23.アルロ・ペンシルニア・ブラントネル
コミック・アース・スター様より
コミカライズ第2話更新されております。
騎士達が活躍します。
よろしくお願い申し上げます^_^
https://comic-earthstar.com/episode/2551460909967647125
人は、心底怒りを感じると逆に冷静になるのだろうか。
影の案内に従って山を駆け上がり、今にも移動しようとしている集団を見つける。
初めに見えたのはエイダンだった。
背中が赤く血に染まっている。
あのエイダンが、そこまでの深手を負っているだなんて。思っていたよりも事態は深刻なようで、緊張が走った。
主人の窮地を知って、我を忘れたのはアルロだけではなかった。
隣のベンが魔力を練っているのが分かる。身体強化を使って馬から飛び降りた。
いつもならアルロに都度指示を確認するのに、それもなく、遠くに降り立って駆け出している。アルロも馬の腹を蹴り速度を上げた。
見えてきたのは、数人に取り押さえられているエイダン。その体にしがみついているのは、マリーヴェルだった。その腕を、モイセスが無理やりに引っ張っている。
一気に血の気が引いた。
マリーヴェルのあの細い腕には、アルロですらおいそれとは触れられない。よりによって、モイセスなどのように、人の尊厳も守れない、ゴミのような人間が、触れてよい存在ではない。
「助けて……アルロ」
マリーヴェルのこの言葉が、全身を爆発させたようだった。
音が途絶えた。
頭が真っ白になった。
アルロは気が付いたらモイセスの腕を切り落としていた。
——いけない、マリーヴェルが倒れる。
バランスを崩して傾く体を、慌てて抱き留めた。
羽のように軽くて、華奢で頼りない。柔らかくて温かな感触。
真っ白になっていた頭が、冷静さを取り戻した。
「姫様」
大丈夫だろうか。腕の中のマリーヴェルは以前よりも小さくなったように感じた。
たった一人の大切な人。
この世界の中心にいる人。
「——姫様、遅くなってすみません」
「あ、アルロ……?本当に?」
驚きに見開かれた目が、澄んだ美しい光のようで。アルロは眩しく感じて目を細めた。
「はい」
無事を確かめたいのに、腕の中に抱き留めた瞬間から、強く抱き締めてしまいたくなった。
その欲望を全力で抑え込み、できるだけそっと、マリーヴェルの腕を取った。そこには汚らわしいモイセスの腕がまだくっついている。この忌まわしいものを、一刻も早く取り払ってしまいたい。
「あ、見ない方がいいですよ」
こんな汚いもの。
「っひ、ひゃああああ————!」
マリーヴェルの悲鳴が響く。
しまった。見せたくなかったのに。うまく処理できなかった。
「すみません」
マリーヴェルに声を掛けつつも、周囲を確認する。
少数しか連れてこなかったが、手勢は全て敵を拘束していた。ほとんど無意識に近かったが、モイセスへ斬りかかる瞬間、この場のすべての敵兵の動きを闇魔力で止めた。味方は無傷だ。この能力があればこそ、ライアスも任せてくれたのだろう。
エイダンも無事ベンによって助け出されている。魔力さえ使うことができれば、もう心配はない。
「ううぅ……」
マリーヴェルがうめき声を上げる。
気持ち悪かったのか口元を押さえ青い顔をして震えるのを見たら——衝動的に、アルロはマリーヴェルをぎゅっと抱きしめた。これまでにないくらい、力強く。
マリーヴェルから全ての苦痛を取り払いたかった。
ずっと会いたくて、会いたくてたまらなかった。
腕の中にいると思うと、泣きそうなくらい愛おしくてたまらない。
ガチャ、と音がして、マリーヴェルの白く細い腕に、重厚な金属がついているのに気付く。その不釣り合いな手錠を力を込めて壊した。その場に膝をついて、足枷も破壊する。少し赤くなっているのを見ると、胸が締め付けられるようだった。
「アルロ。帰って来てくれたの?」
マリーヴェルの質問に、瞬時にはいと答えられない。今までなら、すぐにはいと答えただろうけれど……。
これは——この、考えていることは、マリーヴェルへの裏切りなのだろうか。
そう思ったものの、見上げたマリーヴェルの目が、嬉しさに潤んでいるのを見ると。
——そうだ。何も変わらない。
そう思えた。
たとえ国王になっても、会いたくなったら会いに来る。マリーヴェルが呼べば、どこにいようと来ればいい。
できるはずだ。
アルロは自然と笑みを浮かべていた。
それからマリーヴェルの両手を取って、祈るように額に寄せた。
「遅くなって申し訳ありません。ただいま、戻りました」
自分の戻る場所はここだ。
そう確信した。
そうして、アルロはブラントネルの国王として立つことを宣言した。
王城の謁見の間で、モイセスが引き立てられて行ってから、ようやくすべてが終わったのだと、肩の荷が下りた気がする。
エイダンとマリーヴェルと目が合った。シンシアもこちらを見ている。
「あ——」
勝手に決めてしまった事を、何と言ったらいいか。そう思って駆け寄ろうと思ったら、背後から呼び止められた。
「ありがとうな、アルロ——いや、陛下」
スタンレーだ。ファンドラグの王国騎士団と協力し、ブラントネル軍を率いて王都の制圧をほとんど終えたようだった。
「陛下というのは、まだ——勝手にここで言っただけなので。今まで通りにしてください」
「いや。そうはいかねえ」
スタンレーがその場に膝を折り、両手をついた。
続々と兵士らがそれに続いた。ガチャガチャ音が鳴り、黒い鎧の集団が、注目を集める。
「国王陛下」
アルロは思わずオルティメティを見た。
国王という呼称は、ああいういかにも王といった風格の者にこそふさわしいように思う。特にこの煌びやかな王城で、国王と呼ばれることに気後れして。
しかし、オルティメティは軽く首を振って、お前の事だろう、と言うように笑った。
スタンレーは巨体を揺らして、剣を捧げるように持った。
「共にブラントネルの未来を創れること。これ以上の喜びはない。影となり盾となり、生涯お仕えいたします」
「国王陛下。忠誠を誓います」
「国王陛下、万歳」
「万歳——!!」
集まった味方らに、涙をこらえるように言われて。長い間、待たせてしまったのだと思った。
一つ戦場を共にするたびに、結束を強めていった。もう、身内に近い人々。
アルロがペンシルニアに進軍すると聞いて。もうこれで終わりかもしれないと思わせたのだろうか。
スタンレーが顔を上げた。
「あいつらの喜ぶ顔が、目に浮かぶぜ」
「はは……」
あいつら——間違いなく、ヘルムトの顔が浮かんでいるのだろう。
——これにて、終結だ。満足だろう、ヘルムト。
スタンレーは、墓前に行ってそう叫んでやりたい気分だった。
アルロはいつもの静かな表情で、人々の思いを受け止めていた。
帰りの馬車まで歩きながら、アルロはエイダンと並んだ。マリーヴェルとシンシアは格好を整えると言って、後で合流予定である。
「ペンシルニアに、帰るよね」
有無を言わせぬように言われたが、元々アルロも、とりあえずはペンシルニアの屋敷にに帰りたいと思っていた。
「エイダン様」
「ん?」
アルロは立ち止まって、エイダンもそれにつられて止まった。
「ありがとうございました」
エイダンから預かった剣をベルトから外し、両手で差し出す。
「この剣があったから、僕はブラントネルでも、迷わず……ここまでこれました」
「うん。それは僕だからね」
エイダンが少し照れたように笑う。
「僕と思って連れて行ってって言いたかったんだ。ちょっと重いかなと思って言えなかったけど」
「そう思って、肌身離さずにいました」
「それさ、持っててよ、そのまま。アルロはペンシルニアの名を継いだんだから。名実ともに——持っていられるでしょう?」
「はい……ありがとうございます」
馬車までの道は、懐かしい道だった。マリーヴェルに付き添って、何度となく通った道だ。
もしかしたら、こうして気軽に歩くのも最後かもしれない。
日が傾きそうだった。
ざ、ざ、と二人の足音だけが響く。
「——あのさ……応援するよ。アルロが、どんな道を選んでも」
ポツリとエイダンが言った。
「エイダン様……」
何よりも嬉しい、エイダンからの餞の言葉だった。
そして、もう一人。
アルロがどうしても話しておかなくてはいけない人がいる。
「姫様……」
屋敷について、夕食後、やっと落ち着いて。
テラスに出ているマリーヴェルを見つけて、アルロは導かれるようにテラスに出た。
月明かりに照らされたマリーヴェルは、女神のように神々しく見えた。
「アルロ」
ドアの開く音に気付いて、マリーヴェルが顔を向けた。
「アルロ、ペンシルニア・ブラントネルだって……」
「はい」
アルロは数歩前で、向かい合って立ち止まった。
「私、アルロをお婿さんにもらうって決めてたから。アルロは、アルロ・ペンシルニアになるって思ってはいたんだけど」
こんな形になるとは、思わなかった……。
「姫様——」
そのまま跪こうと思ったら、マリーヴェルはベンチの隣を叩いた。アルロは促されるまま隣に腰掛ける。
小さなベンチで、二人並ぶと服が触れ合う程に、近い。
少し緊張してアルロはマリーヴェルの言葉を待った。
やがて、本当にしばらく経ってからマリーヴェルはようやく口を開いた。
「——私がやめてって言ったら、やめるの?」
アルロは、答えられなかった。
それから真剣な表情をしてマリーヴェルに向き直る。
「あの——お話しても、いいですか。僕が……ブラントネルで、何をしていたか」
アルロのこういう顔は、初めて見るかもしれない、とマリーヴェルは思った。
アルロは変わったんだ。
体つきが逞しくなって、顔つきが精悍になって。中身も、優しくて温かいだけじゃなくて。うまく言葉にはできないけど……どこか、ライアスに少し似ているような。
嫌だと言えば、アルロはきっとやめる。でも、そうはならないと分かってこう尋ねているんだ。
マリーヴェルへの信頼か、アルロ自身への信頼か。どちらかは分からないけれど、アルロはもう、かつての、自分の侍従だったアルロではない。
だったら、マリーヴェルももっと大人にならないと。このままじゃ——アルロに見合わない。
マリーヴェルはそう思った。
アルロは急かすでもなく、ただマリーヴェルの返事を待っていた。
アルロだって、本当なら、一緒にいたい。二人で同じ時間を、ずっと側で。
けれど、アルロは決断した。
そのアルロにとって本当に重大な選択を、マリーヴェルはきっと支えてくれるだろう。ブラントネルでアルロが何を見聞きし、何を選んで、守って、何を思ったかを知れば。
マリーヴェルは実は人一倍、ペンシルニアの公女たる矜持が高い事を知っている。
心の強くて美しい人だから。アルロと同じく、ブラントネルを見捨てることなどできないだろう。
そしてその予想通り、ゆっくりと頷いた。
「うん、聞きたい」
マリーヴェルは静かにそう言って、笑った。
「つらかったことも、楽しかったことも。全部教えてほしい。アルロの事は、全部」
手紙では伝えられなかったことも。
「はい」
この日、アルロとマリーヴェルはたくさんの話をした。
気が付けば夜が明けるほどの長い時間、身を寄せ合って話し続けていた。
やっと……決着しましたー。
さて、次回からはようやく現在?に話が戻ります。
お待たせしました^^




