22.決意
ブラントネル軍は国境を超え走り続け、更にはファンドラグの王都へ向かった。
いきなり軍隊を王都に近づけるわけにはいかないから、国境過ぎてから本隊には速度を落とさせ、先にアルロとベンで王城へ向かった。城門の兵士はアルロが来るのが分かっていたように、すぐに開門しライアスの元へ通してくれた。
アルロも何度か来たことのある、王城の騎士執務室である。
そこでは既に、ライアスは鎧を着て待ち構えていた。忙しくあちこちに指示を出しながら出陣の準備をしている。
「——公爵様」
「アルロ」
久しぶりに会ったライアスは、別れた時と変わらない様子でアルロを出迎えた。馬で走りながら見た王都は所どころ被害があったようだし、ヴェリントも怪しげな動きをしているというのに、ライアスは落ち着いていた。
「怪我はなさそうだな」
アルロの上から下までざっと見て、安堵したように言われる。この非常時であっても、まずはアルロの事を心配してくれていると分かり胸が熱くなった。
「こんなことになって……申し訳ありません」
頭を下げようとするアルロをライアスは遮った。
「謝るな」
ライアスはそう言ってじっとアルロの顔を見つめた。それから、少し目を見開く。
「——少し……顔つきが変わったな」
「え」
ライアスはふっと笑った。
何の笑みなのか分からないままに、アルロは恐る恐る尋ねた。
「シャーン国の……元第二王子の始末の為に、ブラントネル軍を入れてもよろしいでしょうか」
「それなら、シャーン国残党の制圧は任せていいか?ヴェリントへ戦力を増やしたい」
ざっとブラントネルの戦力を聞いたライアスはあっさりとそう言った。
それはつまり、ファンドラグの王都を他国の軍に任せるという事だ。いくらアルロの手勢とはいえ、ほとんど丸ごと任される形になって、アルロは戸惑った。しかしライアスは特に気にする様子もなく、さらに驚く事を言った。
「ブラントネル国王として来るかと思っていた。まだ決心はつかないか」
「え、は……はい」
ライアスまでそんな風に言うとは思っていなくて、アルロはただただ戸惑った。
「どうして……」
「思いもよらなかったという顔だな」
ライアスがじっとアルロを見つめた。
いつも大きくて、少し近寄り難い雰囲気のライアスだ。視線の高さは随分と近づいた。それでもまだアルロの方が小さくて見上げる形になる。
何を考えているのか分からない表情だった。上に立つ人間と言うのは感情を悟られてはいけないというが、ライアスは特に徹底していると思う。
「——向いていると思っていた」
向いている。国王に、だろうか。そう思われる理由が全く分からなかった。
「だから帝王学を授業に入れたし、養子にも入れなかった」
授業科目になぜか帝王学が入って来たのは、アルロが会計報告書を調べ始めたころだ。エイダンの補佐をするからだと思っていた。
そんなに前から、見越していたというのだろうか。その頃はまだヘルムトの不調も知らなかったというのに。
「さすがに国王とまでは思っていなかったがな」
「僕は……そんな」
とんでもない。そう言うアルロをライアスは少し黙って見下ろしていた。
「そう思うか?——私は、ずっと見てきた」
ずっと——確かに、いつも見守ってくれていた。自分には分不相応な存在と思いながらも、ありがたく、心強く、そして温かかった。
実はアルロは、今でも覚えている。
あの父と暮らす家で、殴られすぎて意識をほとんど失っていた時、ものすごく大きな腕に助け出された。その時の安心感は、それまで子供でいる事を許されなかったアルロに、本当に久しぶりに、ちっぽけで頼りない守られる存在なのだと言ってもらえているような気がした。
父への面会が許された時にも、本当はあの施設へ公爵自ら赴く必要などなかったのだと、今ならわかる。
本当に自分は、子供のように、当然のように守られて来た。
ずっと。本当に、ずっと。
「傷だらけでペンシルニアに来た時には、笑う事も泣くこともなく、ただ耐えるばかりだった小さな子供だっただろう?そんな——他でもない自分自身を信じることができなかったアルロが、今はちゃんと、自分も、周囲の人間も信じられていることも知っている」
心を保つためには、感情を忘れ、殻に閉じこもるしかなかった。もしくは自分を傷つけて、何とかこの世に踏みとどまっていた。それを少しずつ、癒やして行き先を照らし続けてくれた。温かいものを与え続けてくれた。
そんなアルロが変われたのは、ペンシルニアで育ててもらったからだ。
信じてもらい、大切にされたからこそ、自分を取り戻すことができた。
「アルロの優しさが、弱さではなく、しなやかな強さとなって行くのが——私自身、その成長を見るのが心強くもあり、喜びでもあった」
アルロは何と言っていいかわからず、言葉が出なかった。
てっきり、シンシアが優しい人だから。みすぼらしいアルロを放っておけなくて、良くしてくれているのだと思っていた。言うなれば同情のようなものでペンシルニアに置いてくれていて。
ライアスも、シンシアの頼みだから、貴族の慈善事業のようなもので、アルロを救ってくれたんだと。
そんな風に見守ってくれていたなんて。
離れていた間の報告も聞いている、とライアスは続けた。
「一人で故国に戻り、革命に参加し——ヘルムトの最期を見送ったのはつらかっただろう」
ライアスは手を止めて、アルロをじっと見つめていた。
「つらかったはずだ」
見通したようにそう言われる。
——そう、確かに僕は、つらかった。
自分で決めたことだから、弱音を吐くなんて許されない。つらいと思ってはいけないと、感情を押し殺した。それを分かっていると言われているようで、目の奥が熱くなった。
「——できるならついていって、ともに戦ってやりたかった。アルロ、お前も私の大切な子供だから」
「そ、んな……」
言葉にならないアルロに対し、ライアスは本当に温かな眼差しで笑った。
アルロが感じるたくさんのつらいことを、ライアスは見越していた。それでペンシルニアのベテラン騎士等をこれでもかという程つけてくれていた。
父親と言うなら、アルロだってライアスをそう思い慕っていた。恐れ多くとも、父親という理想の存在があるのだとしたら、ライアスのような人だろうと思う。
「それでもお前はやり遂げた。弱音も吐かず、揺らがず、全力を尽くした。——だから望まれたんだ。古参のブラントネルの面々が、総じてアルロを王にと推していると聞いた」
ライアスはぽん、とアルロの肩を叩いた。
「私も今日、その顔を見て思った。——継げばいい、王位を。お前なら成し遂げられる」
とてつもない感情が波のように押し寄せてきた。唇を噛んでいなかったら泣いてしまっていたかもしれない。
王位を継げと、ライアスに言われると。
色々と考えていたことが、全てどうでもいいことのように思えて、力が湧いてくるような気さえする。
——おそらく、アルロが王位継承を決断したのは、この瞬間だった。
執務室に、出陣の準備ができたと報せが入った。
ライアスは慌ただしいままにアルロと、その横のベンを見た。
「とりあえず、王都守備に関しては、副団長から陛下に報告に行かせる。任せると言われるはずだ。——私はこのままヴェリント戦線へ向けて軍を動かす」
「は、はい」
「王都の守備配置は副団長の指示に従え。それから、エイダンとマリーヴェルが今、山小屋に捕らえられている」
捕らえられている——そう聞いて、アルロの表情が固まった。
「モイセスの企みによれば、マリーには手を出さないだろうが」
モイセスの企み——それは、マリーヴェルとの婚姻という、許しがたい計略だ。アルロは無表情の中にも怒りを滲ませた。
「アルロなら少数で足りるだろう。詳細はそこの影に聞け」
軍は街に置いて、アルロが助けに行けという事だ。
正直、そこまで任されるとは思わなかった。特に家族に関しては、いつでも万全の、鉄壁の守りを展開しているライアスである。
「よろしいのですか……」
ライアスがくしゃくしゃとアルロの頭を撫でた。久しぶりにされた。
大きな手で、そうされると自分が子供に戻ったような気になる。
「信頼しているからな。頼んだぞ」
「公爵様——」
その信頼が、何よりも嬉しかった。
「必ず、お助けします。それから姫様と——」
「ゆっくり話す暇はないから、私は行く」
アルロの言葉を途中で遮るから、余程急いでいるらしい。
ライアスはそう言って、本当にアルロに任せて軍隊を動かして行ってしまった。
「——俺達も急ごう」
ベンの呼びかけに、アルロも頷いた。
実は直前まで、国王になるとは決めてなかったんですねーアルロ。
ライアス自身もちゃんとアルロを認め、息子のように思っていたんです・・・。
ちゃんと言うたれ。
あと、マリーヴェルの話題がアルロの口から出るのを避けてます。
さて、過去編も明日で終わりです。やっとここまで来ました。
いつもお付き合いいただきまして、ありがとうございます。




