18.決着
新年のご挨拶を申し上げます。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
喪中のままに、ブラントネル軍は新年を迎えようとしていた。
ひっそりと雪に覆われた王城は沈黙を保っている。門は固く閉ざされ、人も物も行き来はなく、ただ、死んだように静かだった。
ファネリアから首都へと拠点を移し、ブラントネル王国は仮の王国として政権を運営していた。もはやシャーン王国には何の力もない。
「見事に反転したな。おそらく、この国の中で今一番貧しいのは城の中の奴らだぞ」
中城壁エリアにある建物が今はブラントネルの拠点だ。その一角、執務室に使っている会議室で、スタンレーが窓の外を見ながら言った。体が大きいから、スタンレーが窓に立つと部屋が暗くなる。ヒューケが眉を寄せてそちらを見上げた。
ここの所、ヒューケは新王国の統治にとても忙しくしている。このままヒューケが国王となるだろうというように、全ての仕事を引き受けていた。それに比べて、停戦中の為、軍部担当のスタンレーは少し暇を持て余しているようだった。
こうして会議室に来ては、アルロとヒューケと喋って帰って行く。
アルロのように勉強したことがないから、ヒューケの手伝いはできないしやるつもりもないようだった。
訓練でアルロやペンシルニアの騎士等と手合わせをするのがここ最近の楽しみ、と公言している。
「食料がようやく尽きて来たらしい。飢えに耐え兼ねて離反者がさらに増えている」
いい気味だ、というようにスタンレーが吐き捨てた。
「風上から煮炊きの煙を送りましょうか」
そうすればもっと戦意を削げるだろう、とヒューケも続ける。
アルロは答えなかった。
貴族にすら食料が行き渡っていないという事は、つまり、平民の兵士らは言うまでもない。離反すら許されない彼らの日々は、想像を絶する過酷なものになっているはずだ。
アルロはここ最近考えていた事を口にした。
「——支援物資を城に届けましょう」
「は?」
本当に、驚いたというように二人が声をそろえた。
「名目は……そうですね、喪中に入ったことを、特にあちらへ言っていませんでしたから」
相変わらず半旗のままだから敢えて言う必要はない。半旗を掲げている相手には戦争を避けるのが定石だ。
とはいえ、相手はシャーン国である。戦力があれば、喪中だろうと向こうも攻めて来ただろう。しかしシャーン国側には、もうそれだけの力はない。喪中で胸をなでおろしているだろうに、わざわざ波風を立てることもしないだろう。
「喪中につき停戦を提案する——その使者を数日分の食料と共に送るんです」
「まてまて、何言ってんだ」
城攻めの基本は兵糧攻めだ。今、確実にその効果が出ている。
スタンレーは意味が分からないというように言った。
「餓死させりゃいいだろ。今までされてきた事をしているだけだ」
「ですが……あの城に残っているのは——」
「俺達の仇だ」
スタンレーはきっぱりと言い放った。
「俺と、家族と、仲間の仇だ。いいか——俺の息子はまだ3つで、かわいい盛りだった。やっと言葉を覚えて、これからって時だった。俺が戦争に行ってる間に病になって、それなのに治癒師は、息子の目が黒いからって薬じゃなくて毒を飲ませた。妻はそれを苦に心を病んで自殺した」
鼻息荒く、スタンレーは唾を吐くように続けた。
「そんな世の中を作った諸悪の根源だ」
「……その仇というのは、王侯貴族です」
アルロの話し方が静かだったから、スタンレーは勢いを挫かれたようになった。
「城にいるのはおそらく、もう10人程度です」
シャーン国の貴族名鑑を眺める。ほとんどはもう黒く塗りつぶされていた。離反した者、戦死した者、行方知れずの者。そして一番多いのが、他でもない王家に処刑された者。
「——今食料がなくて、飢えと寒さに凍え、死にそうになっているのは兵士達です。おそらく王族は最後まで生き残る。まだ飢えても凍えてもいないでしょう」
「そりゃ、そうだろうが……」
「敵兵が満腹になっても、僕たちの勝利はそんなことでは揺らぎませんし。何もしてくれない王族に対して、温かい食事と薪をくれる新王国軍——そんな風に僕たちの方から慈悲を施す構図を見せるのは、この先を思っても悪い手ではないと思うんです」
スタンレーとヒューケが迷った顔を見合わせた。
「建前は……それです」
アルロはふっと笑って見せた。
「つらい思いをしているという人達を、放っておけないんです。僕も飢えて凍えた時期がありましたから、それがどれほど耐え難いか知っている——それが一番の理由です」
ただの感情だと、アルロは言う。
それだけではないのだろうが、アルロは敢えてそう言った。
「——わかりました」
先に言ったのはヒューケだった。冷徹で通っている彼がそう言ったのは少し意外に思う。しかしヒューケは、構わない、と言った。
「アルロがそうしたいのなら」
アルロが、というところに妙に力が入っているような。
不思議に思っていると、スタンレーも分かったよ、と呟いた。
「アルロがそう言うなら、そうしようか」
こちらも妙な言い方だった。
何はともあれ、支援は決まった。ヒューケは支援物資の分配を編成し直して、かなりの量の食料と燃料を城へと向かわせた。
帰って来た使者は何とも言えない顔をしていた。
内城門まで出て来たから、入って来た使者が空の荷台を押して出てきたらすぐに分かった。アルロとヒューケ、それにスタンレーは使者が城門まで戻るのを待って取り囲んだ。
「——歓迎されるとまではなくとも、多少は感謝とか、驚くとかそういう反応かと思ったんですが……」
「何か言われたか?」
「ご苦労であった、と」
「はっ」
ヒューケの呆れ果てた冷笑が響く。
しかし、呆れる話はこれで終わらなかった。
シャーン国王族の横暴は、やはり想像以上だった。数日後から、湖に死体が上がるようになった。
城から打ち捨てられた兵士達だった。どの者も怪我の様子はなく、ただ痩せ細っている。凍り付くような気温のお蔭で、腐敗もなくきれいな遺体だった。
「分かってたけどな、こうなるだろうことは」
「……それにしても、予想以上にひどい」
王城に潜ませた影の報告によると、大量の食料はすべて王家保管庫に貯蔵されたらしい。シャーン国王は兵士らにわずかも回さず、有事の備えとして隠し、人も近寄らせない程厳重に管理しているのだとか。
「外道な上に、この上ない大馬鹿者だという事を忘れていました」
「救いようがねえな」
「………………」
遺体を運んで行く兵士の後姿を見送って、アルロは奥歯を噛みしめた。
多くを渡せば、末端にも行き届くと思った。それなのに、あれほどの食料を国王は自らの懐にのみ入れた。
それが破滅を早めると、どうして気づかないのだろうか。
——もっと早くに決断するべきだったんだ。
アルロは心を決めた。
「追加で物資を届けましょう」
「しかし、どうせまた同じことになるぞ」
「日持ちしないものを渡したって、どうせ自分達で無理して食べるだけでしょうね。馬鹿だから」
「僕が行きます」
ヒューケとスタンレーの顔色が変わった。
「——それは、つまり……」
つまり、決着をつけるつもりなのかと言いたいのだろう。
アルロは頷いた。
「喪が明けてから総攻撃——なんて、待っていられないですし。一度使者が城内へ入っているので、ペンシルニアの影とも協力すれば、そう難しい事ではないと思います」
ベンとも何通りもの作戦を話し合っていた。闇の力を使う場合、使わない場合。もう策は出し尽くしたと思っているくらいだ。安全に城を解放できると踏んでいる。
「……いいのか?」
スタンレーにしては弱腰な言い方だ。即座に乗って来るかと思ったアルロは、もしかして、と思った。
おそらく、あまりにも呆気なく決着はつくだろう。ヘルムトが亡くなってから、最後の戦いだというのに。振り上げた拳の行き場がない、と言うのなら、やはり総攻撃を考えた方がいいのだろうか。
アルロには、ブラントネルの皆の苦痛や憎しみは測り知れないと思っている。
「こんな終わらせ方は不本意ですか……?」
「いや、まさか!」
スタンレーは慌てて否定する。
「ただ、結局……アルロに全任するってのが」
「使えるものは使ってください。——ヘルムトさんならそうしたでしょうし」
ヘルムトの名前を出すと、スタンレーが確かにな、と笑う。
「俺もついて行きたいが……」
「警戒されるからだめです。スタンレーさんは大きいから」
熊のような巨体はどこにいても目立つ。目立つ上に活躍するから、シャーン国でスタンレーを知らない者はいない。
一方のヒューケは何も言わなかった。アルロが視線を向けると、ただ頷くように目を伏せただけだった。
一度目と同じだけの支援物資を荷台に積み、アルロとベンが荷運びに加わった。
折りしもこの日は1月1日。表向きは新年の挨拶とし、ワイン樽を目立つところに積めば、きっと門を開くだろう。ヒューケは3つも樽を積んでくれた。因みに、中身は水だ。中身は既にヘルムトの葬儀で皆で飲んだ。
「大君!」
出発を前に中城門の前で呼ばれて、アルロは振り返った。
——いや、こうやって反応するからよくないのかな。でも、自分の事を言っていると分かっているのに無視するのもどうかと思うし。
駆け寄って来たのは数人の兵士達だった。見覚えがある、何度か一緒に出陣し、アルロの下にもついた人達だった。
「——あの、その呼び方――」
「俺達も加えてもらえませんか」
「え……?」
兵士らはアルロの前に来ると、勢い良く頭を下げた。
「城に入るって聞きました。俺、王城の衛兵をしていたことがあるんです」
「俺も。王城の料理人をしていたので、裏道も詳しいです」
「えっと……」
戸惑っていると、どこから聞きつけたのかわらわらと駆け寄ってくる。俺も、私もとたくさんの兵士達が手を挙げた。
「危険な任務だって聞きました」
「お守りします。命に代えても!」
「いや、その……」
突然の事にアルロはどうしていいかわからずベンを見上げる。ベンは黙って肩をすくめていた。
最近ベンは、アルロのすることにほとんど口を出さなくなった。側にいることも減ったくらいだ。それだけ安全になったという事なのか、どうなのか分からないが。
「お気持ちはありがたいんですが……少数で行くつもりなんです。荷運びに紛れて行くので」
「力を……使われるんですよね」
「はい。だから、危険ではないんです。皆さんも最後の戦いに、参加したいとは思いますが——」
「違います」
「俺達は、お守りしたいだけです。貴方を」
思わぬ言葉に、アルロは目を見開いた。
「命令に違反したり、反抗的な態度をとってしまった事、すんませんでした。あれから俺、ずっと後悔してて……貴方は、こんなにも……」
「だから、俺たち、少しでも大君の力になりたいんです!」
皆は必死だった。守りたい、と言われたのは初めだった。仲間だと言われているようで素直に嬉しい。
連れて行くわけにはいかないが、その気持ちは受け止めたい。
ヘルムトの死後、悲しみに暮れる中、ヘルムトと同じ闇の能力者の存在は、少しでも彼らの空いた心を埋められるのだろうか。
それなら、あと少しの間でもアルロがそれができたらと思う。
「ありがとうございます」
アルロは人々の視線を一人一人受け止めた。
もう人選は済んでいる。敵に怪しまれないためにも、前回と変わるのはアルロとベンだけと決めている。
「——とりあえず、その大君って呼ぶのは——」
「はい、大君」
妙な熱気に包まれて、いまする話ではないなとアルロは思い直した。
「……行ってきます。僕たちの国を、本来の姿に取り戻すために」
そうアルロが言えば、兵士らは居住まいを正し、頭を下げた。
「ご無事で……!」
大勢に見送られたアルロらは、前回同様、あっさりと城内に侵入した。
内通者と先に潜入した影によって、魔力無効の魔道具は破壊済みだ。
彼ら王族は本気で、ブラントネルがシャーン国に敬意を表していると思っているようだった。新年の挨拶訪問と言えば、当然のように門が開かれてゆく。
お気楽にもほどがある。それとも、一種の否認なのだろうか。頭が現実を見るのを拒んでいるのか。
アルロは黒ずくめに帽子を目深に被って、口元も布で覆っている。荷役としては珍しくない格好だ。気にされる様子もなかった。城の中に入り、謁見の間に辿り着く。
アルロは影からの情報を元にして、あっという間に王侯貴族、命令系統の人間をすべて地下牢に向かわせた。
——ガチャリ。
無機質な音と共に地下牢は閉ざされた。これで、決着である。
あまりにもあっけない最後だった。操作を解いた後の王侯貴族の反応も、誰も見ていないから知らない。遠い地下牢で叫ばれても聞こえてはこなかった。
持ってきた食料を城内にいたすべての人に配ったら、兵士らは自ら武器を手放し、抵抗する者は一人もいなかった。
静かすぎる、無抵抗の開城となった。
開け放った城門からブラントネル軍が次々に城へと入った。
ブラントネル王国暦2年、1月1日。
シャーン王国は敗北を認め、王侯貴族は自ら地下牢へと入り城の門を開放した。
翌、1月2日には早々に譲位の調印式が行われた。
——シャーン国王、ブラントネル大君へ全面降伏し恭順の意を示す。
歴史書にはほんの数行に記され、シャーン王国は静かに滅亡した。




