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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
外伝 アルロ・ペンシルニア・ブラントネル

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46.

 流れに逆らって泳ぐのは大変かと思ったが、ぺトゥールが用意していた魔道具を持てば、あっという間に水面へと戻ることができた。

 激しい水しぶきと共に帰還したアルロらを、ヒューケとスタンレーが驚いて迎える。

「へ、陛下——!?」

「来るぞ!!」

 ぺトゥールが叫ぶ。

 剣を抜いたままのアルロも、湖畔に立つなり反転し、湖に向かって剣を構えた。

 2人ともぼたぼたと水を落としながら息も切れているが、無傷。それにほっとする暇もなく周囲に緊張が走った。

 水面が渦のように動いた。

「全軍、もう5歩下がれ!守備配置につき、剣を抜け!」

 アルロの指示に、兵士らは足並みをそろえて5歩下がった。そして一斉に剣を抜く金属音がする。

「陛下、一体……」

 アルロの横にスタンレーが立つ。

「——ヒュドラーだ」

「えっと、それは何だっけか」

「頭が——おそらく5つある、巨大な蛇です」

「蛇……それが魔物の正体か」

「起こして連れて来たんだよ。水の中じゃ分が悪いだろ!」

 感謝しろ、というようにペトゥールが叫びながら後方へ下がって行く。なかなかの逃げ足の速さだ。

「あ、作戦だったんですか」

「今そう決めた!」

「なるほど」

 呼吸が整ってきた。アルロは水面に集中する。

「うっ……これは、流石に……」

 ぺトゥールが後ろの方で、苦しそうに呻いている。

 辺りの瘴気が一気に濃くなる。魔力の感受性の高いものは、その重苦しい空気に戦いどころではなかった。顔色の悪い兵士も何名か見受けられる。

「魔物が水面に出てきたら、頸を一気に斬り落とす」

「おう、任せろ」

 スタンレーが大剣を構える。地上であれば、スタンレーの方がアルロより強い。アルロはスタンレーの後方支援に回ろうかと、出方を窺った。

 ゆっくりと水面から何者かの体が持ち上がってくる。

「————え」

「あれは……」

「ひっ、ひいいいい!」

 兵士らが悲鳴をあげる。

 出てきたのはヒュドラーではなかった。

 水死体の方である。

 無数の死体が手足を伸ばし、こちらへ向かってくる。

 その動きは明らかに操られている。()()は人間の形をしていても、動きはまるで違う。水の中と同じように、妙にぶらぶらと揺れながら、何とか歩いているという様子で、重い頭は項垂れている。その不自然な動きで、それでも標的を定めてこっちに向かってくる。

 これは——操作だ。

「どうなってんだ。死体が?動いて」

 スタンレーが歯を食いしばっている。死体が嫌だと言っていたから向かって来るこの状況は耐え難いだろう、見れば腕にものすごい鳥肌が立っていた。

「ヒュドラーは闇魔力を操って……?それにしても、死体まで動かせるだなんて」

「古代の魔物に普通は通じないぞ。闇の魔力を集めていたのだから、奴は闇属性かもな」

 後方からぺトゥールが言う。

「アルロもやってみろ」

「いや、僕は死体の操作までは——」

「あいつの闇魔力を押しのけるだけでいい」

 そういうことなら、とアルロの黒い瞳がきらりと光った。

 操作を押しやる感覚で、闇魔力を入れていく——すると途端に人はぱたぱたと力を失い、死体が積みあがっていった。

「う、うおぉぉ……」

 兵士らから、微妙な歓声が上がる。

 あまりの死体の数に素直には喜べない。

 渦が激しくなった。死体がその流れに吸い込まれるように引き込まれていく。

「——来る」

 アルロが言うのと、ゆっくりと水面から巨大なヒュドラーが頭を出すのが、ほぼ同時だった。

 あれほどの量の死体を、ヒュドラーはあっという間に水と共に呑み込んでいった。ただ口の中に吸い込まれていくかのような飲み込み方に、人など一瞬でああして呑み込めるのだと恐ろしくなる。

 頭は、5つ。それぞれがバラバラに動いているという事は、それらを同時に相手にしなくてはいけないという事だ。

 その姿を見て、ヒューケは城の方へ向かって行った。撤退の準備、ファンドラグへの援軍要請、巨大兵器の準備のためだ。

「将軍」

「おう!」

 まずはアルロとスタンレーで斬りかかり、動きを見て対応できそうなら、全軍で当たるのがいいだろう。

 二人で駆け出した。

「俺は右の奴だ!」

「僕は左を——」

 ヒュドラーに対しては、試しに操作をしようとしても、効かない。ライアスにしたときのように弾かれるというよりは、空を切るような感覚に近い。

 闇魔力の使い手には通じないのだろうか。

 体の半分以上はまだ湖の中、洞窟につながっているようだった。一体どれ程長いのだろうか。太さも、人が3人位は手を伸ばしてやっと一周できるくらいの太さだ。

 ワイバーンの首を斬った時のコツをエイダンが教えてくれたことがあった。

 重心の掛け方、剣の握り方。斬っている間の、対象物の動きに合わせて——同じようには難しくとも、体の使い方をあの時教えられたようにして実践する。

 地面を蹴って、他の首を避けながら大きく剣を振り下ろす。首は鋼鉄のように硬かったが、斬れないことはない。全力を使って一気に切り落とした。

「っし、斬れた——!」

 スタンレーの方も切り落とせたようで、声が聞こえてくる。続いて二本目の首に向かおうとしているその背中に、ぬっと影がさす。

「将軍、後ろ!!」

 アルロの警告に、スタンレーも素早く反応した。すんでの所でかわし、地上に降り立つ。アルロも急いで撤退した。

 一体何が背後をとったのかとみれば、そこにもヒュドラーの首がある。

 なかったはずの場所に首が増えて——7本になっている。

「嘘だろ。増えてやがる……」

「斬らない方が良かったんでしょうか」

 斬った首が増えて行くなんて。しかも、分散して細くなった様子もなく、同じだけの太さと動きの首がどんどん増えていくようだった。

「これは……下手に手が出せねえ」

「一体……」

 どうしたら、という言葉を、アルロは飲み込んだ。不用意に不安を煽るようなことは言えない。

 撤退して、体制を立てなおし、攻城兵器を使う作戦を練り直すか。——撤退できるのか。

 ヒュドラーがすべての金の瞳をアルロに向け、ゆっくりと首をもたげた。大きく口を開け、威嚇している。

 確実に、標的に定めたという様子だ。

「——まずい。アルロ、逃げろっ……」

「え」

 アルロはぺトゥールを振り返った。

「ヒュドラーは闇の魔力を餌にしてる。お前は目の前にぶら下がったごちそうだ」

 ぺトゥールが必死で叫んでいる。

「お前が食われたら、世界が終わる!!」

 そんな……でも。

 何か方法があるはずだ。

 下手に駆け出し、全力で向かってこられるよりは、何か。

 アルロは必死で考えた。

 闇魔力を暴走させた末に魔王が出現し、それを餌とした魔物が溢れかえる。——古文書にはそうあった。魔王と呼ばれながらも、瘴気により魔物が目覚め、暴走させるだけで、魔王がそれを操ることは出来ないだなんて。

 アルロは最も濃く強く魔力を練り上げた。これまで抑えるつもりばかりいた瘴気を、手のひらの上に生じさせる。

 純度の高い闇の魔力。

 これが好きなら——自分が囮になればいい。せめて、ヒュドラーの動きだけでも、ある程度決められたら。

 狙い通り、ヒュドラーの目がぎらりと光った。

「全軍、撤退!町の外へ向かい、体勢を立て直す!」

『はっ!!』

 軍が一斉に撤退を開始する。

 ヒュドラーはそちらにも見向きもしない。ジリジリとアルロの方へ距離を詰め始めた。

「おい、アルロ!お前こそ早く——」

 動かないアルロに、ぺトゥールはその意図を感じ取ったのかもしれない。

「まさか……おい!囮になろうなんて考えるなよ。世界が終わるって言ってんだろ!」

 でも、実際、アルロがここで止めなければ、全軍に甚大な被害が出る。

 ペンシルニアの騎士であれば、体系立てた攻撃もできる。魔力持ちで一人一人の能力も高い。

 しかし、ブラントネルには——騎士すら、いない。

「ペトゥールも言ってたでしょう」

 アルロは練り上げた瘴気を湖面に向かって放出した。ヒュドラーのほとんどの顔がそちらに釘付けになる。

「ブラントネルの国王は、最前線で戦うしかないって!」

 言いながら放った方とは反対側に駆け出した。

 蛇の首が二手に分かれる。

 アルロを追う方は3つ。

 相手にできるか——いや、するしかない。

 湖畔で足場が悪い。転びそうになりながら走って引きつけ、すぐに追いつかれて——アルロは左手に闇魔力を纏った。

 スタンレーが共に来て、3つの首の動きを撹乱してくれている。切れば増えるとわかっているから、おいそれと手が出せない。

 アルロは一番近い1つの頭に右手で剣を振り下ろしながら、剣を突き刺した。突き刺さった頸に、めいいっぱい魔力を注ぐ。

 闇魔力でその存在を消す——人であれば、体が丸ごと消え去るほどの魔力だった。——しかし、ヒュドラーは、無傷。代わりに妙な反応をした。

 ぐるん、と全ての首がこっちを向いてしまった。目が爛々と輝いている。

「これは——まさか」

「陛下、もっとくれ、みたいになってねえか」

「なって……え、いや」

 そんな可愛いものじゃない。

 大口を開けて、襲いかかってくる。口が大きく開き、ものすごい気迫だ。

 攻撃のつもりが、餌になってしまった。

「将軍、にげて!」

「ばかやろ、そっちが——」

 ヒュドラーは目の色を変えて、ものすごい速度で襲いかかってきた。

 まずい、本当に。手も足も出ない速度と量。

 頭が真っ白になりながらも、アルロは剣を握りしめた。最後の瞬間まで目を閉じず、剣を振るえというのはライアスの教えだ。

 その目の前に、銀に鱗が光りながら眼前を覆い尽くす。

 さすがに、覚悟した。

 時間がゆっくり流れているように錯覚した。まるで死を予告しているかのようだ。

 その時。

「アルロ————!!!」

 エイダンの声!?——そう思った瞬間、目の前に鮮やかな、眩しいほどの赤が突然現れた。

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