47.英雄の助け
赤いマント、そして真っ赤な髪。
アルロとヒュドラーの間に立ちはだかる、赤。
この鮮やかな色を見るだけで安心してしまう。
出発前にあんなに嫌な態度を取ったというのに——どうして。
エイダンはたった一太刀で、2本まとめてヒュドラーの首を切り捨てた。まるで柔らかいものを切るかのように流れる動きで、息を切らすこともない。
水飛沫をあげて巨大な首が落ちて行く。斬られたヒュドラーは悲鳴を上げながらのたうち回り、そのうちまた、あっという間に切られたところから首を増やした。
さらに襲いかかろうとするのを、エイダンが土魔力でその体を埋めて、足止めする。
「あれ……?——おい、7引く2は?」
「5です、エイダン様」
アルロのすぐ後ろから声がする。見れば、タンが同じく剣を抜いて構えていた。その背後にはペンシルニアの騎士が複数いる。
その姿を見るだけで、一気に肩の力が抜けそうになって、アルロは泣きそうになった。
「1,2,3——首が9本に見えるんだけど。この瘴気のせいかな」
「いえ、エイダン様が切った所が増えましたね」
「ええっ!ぼくのせい!?」
いつもの、エイダンだ。
来てくれた。
アルロが呆気に取られているのと、エイダンとはたと目が合った。
ほらみろ、アルロ。僕が来て助かったでしょう?
——そう言われるかと思ったら、エイダンはくしゃりと顔を歪めたように笑った。
「なんて顔してんの」
「あ……そ、の……」
大口を叩いておいて、食われるところだった。そうなったらブラントネルどころか、この世界が闇に包まれたかもしれない。
とにかくまずは謝罪を、それからお礼を——そう思った瞬間。
エイダンの方がその場のアルロの目の前で、膝をついた。すぐさまペンシルニアの騎士等もそれに従う。
左手で剣の鞘を抑え、右手は心臓に当てる。敬意を表する跪拝は本来、主君に対して行うものだ。
「——え……」
辺りにエイダンの凛とした声が響く。
「我らペンシルニア騎士10名、援軍として到着いたしました。ブラントネル国王陛下に御指揮願います」
残ったブラントネル軍精鋭らの間に、どよめきが巻き起こった。
先日は脅威を与えたペンシルニアの騎士等は、今度は援軍として馳せ参じ——さらには国王の前で膝を折っている。
「え、エイダン様……」
慌てるアルロに構わず、今度はエイダンは立ち上がった勢いのまま、がばりとアルロを抱き締めた。
力強い抱擁で、ぎゅうう、と締められる。
「う……」
さすがに苦しくてうめき声が出る。
「無事で、良かった」
心底安心した、というような声が耳元でする。
「エイダン様……」
それ以上喋ると泣いてしまいそうで、アルロは唇を引き結んだ。
情けない。
拒んだくせに、助けてもらって。その上、責められもせず無事を喜んでもらって、ただただ安心している自分が……。
ばらばらと土の崩れる音がして、ヒュドラーがまた襲いかかってきた。エイダンが離れて叫んだ。
「作戦会議するから、足止めしといて!」
「は!」
ペンシルニア騎士の皆がアルロの横を駆け抜けていった。スタンレーもそれに続く。
氷の魔力持ちの騎士が湖ごと凍らせ、他の騎士らが9本の首をそれぞれ斬らないように相手をする。
「ふう……すごい瘴気だな」
珍しく、エイダンが汗をかいている。ファンドラグからここまで急いで駆け付けてくれたのだろう。それに加えて、この瘴気に包まれた空気が、圧迫感を与えている。
「——この魔道具を使ってください」
アルロは自分の魔道具を外してエイダンに渡した。首に巻いて、カチ、と作動させる。
「——うわあ。すごい楽」
「エイダン様……」
何と言っていいかわからなくて、それしか言えない。
エイダンはいつも通りだった。——確かに、今はそれどころじゃない。
「これ、アルロが付けてなくて大丈夫ななの?」
「はい。僕は同属性なので、それほどでもないです」
「まあでも、早くけりをつける方がいいよな。あれは、切れば切る程増えるの?」
「初めは5本でした。僕と将軍が1本ずつ切り落とし、エイダン様が2本落としたので——」
「今現在9本、か」
うーん、とエイダンが考え込む。
「感触としては、2騎士で1本なら難なく切れそうだけど……どう思う?」
「本当にどこまでも増え続けるのか、斬り続けてみるとか」
聞かれたタンがとんでもない作戦を提案した。エイダンが顔を顰める。
「湖の上にうごめく蛇の山なんて、見たくないよ」
「おそらく無限に増え続けるぞ」
そう言ったのは、ぺトゥールだった。いつの間にか近くまでやってきている。
「どうも。ゲノム魔術王国のぺトゥールだ」
「ゲノム……」
「彼が魔道具を作ってくれたんです。一緒に洞窟にも潜ってくれて」
「へえ……」
「ヒュドラーの魔力耐性はかなり高い。物理攻撃の方がいいだろうな」
そう言いながら、ぺトゥールは戦っているペンシルニアの騎士等をちらりと見た。
「魔力持ち属性をここまでそろえて来るなんて、流石ペンシルニアだな」
「分かるのか」
見ただけで属性が分かる者はかなり稀少だ。それも一目で。
「魔力量も分かるから、これがどんだけ化け物な集団か分かるぞ」
「ぺトゥール王子」
失礼なことを言わないでほしい、とアルロがぺトゥールの袖を引く。
そんな二人が仲良くずぶ濡れなことに気づいたエイダンが、すっと目を細めた。
「——随分仲がいいんだね、そこの二人」
「おう!俺ら、えらく気が合ってな」
ぺトゥールがアルロの肩を組んだ。
「ふうん……」
「——魔力耐性は強いが、効かないわけじゃない。特にアルロの作り出す瘴気——いや、あれはなんだったんだ?この上なく純度の高い闇の魔力」
「あれは——ただ消滅させるだけの闇です。極限まで凝縮した闇の魔力で——本来は、跡形もなく、触れたものを消え去るのみ」
「へえ……。あれには目の色変えて追いかけてきただろ。あれを囮にして、一気に首を斬り落とそうぜ」
「それだと、9本が18本になるだけじゃないのか」
エイダンが怪訝そうに言う。
「斬り口を直ちに焼ききるか、凍らせるか。光を纏うのもいいかもしれない。とにかく、再生を阻害する魔力攻撃をするんだ。おそらく、外殻を取り除けば、内部の魔力耐性は低い」
「それは、どこまで信じられるんだ」
初対面の、それも自分より年下に見えるぺトゥールを信じて、騎士の命を預けてもいいのかどうか。エイダンには判断がつかなかった。
「俺の魔道具を使ってんだから、俺がどんだけ天才か分からないか?」
「……………」
エイダンがアルロに視線を移す。
「僕は、やってみたいと思います」
古代の魔物を相手にするのは、未知の事ばかりだ。アルロにとっても、間違いなくこれまでで一番強い魔物だった。でも、今三国が力を合わせれば。
「エイダン様。力を貸していただけますか」
「——わかった」
アルロは胸に手を当てて頷いた。
「元より、指揮を願ったのはこちらだもんね。陛下の命令に従うよ」
それが冗談なのか本気なのかは分からなったが、エイダンはそう言って騎士に作戦を伝えに行った。
アルロが練り上げた闇魔力に、ヒュドラーはまた目の色を変えた。
抗いがたい魅力的な餌を前にして、欲望をむき出しにする。とにかく獰猛な目を更に剥き出し、一直線に襲いかかってきた。
パキイイィィィ——湖が凍った。ぺトゥールの魔道具が湖全体を凍らせる。本来凍らない湖だから、必要な魔力量も多い。もって5分、と言われている。
ぺトゥールに頼んだのは、騎士の魔力を温存するためだ。
動きが少し鈍くなったところに、スタンレーを筆頭としたブラントネルの精鋭、ペンシルニアの騎士が一気に斬りかかる。それぞれの担当した首に斬りかかり、すぐさま魔力の攻撃で畳みかける。
息がぴったりで、揃って切り落とし、それぞれの首は炎に焼かれ、凍り付き、稲妻が打つ。
最後に残った胴体に、エイダンが剣を突き立てた。そのまま大量の光を注ぎ込む。
辺り一面が眩しく白く光り、それがやわらぎ視界が開く頃には、魔物は跡形もなく消え去っていた。
何事もなかったかのような静かな湖畔が、ただあるだけ。死体も何も残っていなかった。
瘴気も徐々に薄まって行った。紛い物の瘴気だからか、浄化をしなくとも自然と薄れていくようだった。
「やった……」
「勝った……!」
「化け物を、倒したぞ!」
「うおおおお!」
歓声が上がる。辺りは興奮に包まれ、あっという間に街の外までその喝采は広がっていった。
力が抜けてその場に座り込みそうになる。がっと腕を掴まれて、アルロははっと見上げた。
一番の功労者であるエイダンが、一番余裕の顔でアルロを見下ろしていた。
「エイダン様——」
謝らないと。そう思ったアルロの気持ちを察したのだろう。エイダンがぐっとその手に力を込めた。
「水を差すなよ、アルロ。今はただ、喜ぼうよ」
「はい……」
「僕達が力を合わせたら、無敵だね」
そう言ってもらえて、どれほど心が軽くなるか。
「エイダン様……ありがとうございます。本当に、何て言っていいか……」
「頭なんて下げないでよ。皆見てるんだからさ」
エイダンがアルロと腕を組んだまま、集まって来た人々に手を振っている。
こういう華々しい舞台が本当に似合う。エイダンは、やっぱり勇者なんだと思う。
人々の心から安堵した顔を見て、それだけで胸がいっぱいになる。
——何とか、守れた。
これまでも何度も危機はあった。今回も乗り切れた。犠牲も出さずに。
良かった。
その人々の顔を見て、アルロは決意した。
「エイダン様」
正面から向き合って、じっとエイダンを見つめた。エイダンも手を降ろし、アルロに向き直った。
「どうしたの。駄目だよ、陛下らしくしてないと」
「エイダン様にお願いしたいことがあります」
「ん?」
「この先の救護所に、瀕死の者が数名いるのです。厚かましいお願いをいたします。そのお力を、お貸しいただけないでしょうか」
アルロが頭を下げた。
エイダンは少し驚いたような顔をした。傍らのタンも珍しく目を見開いている。
エイダンは今まで、ほとんど治癒の力を使ったことがなかった。あえて使わないようにしているし、そこにエイダンなりに色々と考えがあるのも分かっている。
ブラントネルでわざわざ光の力を使えば、それが公に噂なるのも避けられない。
とにかくペンシルニアらしい地の騎士という立場を大切にして、こだわってきた。そんなエイダンの気持ちを分かっているアルロが、こうして頼みごとをするなんて、今まででは考えられない事だった。
僅かに緊張した空気の中、ふっ、とエイダンが笑ったように息を吐いた。
「アルロの頼みとあっては、断れないなあ」
アルロが見上げると、エイダンはいつもの屈託のない笑みを浮かべていた。
そして、任せとけとでもいうように、トン、とアルロの肩を軽く小突いた。
タンはやっとエイダンの坊ちゃん呼びを卒業しました
お気づきでしょうか…はい
エンディングに向かっております。
もう少しだけおつきあいくださませ。




