11.手紙
一通りの情報をもらい、ベンを主体とした作戦会議を終えて、それぞれ休むことにした。
少し南下したとはいえ、シャーン国はどこもファンドラグよりは気温が下がる。
焚き火を囲んだまま眠るか、幕舎に入って寝袋に入らないと寒くてとても眠れない。
ペンシルニアの騎士らは慣れたもので、純度の高いアルコールを飲んで、さっさと寝床に入っていった。どうすれば体力が回復するのかよく分かっている。
タフである。
アルロも眠りたかったが、やはりなかなか眠りにはつけなかった。
「——少し魔力を放出すると、眠りやすいぞ」
ベンが隣でそう声をかけてきた。
「精神が冴えてしまっている時は特に」
「なるほど……」
目を閉じると昼間の戦いが思い出される。戦闘の緊張の中、闇魔力を使ったせいだろうか。妙に頭が冴えて、もっと動きたいような、じっとしていたくないような変な感覚だった。
燃える炎を見ていれば少しだけ落ち着く。
「——あ、先に寝てくださいね」
「ああ、俺も、公爵様にそろそろ手紙を出そうかと思って」
ベンはそう言って焚火の灯りを頼りに紙とペンを取り出した。
「あ、そうでした。僕も書きます」
マメに手紙を書いてね、とシンシアから言われている。ライアスもその時頷いていた。
無事にシャーン国についた事、ファネリアからヘルムトの回復を待って、イカルドへ向かい街を解放したこと。
「それは……誰宛だ?」
ベンが覗き込んできた。
「奥様です」
「……業務報告書に見えるが」
「え」
言われてはじめて、そうなのか、と思う。
確かに、箇条書きのようにして、時間と出来事を書き連ねているが。
「報告書は俺が書くんだから。アルロはもっと別のことを書いたらどうだ」
「ベン卿は、どんなことを書いているんですか」
ぱらりと見せてくれた内容は、アルロとほとんど変わりなかった。時系列で出来事と、それぞれの軍の情勢、これからの作戦……支援物資の何が不足しているかまで。
「いつの間に調べていたんですか。市場の流通まで——」
そこまで言って、ファネリアで一緒に市場を回ったことを思い出す。あれこれ物色して仲間にお土産を買って帰っていたけれど、市場調査も兼ねていたのか。
「俺のは、まごうことなき報告書だからな」
「報告書……」
手元の、書きかけの手紙を眺める。
報告書じゃない手紙。一体、何を書けばいいんだろう。
「どうした?」
「僕……手紙って、書いたことがなくて……」
ベンは一瞬驚いたように目を丸くした。そして次の瞬間、ものすごい勢いでアルロの手から手紙を奪い取り、丸めて火の中に投げた。
「あっ……」
そんなに駄目だっただろうか。そう思ったアルロに、ベンがずい、と身を寄せた。
「アルロ」
「は、はい」
「書き直せ」
「えっと……」
「はじめての手紙は、お嬢様に書かなきゃ駄目だろ」
「え……」
「それで、手紙を書くのは初めてですって前置きを忘れるなよ」
ベンの出す圧に、アルロは戸惑いながら言われた通りにすることにした。
そうか、手紙に慣れるまでは、私的な文書から慣れろということか。でも……マリーヴェルにこそ、練習を積んでから出したいのに。
マリーヴェル様——。
宛名を書いたまま、アルロの筆は止まった。
報告書を書き終えたベンがふと気がついて見ても、まだ止まったままだった。
「——そんなに悩むなら、また明日にしたらどうだ」
「……………」
「ただ、まあ一応ここは戦地だからな。今日出来ることは、明日に回さない方がいいぞ」
ベンの言わんとしていることが分かるから、アルロは真剣な顔で頷いた。
悩みをより深めた様子のアルロにベンが苦笑する。
「そこまで難しく考えなくても。——例えばほら、ここにお嬢様がいたとするだろ?そしたら何を話す?」
ここにマリーヴェルがいたら——それを想像するだけで心臓が高鳴り始める。
「寒くないですか、とか」
「だったら、書き出しは、こっちは夜は冷えます、だな。それで?」
「今日は……色んなことがありましたが、お嬢様の事を考えると……」
そこまで言って、アルロが止まった。
はあ、と深刻に息を吐くから、ベンは顔を覗き込む。
悩まし気な溜息ではあったが、表情はむしろ前より穏やかで、ほんのり赤くさえある。
「どうした」
「姫様のことを思うと、会いたくて、つらいです」
ベンは飲んでいた酒を吹き出しそうになった。
どんな顔をして、なんと言っていいのかわからない。——いや、これは何も言わない方がいいのだろう。
いつも表情の動かないアルロが、マリーヴェルの事になると感情を見せる。中でも今のこれは、見ているこっちが恥ずかしくなりそうなくらい、純粋すぎて。
彼女を想い顔を綻ばせ、次に壊れそうなほどつらそうにしながらも、また想う。
綺麗すぎて、甘酸っぱくて。とにかく全力で応援してやりたくなる。
「そのまま書けばいいんじゃないか」
「はい……」
恥ずかしくて書けないと言うかと思ったら、アルロは素直に言った事を書いていた。
「——あ、でも、つらいですと書くと心配をかけてしまうので……」
会いたくなります、としていた。
へえ、とベンは思った。
まだ手も繋いだことがあるのかどうかという関係性だろうに、そう言う事はすらすらと書けるのか。
確かに、あのライアスを思えば、恋慕の情を口にする事すら恐ろしくなりそうだが——さらりとライアスの前で口にできるだけあって、アルロは大胆な一面もあるようだ。
「お嬢様にハンカチもらっただけで逃げてたアルロがなあ」
しみじみとベンが呟いた。
「今でも……」
今でも恐れ多いのは変わらない。
そう言おうとしたら、焚き火の弾ける音に掻き消えた。
短い文章だったが、書き終えてアルロは手紙を畳む。
続いてシンシアとライアスに宛てて書こうと思うが、報告書でないとするなら、こちらも、何を書いていいのか悩む。
「そうだなあ。今日の戦いでどんなことを思ったとか。こんなことが心配だとか。そういう、率直な今の気持ちを書けばいい。もちろん俺に言ってもいいんだけどな。文字にした方が出しやすいってのは、あるだろ?」
「はい……」
そんな話、負担ではないだろうか。
「きっと奥さまは聞きたいと思っているぞ」
「エイダン様を守るように、アルロを守ってくれとおっしゃっていたからな」
もちろん言われなくてもそうするが。——そう言って、ベンが笑った。
「必死なうちに、いつの間にか終わっていました、今日は」
興奮とは少し違う、妙な昂りで頭が冴えてしまっている。普段の状態とは随分と違うのだと思う。このままにしていたらいけないような。だが、何が違うのか、どうすれば落ち着くのかがわからない。
「そのまま書けばいい。眠れない、とかな」
「はい」
結局アルロは散々悩んで、簡単に、怪我もなく順調だと思う、と書いた。
剣を振るった事で頭から離れない感触や光景については、文字にするにしてももう少し時間が必要だと思った。
それでも、そのうち書こうと思ったら、少し気持ちが整理できた。一旦置いておいて眠れるような感覚になる。
焚き火の前で毛布にくるまって、そのままアルロは目を閉じた。
翌日、日の出とともに革命軍はシエラリードに全軍で攻め込んだ。
好機とみたアリアドの大軍が門を開き、その背後に襲いかかる。しかし、街を出て平原へ進軍したアリアドの軍隊に降った命令は、待機、それだけだった。
不思議に想いつつも総大将の命令に従って、アリアドの大軍は制止した。そしてそのまま、目の前でシエラリードが陥落するのを見守った。
そして程なくして、アリアドにもブラントネルの黒い旗が掲げられる。
投降を呼びかけられ戦闘にはなったものの、両方の街からの攻撃と命令系統の混乱に、一時間もしないうちにアリアドの全軍も革命軍に掌握された。
眠るために魔力を放出したりしているうちに、闇を出し入れできるようになったとか。
そして、エイダンへの手紙は一行に。
わたくしごとですが
今日、一つ歳をとりました〜*\(^o^)/*
年々細かいことが気にならなくなっていく(いいこと)
いえい




