7. 軍営会議
ヘルムトは二日後にようやく解熱し、三日後に起き上がれるようになった、と聞かされた。
早速その日の昼に幹部会議が行われるから参加してくれと伝えられる。
アルロとベンは大部屋の会議室に向かった。
剥き出しの木を削っただけの簡単なテーブルだった。調度品の類は一つもなく、本当に必要最低限の家具だけが置いてある。
ヘルムトの座る大きなテーブルを十数名が取り囲んでいた。ヘルムトの隣の席が空いていた。他に席は空いていないのかと見渡していると、ヘルムトに手招きされた。まだ全員は集まっていないのか、がやがやとしている。
「アルロ君、こっちこっち」
「ヘルムトさん……」
アルロが近づくとヘルムトは力のない笑顔を向けた。その背後でサンが世話の為に控えているようだった。
「やあ、ごめんね。すっかり寝込んじゃって」
謝ることなど何もないと言うのに。
もっと色々と案内をして、紹介したいことも色々あるのに、もどかしい——そう言っているような、苦笑のようなものを浮かべている。
「体は、いかがですか」
「もう大丈夫だよ」
そうは言っても、顔色は非常に悪い。頬も更にこけて、目の下のクマは黒ずんでいた。
「……………」
「そんな顔しないでよ。ほら、ここ座って」
「いえ、僕はもっと——」
向こうの隅の方で——そう思うのに、ヘルムトは譲らなかった。
「ペンシルニアからの客人を末席になんて座らせられないでしょ。ほら、私の隣に座って、助けてよ」
ヘルムトがポンポンと椅子を叩く。
アルロは周囲の視線を窺った。目が合うとみんな会釈して迎え入れてくれる。ヘルムトの横に座ることに特に反対はなさそうだった。席順に意味はないのだろうか。そう思っていると、ヘルムトの向こう側にヒューケが、アルロの横にはスタンレーが座る。アルロは軽く頭を下げながら椅子に掛けた。背後にはベンが立つ。
会議がある程度終わってから紹介くらいはされるか、もしくは会議の場に呼ばれることもないかと思っていた。初めからこれほど内部に入れられるとは思ってもいなかったから、アルロは少し驚いていた。
ペンシルニアからとはいえ、内通を疑われたり、逆に掌握されるのを警戒したり。そういうのはないのだろうか。
「アルロ君が何を心配してるのかわかってるけど、その心配はいらないよ」
ヘルムトは静かな声でそう言った。
「私達はね、なりふり構っていられないんだ」
会議の参加者は揃ったようだった。いつの間にか静かになって、それぞれヘルムトの言葉に耳を傾けている。
「革命軍は、勢いに乗ってここまできた。人も武器も魔力も、数では何一つ勝てない国軍に対して、計略や離反なんて気にしてる余裕はない」
すべてのものをそぎ落とし、力になると申し出た者は無条件で受け入れた。ただシャーン国政府を倒す事だけを目指し、前進だけしてきたのだ。
「我ながら危険な綱渡りだとは思うけどね。相手が馬鹿でなければ、とうの昔にこちらが壊滅してただろうな」
ヘルムトは冗談めかして言っていたが、出席した面々のどの目も、鋭く底光りしていた。それぞれが確固たる信念を持ってこの場にいる。おそらくは、義侠心のような高潔な志というよりは、各々の復讐心に近い。少しでも突けば抑えきれない激情が溢れ出てきそうだった。
「——だからこそ、最終局面になって、今、全軍衝突となると被害が甚大になりそうでね。どうしたものかという話が——今日だ」
これが会議のはじまりの合図だった。
ヒューケが立ち上がる。
「では、まずは戦況報告から始めましょう」
ヒューケが促すと、スタンレーが立ち上がった。テーブルの上のシャーン国地図を指す。
「アルロが仲間に入ったから、改めて説明するぞ。これが首都、俺達がいるファネリアはここ。緑が制圧済み、赤が戦闘中だ。革命軍の制圧した街道も緑にしている」
ほとんどは緑に染まっており、大きく3つの都市が赤で残っている。街道も蜘蛛の巣のように緑に張り巡らされている。細々と赤く細い道は残っているが、どこも主要都市とはもう繋がっていない。ただ、地図のうち、最も多いのは黒色だった。
「黒いのはもしかして……」
ほとんどの街の名前はあまり報告書に上がってこなかった名前だった。
「既に壊滅した街だ」
スタンレーの声は事務的にも聞こえた。アルロが会計報告書を見るようになった時には、もう既に。おそらく随分前から、もう壊滅していたのだろう。
その数が思っていた以上に多く地図を塗りつぶしていた。
ここから、息を吹き返すのは至難の業に思えた。本当に一刻も早く首都を制圧しなければいけないと思う。
「三都市の戦況は」
ヒューケの質問にスタンレーは続けた。
「北のイカルドは、まだ街の門を突破できないまま、雪が降り始めた。このままだと厳しいな。シエラリードはほとんど制圧したが、街の首長が教会に立てこもっていて膠着状態だ。その隣のアリアドは周辺の軍隊を吸収し、ついにはこっちの数を上回った。領主の侯爵が住民を地下牢に入れて人質にしているから、街には近づけなくてな……」
「首都からの知らせは?」
「相変わらずだ。固く城門を閉ざしている。魔術師が多いだろうという事は分かるが、正確な兵数はまだ分からない」
籠城戦になってからは、ペンシルニアの間諜とも連絡が途絶えている。おおよその数を予測するしかできなかった。
「地下道は」
「一つは見つけた。まだあるかもしれないし、首都に残った国民を思うと……」
「戦闘が始まれば、間違いなく盾にされるだろうな」
ここまで来て、ヘルムトが口を挟んだ。
シャーン国の戦い方の基本だ。国民を盾にして、その間隙から攻撃を仕掛ける。
ここのところ、膠着状態となっている大きな理由がそこにあった。
正攻法で戦っても、勝てなくはない。戦力を分散しても勝利を収められる目算なだけの兵力はある。ただ、国民の被害はおそらく相当なものになるだろう。
「今日こそは順番を決めたい」
スタンレーが声を上げる。間髪を開けず、参加したメンバーから次々に声が上がった。
「首都だ。頭を落とせば三都市は自然と下る」
「いや、首都を攻めている時に呼応して進軍されたら、こっちの被害が大きい」
「だが首都を攻めるのに、ここにいる数だけでは足りないぞ。三都市の兵力をこっちに割いてる間に向かってこられたら」
「だから、三都市を落とせば、軍隊はここに集中できる」
「いや待て。三都市を落とせたとしても、そこで削がれた戦力を補うのに、後どれ程……」
ここで、微妙な間ができる。
要するに、時間がないのだ。
ヘルムトが健在なうちに首都を落としたい。だから焦っている。
どうやらこの議論は何度も交わされてきたもののようだった。
三都市と首都、どこを先に落とすのか。
「——私は、アルロ君の意見を聞いてみようと思って」
ヘルムトの言葉に一同の視線がアルロへ集中する。なんとなく質問されるような気はしていたから、アルロは地図を見たまま率直に意見を言った。
「後顧の憂いは断ったほうがいいと思います」
それぞれの街の規模は把握している。
今ある戦力で考えるなら、三都市制圧はほとんど被害のない状態でなければ、首都攻防の最終戦には不安が残る。何といっても首都には魔術師がいるのだから。
「最も優先度の高い北のイカルドを先に落としてから、アリアドとシエラリード、二都市同時に落としてはどうでしょうか」
「それは、ペンシルニアの方々が加勢してくれると思っていいのか」
スタンレーの質問にアルロはベンを振り返った。
「俺はアルロと行動を共にする」
ベンが念を押すように言った。アルロは一人でも街を解放できると思った。——が、戦争を経験したことのない自分が、闇魔力があるからといってそう思うのは慢心だ。
アルロは頷いた。
「僕達が、まずイカルドに向かいます」
ヘルムトが何も言わないのを見ると、きっとアルロがそう言うのを期待していたのだろう。
アルロがイカルドに行けば、城門を開けるのは容易い。ベンらがいれば制圧も難しくないだろう。そうすればイカルドにいた兵は、無傷のままファネリアの本隊と合流できる。
「制圧後、アリアドにも向かいます」
両方に向かうと言われて、会議のメンバーが顔を見回せた。そんなにあっさりと請け負われるとは流石に思っていなかったのだ。
アルロとしては、ベンらペンシルニアがいればアリアドも制圧できるだろうから、革命軍には教会に立てこもるシエラリードの領主を落としに向かってもらえばいいという考えだった。
被害は最小限になるだろう。自分の魔力の事を話すか迷ったが、ヘルムトが敢えて言っていないうちは話す必要もないかと思う。
「——もちろん、私も行くよ」
「は!?」
スタンレーが即座に反応した。
「何考えてんだ!座るのもやっとの奴が!」
椅子を蹴りとばしそうな剣幕だったが、いつもの事なのだろうか。ヘルムトはへらへらとした笑みを浮かべたまま動じなかった。
「アルロ君に、おんぶにだっこじゃ駄目でしょう」
「ひょいひょい行ける体じゃないだろうが、お前は!」
「いい加減大人しくできないんですか」
両側から二人に詰め寄られてもヘルムトは動じない。少し咳き込んでサンが水を渡して、逆にスタンレーとヒューケの方の勢いを削がれた。
「アルロ君に任せたら簡単だってわかってる、私も初めはそのつもりだった。でも今は違うんだ」
人々は不思議そうに顔を見合わせた。
アルロに任せたら、という部分も疑問だし、戦力としてではなく、ヘルムトがアルロに何を期待しているのかが分からない。
「どう言い訳したってこれは戦争で、人殺しで、とてつもなく悲惨な場所に行くんだ。君一人を送り出すようなことはしない」
もうずっと前からそう決めていたというように、ヘルムトはアルロを見て言い切った。
こういう言い方をしているヘルムトは、絶対に言う事を聞かない。どれほど反対しても、それを押し切ってペンシルニアへ出かけていき、支援をもぎ取って帰って来た。今回も、不調を押してファンドラグへ行っただけの成果はあって、国単位の支援まで持ち帰って来た。
スタンレーとヒューケが苦々しい顔を見合わせた。
アルロはしばらく黙って、考えていた。
かつてヘルムトは、アルロに母親を探してやるから革命軍に加わらないか、と言って誘った。その時アルロは、人殺しは二度としないと強く拒んだ。今でもその時の気持ちは、大きくは変わっていないと思う。
この手で奪った命があるという事、それでも許されてきた今日までの日々を考える。次にこの手に掛ける命は今までとは比べ物にならないかもしれない。それについての怖さはもちろんある。自分の中で何かが変わってしまうのではないかとも思う。
でも、アルロには目的がある。目を閉じるだけで鮮明に浮かぶマリーヴェルを思えば、きっと自分はやり遂げられるだろうと思えた。
「——ヘルムトさんには、ここでやることがありますよね」
「え……?」
「ブラントネル王国初代国王として建国を宣言するんですよね」
「いや、でも——」
「僕には公爵様が預けてくださった騎士がいます。ヘルムトさんについて来ていただかなくても大丈夫です」
どの騎士も、十数年前の戦争を経験したことのある騎士達だ。アルロの心内を見越して、ライアスが決めた人選に違いない。
ヘルムトは更に言いつのろうとしたが、アルロも譲るつもりはなかった。
ファンドラグからファネリアの平坦な道のりでも熱を出した体が、行軍に耐えられるとは思えない。
この会議の雰囲気からも、ヘルムトがどれほど心配されているのかよくわかる。連れてはいけない。
「時間がないと言っていたのはヘルムトさんです」
アルロの静かな黒い瞳にじっと見つめられて、ようやくヘルムトは諦めたような息をついた。
「……わかったよ」
「えっ、行かないのか」
思わず、と言ったようにスタンレーが声を上げた。ヒューケも驚いた顔でヘルムトを見ている。
あの頑固なヘルムトが、言う事を聞いた。
信じられない、というように、誰もが驚いてまじまじとアルロを見つめていた。
自分の闇の底を見たアルロだからこそ、今、自分はやり遂げられるだろうと確信できる
他者への信頼より、自己への信頼が難しかったアルロが。
という。成長…




