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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
外伝 アルロ・ペンシルニア・ブラントネル

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8. 出征準備

 準備は速やかに、粛々と進められた。

 焚火の灯りを頼りに、アルロとペンシルニアの騎士等は行軍の準備を進めた。

 幸い、この拠点にはペンシルニアからの潤沢な支援物資がある。準備はそれほど難しくなかった。

 鎧の留め具を打ち直す音、剣を研ぎ、盾を検分する、金属の擦れる音。食料や馬具の確認に飛び交う声。緊迫した雰囲気はあったが、ベンらが手慣れた様子で進めていくから、アルロはそれに従うだけでよかった。

 マリーヴェルから贈られた愛馬が鼻を鳴らしている。戦闘向きの馬具をつけられて、夜明けとともに出発するのを既に察しているようだった。鼻息荒く(あぶみ)で地面を叩いていた。

「——緊張してないんだね、流石だなあ」

 馬の首筋を撫でていると、ヘルムトが声を掛けてきた。

 寝ていればいいのに、準備の時からずっとアルロの側にいる。

「本当に、兵を連れて行かなくていいのかい」

「はい」

 この拠点の兵力は借りず、スタンレーだけを伴うことになった。

 ヘルムトは革命軍の要だ。シャーン国へ来て、人々のヘルムトを見る顔を見てそれを実感した。サンのヘルムトへの崇めようが大袈裟だと思っていたけれど、革命軍のメンバーは皆、サンと同じく崇拝にも似た感情でヘルムトに付き従っている。

 ヘルムトを守るのはこの革命の、最重要部分だ。建国宣言によりもし首都から攻撃をされても、ここにいる兵士の数なら十分にヘルムトを守れる。兵力をこれ以上削ぎたくはなかった。

「最終決戦に向けて、準備があるでしょうし」

 三都市攻略はあくまでも準備戦であり、本戦は首都攻略。

 心配そうにするヘルムトにアルロは笑って見せた。

「僕の事は心配しないでください。僕も、目的があってここに来たんですから」

 本心だった。ヘルムトに誘われたからではなく、アルロにはアルロの目的がある。

 ヘルムトは苦笑を漏らした。

「本当に君は……。でも、残念だよ。もちろんそれもあったんだけど」

 ヘルムトは側にあった木箱に座った。視線がアルロよりも下がる。

「私は君といたかったんだ。ただ、こうやって話をしていたかったんだよ。色んな話を」

 ヘルムトがふう、と苦しそうに息を吐いた。

 もう休んでは、と言いたかったが、きっとヘルムトは見送りたいというだろう。

「——戻ってきたら、話をしましょう。だから準備を整えて、体調をもっと回復させておいてください」

「はは。ほんと、頼もしいなあ……」

 ヘルムトはもう力なく笑うしかできなかった。

 やがてアルロはベンに呼ばれてそちらへ駆けて行った。




「いい加減教えてくれねえのか?」

 しばらくアルロの後ろ姿を見つめていると、いつの間にか隣に立ったスタンレーに声をかけられる。

「何が?」

「アルロが何者か」

「何者って……ペンシルニアの後見を受けた将来有望な若者だよ。故国の(よしみ)で手を貸してくれている」

 そこまでがみんなにしている説明だ。

「只者じゃないだろ、あれは」

「わかる!?」

 ヘルムトが嬉しそうに身を乗り出した。

「そうなんだよ。専門的な教育を受けて、まだ数年なんだよ。ペンシルニアの教育がすごいのか、アルロ君の元々の素質か、どっちなんだろうなあ」

「いや、そういうことじゃねえよ」

「——ここにいたんですね」

 ヒューケが毛布とお盆を持って近づいてきた。

 お盆には湯気の上がる白湯と、ヘルムトの薬が乗っている。

「あ。もうそんな時間か」

「そんな時間どころか。これは就寝前の薬だそうですよ。サンをあまり困らせないように」

「はい」

 返事が妙にいい。

「……ご機嫌ですね」

「天が味方してるってこういう感覚なのかな?何でもできそうな気がするよ」

「ではまず薬を飲んでください」

 ヒューケのいつもの調子にヘルムトは素直に薬を飲んだ。肩に毛布が掛けられる。

「随分と期待をかけているんですね、あの子供に」

 遠くに、ベンにあれこれと教わりながら準備を進めるアルロの姿がある。あの黒の濃さから、暗くて闇に紛れてしまいそうだ。それを微笑ましく見守るヘルムトの顔が、緩み切っている。今まで見たこともないような顔だ。

「すごいだろ?あれでシャーン国出身なんだぜ。信じられるか?」

 あれほどの黒持ちで、すこぶる健全な精神と身体。

「国を出たからでしょう」

「まあそうなんだけどさ……そうとも言い切れないかもしれないよ」

 ヘルムトがアルロに関してまだ何か隠していることを、何となく二人は察していた。

 ヘルムトが言わないという事は、今はまだ言う時期ではないのだろう。今のアルロを見てほしいという事なのか、他の何かを危惧しての事なのか。

「アルロを気にかけるのは、シャーン国出身の黒持ちだからか?」

 確かにそれだけでも希少な存在ではあるが。

「あ、まさか……」

「何だ?ヒューケ、何か思う事があるのか」

 元々この革命軍はこの三人で始めた小さな反抗——強制された徴兵からの離反——だった。だから出会った時はお互いまだ今よりずっと若い。

 お互いの事はいい所も嫌な所も知り尽くしていると思っていた。だから、独り身なのも知っていたが……。

「実はヘルムトの隠し子——」

 ぶーーーーっ!!!

 ヘルムトが白湯を勢いよく噴出した。焚火がじゅう、と音を立てる。

「ちがうわ!」

 ヘルムトが叫ぶ。それを見てスタンレーがたまらず、お腹を抱えて笑った。ひいひいと呼吸困難のようになっている。ヒューケは大まじめだった。

「誰の言うことも聞かない頑固者のヘルムトが、アルロのいうことは聞くものですから。久しぶりに再会した息子でもなければ……」

「残念だが違う」

 そうであれば良かったのにとは、幾度となく考えた。

「まあ、私の息子であっても、楽な人生にはしてやれなかっただろうがね……」

「まさか、これからの旗印として考えて——」

 そこまで言って、ふと、ヒューケが何か思いついたように止まった。

「——いえ、待ってください。そういえば。あれは……いつの事だったか……ヴェリントが——」

「最近ふと思うんだよね」

「聞いてますか?」

 ヘルムトは残った白湯をずず、と音を立てて飲み干して、コン、と音を立ててお盆に戻した。

「私はこのために生きていたのかもしれないって」

「……え?」

「——なんてね」

 さて、と言ってヘルムトは立ち上がった。

 アルロの魔力の事は、実際に目の当たりにしてもらうつもりだ。勘のいいヒューケは察したかもしれないが、それにしても、あそこまで膨大な魔力量とは想像もつかないだろう。

 あれは、世界も滅ぼす程の巨大爆弾だ。だからこそヘルムトは、まだ闇の魔力の事を公にするつもりはなかった。

 闇魔力への差別的な畏怖をアルロに向けさせたくない、というのもある。その逆に、安易にアルロに頼ってこの戦いを終わらせてはいけないようにも思った。戦争に誘い込み送り出すのに矛盾しているが、できるだけ無残な光景をアルロに見せたくない、させたくない、というのも。

 しかしそれよりも、ただ、アルロ自身を見てほしかった。

 闇魔力を抜きにしてもヘルムトはアルロを誘ったと思う。

 ヘルムトは意味深な笑みを二人に向けた。

「すぐにわかるよ。アルロ君の良さはね、なんていうか……中毒性があるんだ。とにかく優しいんだよ、とても、とてもね」

「優しい……」

 シャーン国にはない雰囲気の子供だと思う。無防備なようで、相手をまっすぐに見つめる度胸もある。ただ、欠片も警戒心のないような、平和ボケしたともいえる印象だった。あれを優しさだと言うのならそうなのだろうか。ファンドラグで育つ子どもは皆そうなのだろうか。

 精悍な目つきの自国の子供達と比べると、どうしても頼りなく思えてしまう。

「俺にはなんていうか……(もろ)く思えるが、お前は違うのか」

「とんでもない。アルロ君は強いよ。一緒にいればすぐにわかるさ」

「お前がそう言うなら、お手並み拝見といくが……」

「だから、彼の言うとおりにしてあげてね。できるだけ——いや、彼の言葉を私の言葉と思って」

「そりゃまた……」

 空が白んで来た。

 出立の準備が整ったようで、アルロとペンシルニアの騎士等はいつの間にか馬上にあった。

 スタンレーも準備はできている。そのまま愛馬に飛び乗った。

「まあ、アルロの事はさておき、他でもないファンドラグが味方に付いてたんだ。間違いなく追い風が吹いている」

「お前も嬉しそうだな」

 ヘルムトの言葉に、スタンレーはクマのような巨体を揺らして笑った。

「歴史が動く瞬間に立ち会うんだ。嫌でも興奮するってもんだろう?」

「そうだな」

「ちゃんと目を開けて、見ておけよヘルムト」

 死ぬなよと、言外にそう言っている。その意図も汲んでヘルムトは頷いた。

 一行は夜明けを待たずに、静かに出立した。

 暗がりの中でぞろぞろと駆け出す騎馬の集団を、ヘルムトは祈りを込めて見送った。

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