25.
「歩きますが、大丈夫ですか」
そう言って心配されたからどれほど歩くのかと思ったが、10分か15分程度だったように思う。
ルーバンが先頭を歩き、その背後に続く。私の後ろを騎士が2名護って歩く。きっとその背後から影とやらもついてきているんだろう。
「ライアスに何があったのか、ちゃんと説明してちょうだい」
ルーバンが言えないならそこの騎士に聞こう。そう思って全員に問いかけると、ルーバンが多少落ち着きを取り戻したのか、答えてくれた。
「貴族派の中でも過激派といわれる、集会に参加していた者たちは数日でほとんど捕まえました」
罪状は様々に出てきたらしい。若いから老獪さもなく、単純に血気に逸った者達で、たいして脅威にもならなかったという。
「閣下は、一欠片の懸念も残したくない、と仰せで。私は、後は自然消滅するからと申し上げたのですが、1日も早く決着をつけたいと。——そこで、私が囮になることになったのです」
残党がいたらいつまでも私とエイダンは屋敷に帰れない。ライアスは早く終わらせたかったのだろうか。
「王家からシンシア様ご帰還、との噂を流し、私がかつらをかぶって・・・」
なるほど、それで化粧か。騎士はみんながガタイが良すぎる。華奢だもんね、ルーバン。
「敵はまんまと策に嵌り、釣られました。しかし最後に爆破魔法で屋敷と閣下を・・・」
それで煙が。
ぐっと胸が締め付けられるようだった。
「土魔法で被害は最小限に抑えられました。しかし、最前で閣下は盾となり・・・」
目の前が真っ暗になったような気がする。足を動かすだけで必死だった。
隠し通路を出ると、そこはなんの変哲もないただの家のようだった。
王都にある空家の地下室と繋がっているらしい。
そこを出て、目立たない馬車に乗り込む。ここまで来ればペンシルニア邸まであと少しだ。
「奥様、あまりご心配をなさらないでください。閣下は戦場ではもっと酷い怪我も負われています。今日程度の物は、怪我のうちにも入りません」
顔色が悪かったのだろう、騎士が気を遣って言ってくれる。
「あんなに血が流れていたのに、そんな・・・!」
ルーバンが更に言い募ろうとしたのを、もう一人の騎士が手で抑え込んだ。
「黙れ、馬鹿。——奥様、ルーバンは戦場へはお供したことがないので、驚いただけです」
「貴方は、戦争でライアスと一緒に戦っていたのね」
「はい。閣下ほどにお強い方を、私は知りません」
「私も共に戦いました。——私から話すと怒られるかもしれませんが。いつかお話ししたいと思っていたことを、申し上げてもよろしいでしょうか」
向かいの騎士に続いて、私の隣に座っていた騎士が遠慮がちに言う。
あ、この人はペンシルニアの騎士団長だ。
今更気付くなんて。私も動揺していたらしい。
ペンシルニアの騎士は、若い。この団長も、ライアスと年はさほど変わらないように思う。
「——先の戦争で、前王太子殿下が亡くなった時の事です」
「お兄様の」
約4年前。隣国シャーン国が突然宣戦布告し、侵攻を開始してきた。
元々軍事国で他国への侵略をしている国だ。いつかはこちらにも、という話もあり、備えはしていた。
いち早く情報を入手し、直ちにペンシルニアが軍を率いて出陣した。そして、万全の体制で王太子を筆頭とする主軍を国境に派遣した。
負ける戦争ではないはずだった。
戦争に絶対はないとはいえ、なんと言っても戦争は数だ。圧倒的に武器も兵の数もこちらが上だった。
「王太子殿下は、到着早々、独断で先制攻撃を行われたのです。——結果はひどいものでした。気付くのが遅れ、我々が駆けつけた時には、もう王国軍のほとんどが壊滅状態でした」
「なぜ、お兄様は」
「当時、前王太子殿下の側近であった者はマルセル侯爵家でした。その者が功を急いだのかと」
マルセルは貴族派のはず。兄とは仲が良かったのだろうか。
記憶にはなかった。
「お優しい方だったのです。戦争にも政治にも興味は持てず」
団長は痛ましげに顔を歪める。
「公爵閣下は王太子殿下を救おうとされましたが、既に深手を負い動ける状態ではなかった」
争い事が嫌いな幼馴染の最期。ライアスはそれに立ち会ったという。
そんなライアスに、シンシアはなんと言っただろうか。
兄を守るべきお前が、兄を殺してのうのうと帰ってきた——そんなようなことを言っていた。
「シャーン国の侵攻を国境で食い止めることができたのは、ペンシルニアの軍団が、壊滅的な被害を負いながらも敵の猛攻を防いだからです。主力の王国兵はほとんど残っておらず、残ったのはペンシルニアも一握りの兵のみ。そして閣下が、敵陣に踏み込み敵大将の首をとりました」
どれほど惨烈な戦闘だったのだろうか。私には想像もつかない。
「ペンシルニアの騎士がみな若いのはそのせいです」
騎士団長の静かな声が馬車に響く。車輪の音よりも小さいような声だった。
「・・・・・・・」
戦争における独断行動は重罪だ。それは王太子であろうと、いや、王太子だからこそ許されることではない。しかも、結果多くの兵の命が失われたとあっては。
王家は王国兵の戦死者たちに莫大な補償を行う必要があった。
それに加えてペンシルニアにも。
しかもペンシルニアは重臣の筆頭たる公爵家である。ただの補償で一族が納得するわけがない。
——それで、シンシア第一王女の婚姻。
光の魔力を持つ王女をペンシルニアに渡すこと・・・。
「閣下は憎まれ役を買って出るおつもりで、口止めをなさいました。前王太子殿下を慕っていたままに、シンシア様のお心を曇らせることのないように、と」
ルーバンが以前言っていたのはこのことだったんだ。いったい誰のせいで——前王太子のせいで、ペンシルニアの多くの命が失われた。
「私は言わば賠償金と言うわけね」
王太子の独断専行は、秘匿されている。戦争に行ったものと国王周辺のものしか知らない。
私はどんな顔をしていいのかわからなかった。
目の前がチカチカする。足元から崩れ落ちるようだった。
どこからが。どこまでが、私の真実で、みんなの真実なのか。
「立場もわきまえず我儘を言って、と言いたかったのね、貴方は」
ルーバンを見ると、かつての勢いはなかった。
思うところはあるのだろう、否定はしない。
「奥様、閣下も我々も、奥様に補償としてペンシルニアでお過ごしいただきたいと思ったことなど、一度もありません」
「そうです、奥様。奥様をペンシルニアのご夫人としてお迎えできたこと、我らがお護りできる栄誉、その僥倖に感謝こそすれ、奥様に何かを望むなどということはありません」
騎士2人が一片の迷いもない強い口調で言う。
そうだ、少なくとも騎士や屋敷の使用人たちから、そんな雰囲気を感じたことはなかった。いつも温かく、気遣ってもらっていた。
けれど多くの犠牲が出た以上、ルーバンのように思っている者もいるのは事実。
馬車は減速を始めた。
見慣れた屋敷の門をくぐる。
「このような非常時にする話ではないというのは、わかっています。しかし・・・今も閣下は何かに取り憑かれているようです。奥様と無理やり婚姻を結び、その上死の淵に立たせた。閣下は奥様に償いをしたいとお考えなのです。——あの重い荷物を、奥様に下ろしていただきたいのです。許してくださいとは申しません。ただ、閣下に、もうご自分を責めなくとも良いと、一言、言っていただきたいのです」
馬車は屋敷の門の前で止まった。




