24. 里帰り
「シンシア。シシィ・・・お茶しないかい?」
「仕事してください、父上」
定期的に私の部屋を訪れる国王を、ティティがぴしゃりと追い払う。
「——っ!お前、なんでここにいるんだ!」
ここは昔から使っていた王宮の私の部屋である。
部屋はそのままにしてくれていた。そこにエイダンのおもちゃとベッドも持ち込んで、すっかり自宅のようにくつろげる空間になっている。
王宮へ居を移して、1週間。
エイダンはすっかり慣れたようで、乳母とメイアと一緒に遊んでいる。メイアも久しぶりの王宮勤めにウキウキとしていた。
私は、やっぱり少し慣れない。私の家はもう、あのペンシルニア公爵邸なんだなと思った。
ティティが国王の前に立ちふさがる。
「私は今日の業務は終えましたので。父上、もうすぐ穀倉地帯の備蓄に関連した報告会ですよね」
ティティにすらすらと言われ、国王は顔を歪めた。
「忌々しい奴め。直前に入った私の予定まで知り尽くしているとは」
「必要に迫られまして。姉上が来てからというもの、度々父上が勝手をするせいですよ。——毎晩宰相が僕に翌日の予定を言いに来るんですから」
国王は文句を言いながら部屋を出て行った。
ティティ。しっかりしすぎた15歳だ。
私は思わずティティを抱きしめた。
「あ、姉上・・・?」
「立派になってしまって。ティティ・・・もっと子供らしく、甘えたり、遊んだりできたらよかったのにね」
ティティはふっと笑う。
「姉上。大丈夫ですよ。僕は、王太子が性に合っているみたいです」
その台詞に、ちくりと胸が痛んだ。
かつてこの子と同じ王太子と呼ばれた兄は、それと真逆のことを言っていた。
——僕は王太子なんてなりたくない。こうしてシンシアと、ごろごろしていたいのになあ。父上には内緒だよ。
いつもそんな風に、私を優しく膝に乗せて本を読んだり楽しい話を聞かせてくれた。
炎の魔力持ちではあったけれどそれほど強くはなく、どちらかというと読書をしている方がいい、と言うような。
そんな優しい兄だったからこそ、母が亡くなって寂しい思いをしていたシンシアにずっと寄り添ってくれていたのだろう。
殺伐とした政治のやり取りも嫌だと言って避けていたようだし、隣国との戦争に出陣しなくてはならないとなった時も、ぎりぎりまで行きたくないと言っていた。
そんな、優しい兄とは対照的に、ティティは確かに王太子の仕事を嫌ってはいないようだった。
淡々とこなしながらも、それが無理をしているようには見えない。
父と似たところがあるのかもしれないと思う。
「——ぼうっとしちゃって、姉上」
言われて、はっとする。
一緒にお茶を飲んでいたのに、物思いにふけっていた。
「心配しなくても、作戦は順調だよ」
「ええ・・・」
「うまくすれば、すべて未然に防げるんじゃないかな。あと1週間もすれば片付きそうな気がする」
勤め先である王宮にいるというのに、ライアスはあちこち駆け回っているようで、1週間全く会えていなかった。
こうしてティティが教えてくれるからなんとか安心できるけれど。
「——実家でも、落ち着かないみたいだね」
「そんなことないのよ。良くしてもらって・・・」
「姉上は、ライアスが好きなんだねえ」
「からかわないで」
まだ婚約者もいないティティがそんなことを言うから、私はそっけなく答えた。
何事もなく、過ぎていく。
それでもつい心配になって、暇さえあればテラスから遠くを眺めてしまう。
ペンシルニア公爵邸は城のテラスからも見える距離だ。
白い屋敷の屋根が、遠く感じる。
「まま、おうち?」
「ええ、おうちを見ていたの」
近くまで来たエイダンを抱き上げて、一緒に屋敷を見た。
「かえる?」
「まだよ。お父様のお仕事が終わったらね」
「いつ?」
「いつかしらねえ。ママにもわからないの」
エイダンも帰りたがっているのではないだろうか。
「まま、あれ、くも」
エイダンが指を指した方角に、黒い煙が立ち上っている。
「え・・・そんな・・・」
屋敷だ。
ペンシルニア公爵邸から、煙が上がっている。
血の気が引いていく。
ふらつきそうになる足を必死に奮い立たせて、私は廊下に出て叫んだ。
「だ、誰か・・・誰か!」
「奥様・・・!?」
すぐに近衛兵が駆けつけてくる。
「屋敷から煙が・・・・誰か、状況の分かる者は!?」
「——すぐにお調べいたします。奥様、どうかお部屋へ」
メイアも駆けつけてきて、動揺する私を支えてくれた。
「メイア、どうしましょう・・・屋敷が・・・燃えて・・・」
「奥様。ただの火事かもしれませんし。知らせを待ちましょう」
城はバタバタと少し騒がしくなった。
状況を知らせる者が来たのは、それから1時間程度経ってからだった。
部屋にはいつもの倍、近衛兵が配置された。
「ペンシルニア公爵夫人、失礼いたします」
しばらくして部屋の中に入って来たのは、知った顔だった。
「貴方は・・・」
「ルーバンにございます。現在、ペンシルニアの諜報員として籍を頂いております」
そう言って膝を突き頭を下げたのは、かつて私に罵声を投げつけた、あのライアスの副官だった。
見かけないと思ったら諜報員になってたのか。
何故か化粧をしているが、突っ込まないでおくことにする。
「ルーバン、何があったの?」
「どうか、お助けください・・・!」
ルーバンはその場にがばりとひれ伏した。
「え。——え?」
「王女殿下・・いえ、公爵夫人。どうか、我らが主人を、お助けください!!」
「——っ、ライアスが!?」
「私がこのようなお願いをして、どれほど恥知らずなことか。わかっております!しかし、どうしても・・・貴方様に、お力をお貸し頂かねば」
「まさか、ライアスに何かあったの?」
「過去の憎しみというなら、どうぞ私を斬り捨ててください。それで閣下をお助けくださるのでしたら、私の命など——っ」
話を聞け。
思わず天を仰ぐ。
変わらないなあ、この人。
助けを求めにきたということは、ライアスは私が行けば助かるということだ。
とにかく向かおう。
「案内しなさい」
「奥様、危険です」
メイアが険しい顔をした。
「お父様とティティには伝えておいて」
「そんな、いけません!」
青い顔をするメイアの前に、ルーバンがずい、と進み出た。
「ご安心を。隠し通路を使用します。奥様には影が護衛についております」
ルーバンの背後にも、見知った顔がある。ペンシルニアの騎士だ。
「エイダンを頼みます」
私はルーバンと共に隠し通路に向かった。




