33.親子喧嘩
城門のすぐ脇の小部屋でそれぞれは顔を合わせた。
小休憩を取るための部屋で、普段は粗末な木の机と椅子しかない。そこに兵士が慌てて丸椅子を人数分運び込んだ。
「——お、お茶でも——」
「不要だ」
慌てふためく兵士に答えたのは、意外にもヒューケだった。
お茶くらい用意させるかと思ったのに、ヒューケはどちらかと言うと冷ややかな態度を崩さなかった。
門をくぐったライアスを待って、4人で部屋に入った。
ライアスの対面にアルロ、その腕にしがみつくマリーヴェルが立つ。その間にヒューケが立った。
「どうぞお掛けください」
「このままでいい」
「………………」
ライアスが腕を組んで立っている。ヒューケは眉間の皺を深くした。
「帰るぞ」
ライアスの有無を言わさぬ口調に、マリーヴェルは更に力を込めてアルロにしがみついた。
「嫌だって言ったわよね」
「いい加減にしなさい。腕を切り落とさなければ分からないか?」
恐ろしく低い声。ライアスは、間違いなく怒っている。本当に剣を抜いて一瞬でアルロの腕を切り落としそうだった。
マリーヴェルはそれを庇うように前に出る。ライアスの威圧感に怯まないのは流石だが、どちらかと言うとマリーヴェルは益々頑なになった。
完全に頭に血がのぼってしまっている。
「何考えてるの、信じられない!」
「お前のその行動で、どれほどの人に心配をかけ、迷惑をかけているのか分からないのか」
「私、後悔してないわ。許せない、こんな無理やり——」
「ファンドラグの貴族法では、当主の許可なく婚姻ができないのは知っているな」
「それが何」
「このままでは、たとえ成人してもペンシルニアの外へ出すわけにはいかない」
「はあ……?」
貴族法では、直系の婚姻には当主の許可が必要だ。成人していようがいまいが、当主が認めない婚姻は成立しない。つまり、ライアスが諾と言わなければ、マリーヴェルはいくつになってもアルロと一緒にはなれないということだ。
「本気なの?お父様、私がどれだけアルロを愛しているか、知ってるのに?」
「そういう問題ではない——アルロ」
「はい」
呼ばれて、アルロは背筋を伸ばした。これまで二人の会話に口を挟む隙もないし見守るしかなかったが。ここで初めて、ライアスとじっと目が合う。
「ここでマリーヴェルを守れるのか」
マリーヴェルに流されるようでは——見透かされたように言われて、アルロは拳を握りしめた。
「……………」
はい、と言えない。
反乱分子もほとんど壊滅させ、刺客が忍び込むことも無くなった。
しかし、ファンドラグに比べれば、まだどこも安全とは言えない。
首都でさえ、危険な地域もある。
マリーヴェルの側を片時も離れなかったのは、勿論そばにいたかったというのもあるが。まだ絶対に安全とは言えなかったからだ。
そばにいれば絶対に守れると言い切れる。けれど、目を離れていたら安心はできない。
マリーヴェルが輿入れするまでには、整えてみせる。4年でここまでできたんだ、あと1、2年あればやれるはずだ。
そう思っての求婚のタイミングだったが、ライアスはそれも見越しているのだろうか。
「アルロと話さないで」
ずい、とマリーヴェルが進む。アルロとライアスの間に無理やり入った。
「お父さまの事許してないの。アルロにそんな話をする前に、言う事があるでしょう」
「何のことかわからないな。私は娘を取り戻しに来ただけだ。このままでは、国を巻き込むことになるぞ」
「なっ……」
それは困る、とヒューケが反応する。
マリーヴェルはさらに低い声で返した。
「お母様は知っているの?」
ぴく、とライアスの指が動く。
初めて見えた動揺だった。それをマリーヴェルは見逃さない。
「やだ、黙って来たの?そうよね、いくら何でも、武装した騎士団を動かすことまでお母様が許すとは思えなかったもの。そうなんだ」
ふうん、と目を細めた。
「お母様が知ったら、激怒しそう」
「……………」
ライアスが顔を険しくしたまま黙り込んだ。
この親子は、本当にどちらも譲ることはないのだろう。このままでは埒があかない。
ヒューケがため息をついた。
「あの。現実的に考えて、ブラントネルには公女様をお迎えする準備が整っておりません。ですから、お帰りいただくのがよろしいかと思います」
「いや——」
マリーヴェルの腰を、アルロがそっと引き寄せた。
「姫様。僕も一緒に帰ります」
マリーヴェルは即座に頷いた。
「わかったわ。帰るわ」
あまりの変化にこれまでの事は何だったのかと天を仰ぎたくなる。
当のマリーヴェルは今までの剣幕が嘘のようにすっかり少女の顔になって顔を赤らめているのだから。
しかし、もうこんな事で驚いてはいられない。
ヒューケは続けた。
「——一つ、公爵閣下にお聞きしたいことがございます」
「……………」
「先日、陛下が傷を負って帰ってこられました。相当な傷で、食事もままならぬほどに」
「……………」
「お心当たりは——とは、お聞きしません。ただ、二度とそのようなことはないと、お約束していただきたいのです」
ヒューケとライアスが、しばし睨み合った。ヒューケも譲るつもりはないようだ。
「あの、僕は大丈夫です。僕の実力不足で——」
「「そうじゃないでしょう!?」」
マリーヴェルとヒューケの声が重なった。
「どうしてアルロはそうなの」
「え……」
「殴られて、傷つけられたことがどうして何でもないことになるの?これは、やりすぎだって、怒る所よ!」
マリーヴェルはもどかしかった。
アルロのライアスに対する態度が、あまりにも普通で。
ライアスから何をされても許してしまう。アルロは、何でも許しすぎる。
アルロはきっと、右の頬を殴られたら左の頬を差し出すんだ。
「やりすぎだなんて事は」
一方的だったわけではない。アルロも剣を持ち、魔力を使った。
「陛下。陛下の体が傷つけられたと知れば、国民の心は穏やかではいられません」
「そうよ。アルロはもうお父様に雇われている使用人じゃないのよ?殴られたら、保証金を分捕るくらい、せめてしないと!」
「保証金……」
その妙案は考えていなかった、というヒューケの言い方だ。
ファンドラグのペンシルニア公爵に謝罪をと言うのは何かと難しいのかもしれないが、そういう形で落としどころを掴むのも……。
怒りの原点はそれぞれ違うのに、妙に着地点が同じになる。
その時だった。ノックの音が響いた。
このタイミングで来るということは火急の知らせだ。
これ以上何があるんだろう——マリーヴェルとヒューケが白熱していたので、アルロがそっとドアを開けた。
書簡というよりは、ただのメモのようなものだった。中身が見える。
「——あの、公爵様」
アルロは遠慮がちにライアスの前まで進み出た。
「その……ファンドラグ王国からの書簡です」
ぺらりとした紙を差し出す。
「奥様からです」
ぴたり、とライアスは固まった。
ほら見なさいよ、とマリーヴェルが呟く。
「お母様はものすごく、戦争が嫌いなのよ」
アルロの耳元でそう囁いた。しかし、手紙を読んだライアスの表情を見て、ただ事でないのを察したようだった。
「何て書いてあったの」
ライアスは答えなかった。正確には、答えられなかった。
固まって動けなくなったライアスの代わりに、アルロがそっとマリーヴェルに聞こえるように小声で囁く。
「——貴方には失望した。実家に帰ります」
「えぇ?」
マリーヴェルもそこまでは予想していなかったらしい。
優しいの代名詞のような人——それがシンシアだ。
特に、ライアスに対しては気を遣っているように思った。過去に色々あったせいもあって、シンシアに服従しすぎるから、シンシアが無茶を言わないことでバランスを取っているような。
気遣うシンシア、それに仕えることに喜びを覚える夫——それがペンシルニアの夫婦だった。
それが。
「それ本当にお母様なの?」
字は確かにシンシアだ。紋章も間違いなくペンシルニアのもの。
「お父様……?」
ライアスは顔を青ざめさせて、ぶるぶると手を震わせていた。先ほどまでの威厳が嘘のように、木偶の棒のように立ち尽くしている。
マリーヴェルはやれやれといったようにため息をついてみせる。
「仕方ないわね。さっさと帰りましょう」
原因であることを忘れているような言い方である。
「すぐに用意します」
そう言って、アルロが出て行った。
とは言えアルロの旅行は軽装なので、用意らしい用意も必要ない。今急ぎの仕事もないはずだからすぐやってくるはずだ。
ヒューケは馬の用意に向かうことにした。
「では、私も。公女様……次にお会いする時は公式行事である事を願います」
暗に、家出は二度とするなと言っている。
もちろん伝わっているが、マリーヴェルはきっぱりと言った。
「それはわからないわね」
腰に手を当てて、もっともらしく頭を振った。
「何度でも来るわ。アルロが傷つけられたと思ったら、何をおいても、絶対に来るし、絶対に許さない」
絶対に、とマリーヴェルは念を押した。




