痛いところをつかれた」
今までいつも、「助けて」しか言わなかったマリーヴェルが。こんな風なお願いの仕方をしてくるだなんて。そんなところにも驚いた。
驚く顔のアルロをみて、エイダンはまた笑った。
「来てよかった」
「エイダン様……」
アルロはまた頭を下げた。
「ありがとうございました。——僕が、間違っていたんです。エイダン様が一緒に来て下さったら、本当に心強かった。心の底から、ありがたくて、嬉しかったのに。——ただ僕が、ペンシルニアで受けた恩を、こんな形で返していいのかって、変にこだわっていて……」
「うん」
「その……軍を動かして、大丈夫でしたか」
ライアスの時、大事になったのは記憶に新しい。王家は、シンシアはどうだろうか。
エイダンは大丈夫、と笑って手を振った。
「オルティメティ陛下はいつもね、好きにさせてくれるんだ。アルロを助けたいって言ったら、王国騎士を出そうかって言われたんだけど。まあまずはペンシルニアで行って来ますって話になって」
「本当に、いつも、ありがたいです」
「父上も母上も、二つ返事で許してくれたよ。母上にはむしろ、遅いって言われてさ」
「そうですか……」
なんてありがたいんだろう。
ただ、ライアスの事を思い浮かべると、少し複雑な感情がよぎった。
まだ、ちゃんと国を守れなかった。やはり力を借りなければ、アルロだけでは成し得なかった。
少し暗くなったアルロの顔をエイダンはじっと見つめていた。
ず、とエイダンが紅茶を飲み、ふう、と息をついた。
「僕はさ。国を継ぐわけではないから、求められていることが違うと思うんだけど。王国騎士団長の座を父上から渡された時に言われた事があってさ」
「公爵様から」
「うん。勝利に酔うな、って。——ほら、戦闘に勝利すると、妙な興奮に侵されるでしょ?癖になりそうって言うか。なっちゃいけないんだけど。——それを聞いた時に、ああ、だから父上は、王位を望まなかったんだなって思った」
その機会は何度かあったのだろう。オルティメティ自身からも、冗談めかして言われたことがある。ライアスはあり得ないの一点張りだった、と。
「僕も、父上と同じ。気を付けないと、一歩踏み外したら戦争を起こしてしまうかもしれないってことも、あるのかなって」
エイダンは恐ろしいことをさらりと言った。
「アルロはそんな事思ったことないって顔だね」
相手を倒して、妙な興奮——。絶大な力がある事の、溢れ出てくる自信。確かにアルロにはない感覚だ。
しかし時にはその傲慢さが、ペンシルニアを支えてきた。
「そんなアルロだから、国王なんだなって思った。だからブラントネルから望まれたんだ。——つまりさ、多分、父上が思ってるのは、僕や父上のように強くなる事じゃないんだと思うよ」
エイダンがアルロに話す顔は、兄のような大人びた顔だった。同い年で、いつも屈託なく明るい表情なのが、今は大人びている。
「——今のアルロを大切にしてほしい。ここに来てアルロを見たら、そう思った。もう立派な国王になって、皆から慕われてる。これを築き上げたのはアルロにしかできなかったんだし、これを守っていくのも、やっぱりアルロにしかできないんだよ」
この翌日には、エイダンらペンシルニア騎士団はあっさりと帰って行ってしまった。
調査団もほぼ全快したので、護衛も兼ねて、ともに帰って行く。
アルロはずっと考えていた。
エイダンの言葉を。ライアスの言葉と、シンシアの言葉と。
何日も何日も考え続けて、やがて、季節は、夏になった。




