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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
外伝 アルロ・ペンシルニア・ブラントネル

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17.弔鐘が鳴る

 寝室ではサンが待ち構えていた。

 ヘルムトを寝かせると、すぐに数人で手際よく処置をしていく。

 吐いた血が肺へ流れ込んだのだろうか、静かな室内に、ごろごろという嫌な呼吸音が響く。

 一通りの処置が終わってヘルムトを横向きに寝かせ、ようやく少し呼吸も穏やかになった頃。事態を収拾させてスタンレーとヒューケも駆けつけた。

 二人ともヘルムトの顔を見たものの、もう覚悟していたというような顔をしていた。

「一旦、ここまで下がったが、内城門はいつでも通れるよう軍隊を配置して来たぞ」

「あ……すみません、勝手に……」

 咄嗟に撤退の命令を出し、実際、全てのブラントネル軍はアルロの言葉に従った。

「いや、あれで正しい」

 スタンレーが言い切ってくれた。

 城門は破壊し終わったものの、臨終のヘルムトを脇に置いたまま攻める余裕はなかっただろう。一旦は下がり仕切りなおすべきだ。

「——はあ、まったく、なんて顔だ」

 スタンレーが呆れたような声を出す。

「心配かけやがって。それなのになんて……」

 声が掠れて、それ以上は言えない。

「今までになく満足そうですね。まだ終わっていないというのに」

 ヒューケが後を継いだが、その声も掠れていた。

「この顔を見たら気が抜けた。後処理してくるわ」

「私も、仕事に戻ります」

 二人はそう言ってさっさと行ってしまった。

 アルロも血にまみれた鎧を脱いだ方がいいだろうと思い、一旦部屋に戻ることにした。

 部屋に戻るとベンが待っていた。

「ヘルムトは」

「眠ってます」

「そうか……」

 ぽん、と少し強めに肩を叩かれる。

「平気か——あんまり、こういう聞き方はしたくないんだが。他に言葉が見つからないな」

 アルロは黙って頷いた。

 平気かどうか、自分でもよくわからない。

 とにかく休めと言って、ベンは簡単にペンシルニアの騎士等の報告を教えてくれた。

 アルロの母と言う人物は、王城から逃れて解放したらしい。今各所には支援物資が配られ、シェルターも設置されている。生き延びる事はできるだろう。

 アルロは会うつもりはなかったし、無事に解放できたことを聞いたら、もうそれで思い返すこともないだろう。

 被害もそれほどなく、王城戦は決着がついた。——ついたと言っていいのか迷うところだが、ここまでくればいつでも城は落ちるだろう。

 いつそれをするかだけだ。その指示を出すヘルムトはしかし、長い間目を覚まさなかった。




「……もうじき年が変わりますよ、ヘルムトさん」

 アルロは毎日ヘルムトの寝室を訪れたが、ヘルムトの状態は変わらなかった。良くも悪くもなく、ただ眠り続けている。

 12月に入って、この辺りはずっと雪が降っている。

 シャーン国で冬を越すのがどれほど難しいか——そういう話を以前ヘルムトがしていた。

「本当に、ここは寒いんですね」

 外に出ると、吸い込んだ空気は肺を凍り付かせるほど冷たいし、軽く思う雪も積もればすぐに重く冷たく濡れる。外を歩けば、すぐに手足の感覚がなくなる。

 食料と燃料が行き渡っていなければ、すぐにでも民衆は死に絶えるだろう。

「燃料、足りてるかな……」

 ファンドラグからの支援物資は相変わらず届いている。おそらくこのシャーン国の中で、一番貧しいのは目の前の王城の中だろう。

 窓からは真っ白に覆われた城が見える。山肌に聳え立つ城は、雪化粧を被ると一気に様相が変わる。幻想的で美しい氷の城のようにも見えた。

「お見せしたいな……」

 そうだ、今日の手紙にはこの城の事を書こう。絵がないか、街に出て探してみようか。

「誰にだい……色男だねえ」

 急に声を掛けられてびっくりする。見ればヘルムトがこちらを見ていた。アルロは脱力するのを感じた。

「久しぶりに起きて第一声が、そんな事だなんて……」

「はは。不思議な感じだよ。少しもつらくないんだ。アルロ君、何かした?」

「いいえ」

「とても穏やかな感じだ。ふわふわと雲の上に浮かんでいるみたいだ」

 ヘルムトは夢見心地の、本当に心地よさそうに顔を緩ませていた。

「君の闇の魔力のおかげかもしれない。神経が全て、断ち切られたようで……何も感じないんだ」

 それは、いいのか悪いのか。

 感覚を失ったという事だろうか。

「これで本当に……最後かも、しれないな」

 ぼそりとヘルムトが呟く。

「そ……」

 そんな事。そう言いたいのに、きっとそれは真実だ。

「悲しまないでくれよ。今、私はものすごく幸せな気分なんだ」

 それは本心からそう言っているように思えた。

「この国にいると、人間の汚いところを沢山見ることになるから。ヒューケなんかはもう人間嫌いをこじらせたようなところがあるだろう?でも、私は嫌だったんだ。人をあれほどまでに醜悪にさせるのは、この国のせいだって思いたくてね」

 ヘルムトは昔のように饒舌だった。不思議なことに活舌も良く、生き生きと喋っている。

「どんな苦難にあっても、こうして病に倒れたとしても——いや、この病でさえもさ。意味があったんじゃないかって思える。だって私が病気でなかったら、君はブラントネルに来ることはなかっただろう?」

「はい……」

 それはそうだ。ヘルムトが先が長くないと知ったから、手を貸そうと決心した。初めのきっかけはそれだった。

「君だってもとはこの国の犠牲で、つらい思いもしたのに……。天啓ってやつなのか……ペンシルニアの人達……子供たちを見たら、やっぱり人間は素晴らしい、そう思えるのが、嬉しいんだ」

「ペンシルニアの人々は……別格ですから」

「はは……そうだね」

 ヘルムトはようやく、思いを馳せるように言葉を止めた。

 少しずつ、呼吸が細くなっていっているように思う。

「……人を諦めなくてよかった。どうして想像できただろう。ほんの数年前までは、こんなに満足で、穏やかな最期になるだなんて、想像もしていなかった。……ろくな死に方をしないと思っていたのに」

 ああ、とヘルムトは目を閉じた。

 つ、とその目尻から一筋の涙が流れた。

「見たかったなあ……」

 悔しい、心の底からそう思う。

「君の治める、新しい国をさ」

「僕は、ヘルムトさんが治める国を見たいです」

 ヘルムトは力なく笑った。

「そんなことを言いながらもさ……君は気づいてないのかな。近頃君が、ブラントネルの事を僕()()の国って言ってることに」

「そう、でしたか……」

「そうだよ。君はもう、国民の事を考えている」

「僕に——そんなに期待をされても……」

「ふふ……君は、きっと引き受けてくれる」

 だから、そうだ。悔しいと思う事などないじゃないか。

 ヘルムトは目を閉じた。

 目の前にいるのに、なぜか今にも消えそうに感じて。アルロはヘルムトの方に身を乗り出した。

「ヘルムトさん——?」

「本懐は、遂げた。私はやっぱり強運の生まれで、幸せ者だった」

 ヘルムトの意識が今にも途切れそうだった。話しているのに、話していないような。

 アルロは外に向かって、誰か、と叫んだ。

 すぐにサン、スタンレー、ヒューケが入ってくる。しかしそれらにもヘルムトはもう反応することはなかった。

「ありがとう、アルロ君。ほんとうに、ありが、とう……」

 ヘルムトはそう言って、唇の動きを止めた。すう、と息を吸って、またゆっくりと吐いて。

 その呼吸は穏やかに、徐々に小さくなっていって、やがていつの間にか止まった。

 誰もが息を殺してその様子を見守っていた。

 長い、長い間、誰もが微動だにしなかった。

「——っふ、う、う、うぅっ……」

 やがてサンがボロボロと嗚咽を漏らしながら涙を流した。

 スタンレーもヒューケも、それからアルロも気が付けば黙って涙を流していた。

 ああ、本当に逝ってしまった。

 サンが縋りついて揺すっても、本当に動かなくなってしまったヘルムトの穏やかな顔を見て。

 アルロはとてつもない喪失感と悲しみに、どうしていいかわからず立ち尽くした。

 目を閉じれば、熱い涙がどんどん溢れてくる。

 そうか、別れって、こういう事なのか。

 ——僕も伝えたかった。ヘルムトさんに、ありがとうって……。




 ヘルムトの死はすぐにブラントネル軍に伝わった。

 いっそシャーン国の暗殺という事にしたらどうかと言う幹部もいた。ヘルムトを失った悲しみ、いかりのまま城へ攻めれば、勝利は間違いない、と。

 これにはアルロが反対した。

「ヘルムトさんは、本懐を遂げたと僕に言いました。初代国王陛下の最期を、そんなうしろ暗いものにしてはいけない」

 ブラントネル初代国王、病により逝去——その報せは瞬く間に周辺国に知らされた。

 

 戦時下なので、葬儀は簡潔にのみ、粛々と執り行われた。

 黒い半旗を掲げ、城壁の一角で、皆で順番に藁で編んだ造花を手向けて行く。シャーン国には長らく花がないから、葬儀と言えばその花が使われているらしい。棺を取り囲み別れを告げるだけの時間だった。それが終われば安置所に運ばれる手筈になっている。

 アルロの順番が来て、アルロも花を手向けた。振り返ると、次の順番を待つものはおらず、皆一様に胸に手を当てて、一段下がった所からアルロを見上げていた。

「アルロ……」

 戦時下だから、皆鎧を着けたままだ。スタンレーも鎧のまま、アルロにこそ、と声を掛けた。

「何か言ってやってくれ」

「何か——?」

「ヘルムトの最期の言葉を聞いたのは、アルロだから」

「ヘルムトに向けた言葉でもいい、彼らにでもいい。何か」

 そんな、自分なんかが——そう思ったが、目の前の人々の顔が、言葉を待っているようで。

 アルロは少し考えて、ゆっくりと口を開いた。

「国王陛下の最期は……」

 どうだっただろうか。ヘルムトの最期。

 アルロはごくりと唾を飲み込んだ。言葉にするのは、少し難しい。

「僕は……国王陛下の事を、皆さんよりも知りません。——飄然としたつかみどころのない人。ふらついているようなのに、芯があって揺るがない人。とてつもなく賢く、勇敢で、恐れ知らずの人。僕が知っているのはそれだけで……」

 間違いなく第一印象から長い間、ヘルムトはろくでもない怪しい男だった。それが今は、もっと話したかったと思う。

「結局は僕も、陛下の思い通りに、こうしてここに立っているのだから……。やっぱり、とても、偉大な人だったんだと思う」

 どこからが策で、どこからが予想外のことだったのだろう。今となっては分からないけれど、結局ヘルムトの思い通りになっているのだと思うと、最初から最後まで手の内にあったのではないかとさえ思う。

 そう思うと自然と笑みがこぼれた。

 そのアルロの穏やかな表情に、それを見た何人もの参列者が涙を流した。

 アルロはもう一度、ヘルムトへ向き直り、穏やかな死に顔を見た。

「国王陛下の冥福を、心から祈ります。貴方は、とても勇敢な人でした。いつも穏やかで、大きな温かさで僕達を包み込んでくれました。時には奇策を用いて人を驚かせ、楽しませてくれる、不思議な人でもありました。貴方の生き様そのものが、道を示してくれる師匠のようでもありました。だから、僕は、僕達は貴方と素晴らしい時間を過ごすことができました。貴方は最後まで……人の心を、諦めない人でした。貴方と同じ時代に生き、共に戦えたことが僕達の誇りです」

 アルロは最後、声が震えてうまく話せなかった。けれどその言葉は皆にも聞こえていたようだ。

 一つ深呼吸をして、また皆の方を振り返る。

 もう、誰もが涙していて、それも霞んで見えない。

 アルロは涙を拭った。

「——本懐は遂げた——国王陛下の最期の言葉です。陛下は大業を成し、そうしてブラントネルの繁栄を願いながら、安らかな眠りにつき……その次は我々に託された」

 人々の間から、嗚咽が漏れていた。むせび泣くものもいる。それぞれの胸の内にヘルムトの存在を感じた。

 ——ここにいた。

 そう思うと力が湧き上がってくるようだった。

「——取り戻しましょう、僕たちの手で、必ず。僕たちの国の、本来の姿を」

「おう!!」

 城の鐘がゆっくりと鳴る。

 鐘の音はその日、人々の歓声、叫び声と共に大地を揺らした。

本年も本当に温かいご声援の数々、ありがとうございました。

皆様のおかげで本当に素敵な一年になりました。


いつもたまたま。行き当たりばったり。

作中と共に年末を迎えましたね。なので、明日も更新します。

みなさまどうか、良いお年を!!

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― 新着の感想 ―
逝く年 来る年 この物語の裏には、かつて人を諦め魔王になったアルロが居た事を思うと シンシアから繋がった人の縁が世界を変えていく様を 読者として見続けた一年だったように思います 年末年始は更新せずゆ…
ヘルムト陛下安らかに。 アルロの推し活を楽しませて下さってありがとうございます。来年も楽しみにしています。良いお年をお迎え下さい。
素敵な作品をありがとうございました。 来年も応援しております。 よいお年を!
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