5. 本拠ファネリア
翌朝早くに街を発ち、1日かけて一行はブラントネル革命軍本拠地へ向かった。
首都のすぐ隣の街である。
昨日はサンが支えて馬を走らせたが、サンも疲労の色が濃かった。アルロの馬の方が丈夫だし、何より反動が少ない走り方をする。この日はヘルムトはアルロと共に馬に乗った。
拠点の街の名はファネリア。歴史の古い町だった、とヘルムトが説明してくれた。
シャーン国に入ってからというもの、ヘルムトは細かい説明をしてくれている。体がつらいはずなのに、アルロに説明するのは嬉しそうで。——ただ、そのほとんどが過去形なのは、聞いていて何とも言えない気持ちになった。
ファネリアにも、無事な建物は一つもなかった。どこかしら崩れ、ひび割れた家。道もでこぼこで、水路も壊れている。
これで人がいなかったら間違いなくゴーストタウンだと思われただろう。
「——ここは首都攻撃の要となるのは分かっていたから。シャーン国軍の抵抗もすさまじくてね」
あれは教会、あれは市庁舎だった——そう説明する建物のどれもが原形をとどめていなかった。
ここファネリアが陥落したのが、つい先月。これにより首都はほぼ封鎖された状態にある。その最大の岐路でもあった戦闘の影響で、ファネリアにはあちこちに兵士がいるが、怪我をしている者もまだ多かった。
シャーン国の主要な貴族は、現在首都に立てこもっている。その首都は遠くに建物の形が見える、おそらく、馬で20分程度でたどり着く距離だ。
ファネリアは現在、街というより前線基地という雰囲気だ。本拠地のファネリアにはペンシルニアからの支援物資も多く運ばれてくるようで、所どころにペンシルニアの家紋を見かける。
アルロに同行したペンシルニアの騎士は10名。いずれも騎士服を脱ぎ黒い服で身分を隠しているが、騎士服を着ていても違和感がないかもしれない。
昨夜の街と大きく違ったのは、街の人々の表情だった。
一言でいうならば、希望。
兵士はもちろんのこと、非戦闘員であるただの街の住人ですら、いざとなれば武器を取って戦う、革命の為なら——そういう一丸となってブラントネルを興そうという機運を感じた。
「ここだ」
街に入ってしばらく後、ヘルムトが言って一行は馬を止めた。
街の中心部に近い。元は学校か何かの建物だったようだ。広い運動場は所狭しと天幕が張られ、煮炊きの火が上がっている。
建物の中から走ってくる人影があった。
「ヘルムト!」
巨体の男が野太い声で呼ぶと、ヘルムトは片手をあげて気楽に答えた。
「やあ、ただいま」
「先ぶれを寄こせと、あれほど……!」
「そんなところに人手を割く暇があったら、他に使った方がいいだろう」
アルロは先に馬から降りて、ヘルムトに手を貸した。ヘルムトが降り立つと肩で支えて、並んで立つ。
「無事で良かった」
そう言って落ち着いた声音で話すのは、もう一人の男。巨大な男と違い見るからに文官という格好に細い体、提げているのも短剣のみだった。
「アルロ、紹介するよ。私の仲間だ。軍事全般を任せてるスタンレーと、財務全般を任せてるヒューケ」
紹介されて二人と目が合う。アルロがフードを外し、その途端二人が目を丸くした。
驚きを隠せない、といった様子だ。
ここまで純粋な漆黒を持つ子供は、今ではシャーン国ではほとんど見かけない。
しかもアルロは軽やかに馬から降りたかと思うと、ヘルムトの体を軽々と支えていた。健康そのもの、体力のある丈夫そうな身体を待つ若者だ。
次第にぞろぞろと建物から人が出てきて、アルロ達はいつの間にか取り囲まれていた。
「一体……その人達は」
アルロの背後にも視線が行く。
どう見てもただ者ではないペンシルニアの騎士10名が、
「ここにいるのは、革命軍の中心メンバーだ。あとで紹介するよ」
ヘルムトがそう言うから、アルロはぐるりと周りを見渡した。幹部という事だろう、15人程度いるようだった。
「はじめまして。アルロです。今日からお世話になります」
アルロはただ静かにそう言ってぺこりと頭を下げた。
目を瞠るほどの黒を持ちながら、堂々とした佇まい。それに加えて、大人に囲まれて注目されても物怖じしない。
「一体……」
スタンレーはただただ不思議そうにアルロとヘルムトを見比べた。背後の騎士らも見ながら、困惑顔だ。
「まさか」
ヒューケには思い当たる事があったようだ。
「なんだ?」
「ほら、一時期ヘルムトが、誘いたい子がいるってファンドラグに通っていた」
「ああ!——っえ、お前、ついに攫ってきたのか!!」
「そんなわけないでしょう」
「だって攫いでもしなけりゃ、誰がファンドラグからわざわざこんな所に……」
「まあ、縁がないわけじゃないんだよ。アルロ君は元々はシャーン国の生まれでね」
「では、この子が——」
ヒューケはまじまじとアルロを眺めた。
「ああ、『影の大君』だ」
ヘルムトの声は決して大きくはなかったが、取り囲む幹部の耳にはしっかりと聞こえた。ざわめきがどよめきに変わり、軽く空気を揺らすように伝染していく。
「ヘルムトさん……」
アルロは困ったような顔をした。
そんな紹介のされ方をしても困るのだが、ヘルムトは本当におかしそうに笑って見せた。
「僕の事……」
そう言えば聞いていなかった。一体どういう風に説明しているのか。
ヘルムトはアルロにだけ聞こえるような小声で囁く。
「私は自由にやらせてもらってるからね、手紙のこと以外は、みんな知らないんだ」
では、アルロが闇の魔力持ちで、そのためにヘルムトが度々勧誘に訪れていたことも。
「言わないんですか」
ヘルムトは、魔力の事は公開しても大丈夫、と言っていた。それにしてはもったいぶっているような。
そう思っているとヘルムトが楽しそうにまた笑った。
「うん、まだ内緒」
ふふふ、と笑う様子にアルロは微かに眉を寄せた。
「——おお、アルロ君のそう言う表情は珍しいね。いつもポーカーフェイスなのに」
「…………ヘルムトさんがそうやって笑うと、嫌な予感がして」
「ははっ」
ヘルムトは今度は声を上げて笑った。それを見て仲間らがまた驚く。
ヘルムトがこんなに嬉しそうに笑うのは、随分と久しぶりだった。病気の症状が出始めて体が思うように動かなくなってからは、焦りも強く、ピリピリとした日が続いた。それ気取られないようにと気を遣っているのが、昔からの付き合いでわかるからこそ。
——それが、このアルロの前ではヘルムトが笑っている。ヘルムトは本来、つかみどころのないへらへらとした男だった。そう、こんな風に笑うんだった、と仲間たちは思った。
「——とにかく、休んだらどうですか」
アルロの心配しての提案に、ヘルムトはようやく笑いを止めた。
「ありがとう、あと少しだけ。——あとね、こちらはアルロ君に付き従うペンシルニアの上級騎士10名の方々」
「なんと……」
ペンシルニアの上級騎士といえば、ファンドラグの最高峰の騎士団。魔力量も剣術も操るトップクラスが10人もいれば、街を陥落させられる程の力を持つ。
これまで物資の支援だけでも膨大な量だったというのに、ついにはペンシルニアが軍事支援まで——。平民も多いブラントネル革命軍では、そもそも魔力持ちも珍しい。軍の長に一人いるかどうか、という程度だ。
そこまで思うと、わずかな不安も生じてくる。
「彼らはあくまでアルロ君の保護者の皆様だから」
ヘルムトが空気を読んで、それもヒューケに向けて言うのを見て、アルロはこの人が……と視線をやった。
ヒューケもスタンレーもおそらくヘルムトと同年代だ。銀の混ざった紫の髪を後ろで一つに括り、隙のない印象の人だった。神経質そうな顔つきに、あの緻密な数字の報告書を出しているのはこの人だったのかと思う。
「じゃあ、私は休ませてもらおうかな」
ヘルムトがそう言って、とりあえずその場は解散となった。




