30.デート
デート——その言葉にアルロは心拍数が上がった気がした。
実はこれまでの4年間、アルロとマリーヴェルはデートらしいことをほとんどしていない。
まだ正式に求婚すらしていないアルロは、節度ある距離感を守らないといけないと思っていたし、実際にライアスとエイダンの監視の目は相当厳しかった。ペンシルニアでは常に見られているようで、品行方正を示さなければいけないとも思った。
「デート……」
何て魅力的な単語なのだろうか。
「手を繋いで街を歩くの。素敵じゃない?」
「は——」
「正気ですか?」
ヒューケが戻って来た。
「城どころかこの部屋からも出ないでいただきたいところです」
マリーヴェルはあからさまに嫌な顔をした。
「貴方を誘ってないわ」
「公女様。貴方様は、ご自分のお立場を分かってますか」
「お説教なら生まれてから今まで聞き飽きてるの。家出先でまで聞く気はないわ」
「そういう話では——」
「あなた宰相でしょう?こんなところで油を売ってていいの?」
「あっ……」
ひどい言われようだ。
いったい誰のせいでこんなところにいる羽目になったと思っているのだろうか。しかも本来ならば、今日は休日である。
久しぶりに自宅に戻り、東方の国から取り寄せた珍しい多肉植物を愛でながら、ゆっくりとお茶でも飲んで、何もしない時間を満喫するつもりだった。
「姫様、ヒューケ宰相は今日、休日なんです」
「あら。休日出勤だなんて、良くないわ。上の者がちゃんと休まないから、下の者も気を遣って休めなくなるのよ」
マリーヴェルが手を振った。
「私達の事は気にしないで、ほら、早く帰って?」
ヒューケの額には青筋が浮いた。——いや、気にしてはいけない。
貴族というのは本来、こういうものだ。
傲岸不遜で自分が中心に世界が回っている。自分のために人が動くのが当然すぎて、そもそもの考え方がずれているのだ。
ヒューケは平民出身だ。それによって、多くの貴族たちから馬鹿にされてきた。人として扱われず、話にもならないことがあったし、そういう世界だと思っている。
そのことを思えばマリーヴェルにはまだ好感が持てた。
確かに傍若無人ではあるが、人を下に見たり、馬鹿にしたりという事が一切ない。
「——姫様、宰相は僕達のために来てくれたので。事後処理もしてくださいますし」
「そうね。悪かったわ。ご苦労様、帰って休んで頂戴」
ねぎらいと言うよりは、邪魔者をさっさと退けようとしているようにも思える。
ただ、笑顔だけは完璧だ。
マリーヴェルが微笑むとふわりと場が和み、思わず見とれそうになる。暴言を吐かれても許してしまいそうになる。
——これは少々、厄介な……。
ヒューケはこれ以上この場にいるのは良くないと思った。
アルロが側で守ると言うのだから、きっと大丈夫だろう。
疲労が蓄積していたのもある。
もうアルロに任せることとして、休日のヒューケは退室した。
ブラントネルの首都はこの4年で目覚ましい復興を遂げ、急速に整えられている。
壊れた建物が次々に新しくなって、国に活気が戻る分、人の往来も年々増えている。
そんな街でマリーヴェルの銀髪金眼は、あまりにも目立ちすぎる。アルロの黒髪黒眼も、ブラントネルにおいては少し珍しい。
そこで、変装だ。
髪に関しては鬘を用意した。
アルロもマリーヴェルもよくある茶色の髪に整えた。
旅装のように薄手の外套を羽織ればどこにでもいる旅人に見えるだろう。
「目はどうする?」
目こそ魔力の写し鏡と言われているから、金の目を持つものは、そうはいない。しかもマリーヴェルの目は、かなり色素の薄い金だからとてもよく目立つのだ。
「髪色を変えても睫毛は銀ですから、基本的にはフードを被っておいてください。目は、これがあります」
そう言って差し出したのはブローチになっている魔道具だった。
「目の色が変わって見えます」
「え!?」
マリーヴェルの知る魔道具と言えば、戦闘用に開発されたものか、水や火を出す基本的なものしか知らない。
元々魔法陣の勉強は苦手だったが、色を変えるだとかいう魔法自体が未知のものだった。
「ブラントネルの西に、ゲノムという魔術王国があるんです」
「知ってるわ。とても小さな、一つの街規模の国でしょう?」
小さすぎてほとんど他国との交流もない。シャーン国の属国のような扱いだった国だ。
「ブラントネルが安定してきたおかげで、ゲノムも豊かになり研究が進んでいるらしく。交流があるので試作品がいくつかもらえるんです。これもまだ試作段階なのですが」
そう言ってアルロが装着しボタンを押すと、アルロの目がゆらりと揺らめいて色が変わっていく。
「まあ……本当に色が!茶色になった」
「ただ、まだ試作段階なので。魔力のある人には、すぐ見抜かれるそうです」
「へえ……」
そう言われると複雑だ。マリーヴェルは魔力がほとんどないから、分からないのか。
マリーヴェルの胸元にアルロがブローチをつけた。そしてボタンを押す。
金の目が次第に茶色に変化していった。
ただ、注意して見るとアルロにはやはり金に見える。
「不思議……」
髪と眼の色だけでここまで印象が変わるのかと、マリーヴェルはまじまじと鏡を見つめた。
「いっそ、顔の形まで変えられたらいいのにね」
そうなれば変装は完璧だ。
「顔の形……」
マリーヴェルの発想はいつも突飛だ。しかし、鋭いところを突く。
もしそんな魔道具があれば、隠密の仕事は随分変わって来るだろう。もしかしたらゲノムは既に作っているのかもしれない。
「今度聞いてみますね」
アルロがそう言った時にはマリーヴェルはもう関心が他へ移っているようだった。
二人は身軽な格好で歩いて城門をくぐった。
王城から街までは、一本の長い石の橋でつながっている。そこには多くの人が行き来していた。
「この橋が落ちたら、お城まで行けなくなるわね」
改めて、山と一体化するようにそびえる古城を見上げる。湖と山に囲まれた城は天然の要塞だ。
「湖から船で入る方法もあります。あそこに」
橋の真ん中あたりから、アルロが指さす方を見る。
橋の遠く下の方に、確かに、小舟が止まっていた。城から忘れ去られたような小さなドアがあって、そこから船着き場のような足場がある。
「あそこは城の地下の厨房に近いので。食料はあそこから搬入します。使用人も、下働きはあそこから入るものも多いですね」
「地下と言えば、地下牢しか行ってないような」
「あそことはまた離れています。そうですね……高さで言うと、厨房の方が少し高いです。地下牢の方は、ほとんど湖と同じ高さなので」
城の中は山の斜面に合わせて作られているから、階が複雑になっている。地下1階、地下2階と単純には言えなくて、その間にまた階があったりなかったり。口で説明するのは難しかった。
「へえ……あ、調査団が湖に潜っているわ」
湖畔の向こうにファンドラグの学者たちの集団が見えた。
「姫様が抜けて騒ぎになってませんか?」
「大丈夫よ。言っておいたから」
何をどう言ったのかわからないが、マリーヴェルが大丈夫と言うのだから、いいのだろう。
そんな話をしていたら橋を渡り終えて街に入った。
橋の終わりから街の入り口までの大通りは特に活気がある場所だ。ブラントネルで一番人の集まる通りだから、人も多いし店も出ている。
マリーヴェルは目を輝かせた。
手はずっと繋いでいる事、と約束したから、マリーヴェルはアルロの手を引いた。
「アルロ、あそこ!見てもいい?」
「はい」
アルロは周囲に気を配りながらマリーヴェルの買い物に付き合う。
「すごい……花屋がある」
マリーヴェルは感動しているようだった。
日用品や食糧といった、生活必需品ばかりではない。娯楽や見て楽しむだけのものが売られていることに。
花は贅沢品だ。商売として成り立っているというだけで、それだけでブラントネルが復興を進めたのが分かる。
「アルロ……ほら見て、花を買っている人がいるわ」
「はい」
この喜びを共有することができるだけで、アルロも嬉しくてたまらなかった。
そう、花屋ができたのは去年の事だ。そのころから、ちらほらと娯楽施設も増えた。酒場だけではない、単純な遊びの店が。
国民が余暇を楽しみ、花を愛でる余裕ができた。まだ地方へ行けば厳しい状況も多いが、それでもこの首都は少なくとも活気を取り戻していた。
「——アルロ、あれは刺繍ね?ジリアナが言っていたわ。刺繍が売られているって」
露店の側まで言って、手に取ってみる。
貴族向けの縫製よりはやや簡素化されているが、それでもブラントネル独特の、色を沢山使った色んな自然物の刺繍はパッと目を引く。
「素敵……」
人気のようで、旅行客が手にとっては買っていく。ブラントネルの有名な土産物になっていた。
「お嬢さん、ブラントネルははじめてかい?」
「2回目よ。でも、前はこんなのなかったから」
「そうかい、そうかい。——こんなのはどうだい」
店主が出してきたのは赤い布に刺繍で埋め尽くされた靴だった。
「まあ、靴……布で靴を作るの?」
「ブラントネルでは、靴は革よりも布で作ることが多いです」
「まあ、靴が?室内履きではなくて?」
布とはいっても、しっかりと芯を入れているので室内履きよりも頑丈な造りになっている。
「可愛い…」
刺繍の一つ一つもまじまじと見つめている。
マリーヴェルは刺繍はするのは苦手だが、出来上がったものを見るのは好きなようだ。特にファンドラグのような花を優雅に刺す刺繍より、ブラントネルの派手に埋め尽くすように刺す刺繍が好きだ。
あれもこれもと眺めていると、アルロが一番目に留まった靴を買ってくれた。
「履きますか?」
「ううん。大切にしたいから、持って帰る」
マリーヴェルは本当に大切そうに抱えた。
突然の無茶ぶりに完璧なデートプラン
できる青年アルロでした




