表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
外伝 アルロ・ペンシルニア・ブラントネル

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

231/251

3. ブラントネルへの道

「アルロ、ごめんなさい。私、まだブラントネルには行けない」

 15の誕生日、マリーヴェルは改まってアルロにこう話した。

 それまではずっと、15になればアルロの所に嫁ぐと公言してはばからなかった。それが、いつからだろう。

 勝気な瞳に、時折憂いの色が浮かぶようになったのは。

 迷いなく信念を貫いていた姿が、突き進むだけではなく、一人で止まるようになった。

「何か、ありましたか?」

「うまく言えないんだけど……今の私じゃ、まだだめなの」

 そう言ってマリーヴェルは、近頃よくする、憂いを帯びた瞳を伏せるのだった。


 二人で興している事業も順調で、観光業もブラントネルの刺繍の販売も軌道に乗っていた。収益が安定してきて、国家を潤している。マリーヴェルの功績がブラントネル国内でも知られ、未来の王妃への期待は大きい。

 下地は整えられた、マリーヴェルには絶対に不自由な思いをさせない、そうアルロは思っていた。

 忙しさの合間を縫って、アルロは季節ごとにペンシルニアを訪れていた。どれほど忙しくても、馬を走らせてマリーヴェルに会いに来ていた。

 マリーヴェルは可愛らしい少女の顔から、次第に美しい大人の女性へと成長した。

 流れるような優雅な所作に加え、我儘で勝気と言われていた言動は鳴りを潜めた。持ち前の社交的な性格を活かし、既に社交界での影響力も大きい。

 魔力がなくとも、事業の才とその美貌と、何より人脈はマリーヴェルの強みになっている。ペンシルニアの銀花と呼ばれ、求婚状が後を絶たないほどだった。

 それでも、マリーヴェルはまだ15。ペンシルニアから離れるのも心細いだろうと思い、アルロは分かりました、と言った。

 それが、1年前。

 益々増える求婚はついには他国からも届くようになっていた。

 待とうと思っていたし、いつまででも待てると思っていた。

 そもそもはじめ、アルロがペンシルニアを発つ決断をしたのは、ただマリーヴェルのため、それだけだった。

 シャーン国は故国とはいっても、全くと言っていい程愛着もなかったし、覚えていることもほとんどなかった。ただその争いが、ファンドラグにも飛び火するかもしれない——シャーン国は光の魔力を執拗に狙っているから、禍根を残してはいけない。そう思ったからだ。

 例えマリーヴェルと結ばれなくても、彼女の進む道が安全で自由なものになれば、それだけでいいと思っていた。

 それが、今は。

 ——貪欲になったと思う。遠くから見ているだけでは足りなくなったし、触れたいと思ってしまう。なんて欲張りなんだと思うけれど、マリーヴェルが応えてくれたから、望んでもいいんだと思って。

 けれどブラントネル国王という肩書を持ってしまった。遠くから見ることも叶わなくなり、背負うものが大きくなるにつれて、突き進めば進むほど、マリーヴェルの存在が遠のいていくような気がしていた。

 マリーヴェルは、来月16になる。——春には成人の式典に参加し、大人の仲間入りを果たす予定だ。

 アルロは焦っていた。

 かつて、マリーヴェルが世界の中心で、彼女の幸せがそのまま自分の幸せだった。そこに自分の感情はなかったというのに。

 その焦りを、ライアスに殴られて初めて自覚させられたのかもしれない。

 マリーヴェルの心がどこにあろうと、自分は彼女を守るだけだと、どうして言えないのだろう……。




 ファンドラグからブラントネルへの道。

 もう幾度も駆け抜けた草原を、ただひたすら全速力で駆けた。

「——っわ」

 駆け足を続けていたせいで、馬の足が少しもつれてこけそうになる。

 バランスを崩したところを何とか持ち直し、アルロはスピードを緩めた。

「——どう、どう」

 黒く光る毛の首筋を叩いてやって、更に速度を落とす。

 馬はチラチラと白い縁取りの目をアルロに向けてきた。まだ走るのか、と訴えているようだった。

「そうだな。ゆっくり行こう……」

 アルロはそう言って、並足にした。

 日が沈みかけている。

 草原の地平線から空が赤くなって、アルロと馬の影を伸ばしていった。

 アルロは目を閉じた。馬の体が揺れるのを感じ、鐙が踏みしめる大地の硬さが伝わってくる。

 自分の中にある——その深淵の闇の存在を自覚する。それは消えることはなく常にそこに存在し続けている。これを二度と放たないと決めていたし、今では完全に制御の中だ。

 けれどこんな日は……どうしても考えてしまう。

 ペンシルニアを発った日。いつでも帰ってきていいと言われて送り出された。

 祖国を選んだ自分は、ペンシルニアにとって裏切り者ではないのか。後ろ足で砂をかけるような真似をして、再びペンシルニアの地に立っていいのだろうか。そう思う度に、とてつもない孤独と恐ろしさが襲って来た。

 そんな時はいつも、マリーヴェルの姿を思い浮かべ、その香りを思い出す。

 アルロにとって、マリーヴェルとの出会いは劇的だった。苦しみの中、終わりのない闇の中で、マリーヴェルだけが色を持って近づいて来た。強烈な眩しさなのに温かく、まだ小さな手で抱きしめ、根気強くいつも慰めてくれた。

 尊くて、神聖で、強くて美しい人。

 マリーヴェルを思えばこそ、深淵の闇は制御できた。

「やっぱり会ってから帰ればよかった……」

 目を開けて、振り返る。ファンドラグの街はもう遠く地平線の向こうで、建物の影も見えなかった。


***


 ——初めてこの道を駆けた時、隣にはヘルムトがいた。

「後悔はさせないよ」

 呼吸をするのもつらそうなのに、ヘルムトの顔は晴れやかだった。

 アルロがともにブラントネル軍へ加わると言ったからか、その先の未来を見通しているからなのか。

 つらくてたまらない様子なのに、ただただ嬉しそうに顔をほころばせていた。

 一人で馬に乗るのも難しいから、サンが一緒に乗って、後ろから支えている。馬車を使ったらどうかと聞いたら、目立つからだめだと言われた。

「ここを越えるとシャーン国だ」

 涸れそうな小川を通る直前、ヘルムトがそう言った。

 まるで別世界だった。

 草は枯れ、土と言えるのか、黒く焦げた焦土だけがただ延々と広がっている。

 土も岩も、全てが黒く変色して、そこには二度と植物は生えないように思えた。

「草も生えない、というのは比喩かと思ってました」

 シャーン国の大地は、もはや草も生えない。新聞記事にそう書かれていたのを思い出す。

「ああ……それなら良かったんだがな」

 サンに体を支えられながら、ヘルムトが力のない声を上げる。

「人を焼いたんです」

 サンが後を継いで説明した。

「逃亡する民衆を軍隊で取り囲み、生きたままに。見せしめの為にその炎は5日間燃やされ続け……そのせいか、何ヶ月もたった今でも、この辺りは黒焦げのままです」

「……………」

 黒ずんだ土を踏むたびに、人の焼ける臭い、草木の燃える煤の臭いが、漂ってくるようだった。

 アルロに続くペンシルニアの騎士らも、誰一人言葉を発することができなかった。

「本当は本拠地まで一気に行きたいんだけど」

 昼を過ぎたあたりで、遠くに街並みが見え始めた。

 駆け抜ければ首都近くの本拠地まで1日でたどり着くが、ヘルムトにその体力はない。革命軍が掌握している街の内の一つで一晩泊まって、体力を回復させてから明朝本拠地に向けて発つ計画だ。

「いえ、街も見たいですから」

 アルロは本心からそう言った。報告書で聞いていた状況と比べて現状がどうなっているのか、この目で見ておきたいという気持ちが大きい。

「地方の街を見て、衝撃を受けるかもしれないけど——その、なんていうか……」

「後悔させないのでは」

 歯切れの悪いヘルムトに、アルロは先ほどの言葉を引っ張ってきた。

「や、まあ、ゆくゆくはね。ただ、その……本当に悲惨だから」

 ヘルムトのその言葉は、確かにその通りだった。


 地獄という場所を描くなら、ちょうどこんな光景かもしれない。

 家のほとんどは崩れ落ちて原形をとどめていない。焼かれた跡もあちこちに見られた。まばらに見かける人はひどく痩せ細り、骨と皮になってほとんど動くこともない。膝を抱え、路傍に気の抜けた様子で存在する。ただ、どこか遠くを見つめていた。

 夜になると、街の人は簡易のテントで身を寄せ合って暮らしている。火を燃やす薪もろくにないから、煙も立っていない。ヘルムトの仲間が食料を配った。固いパンだったが、一人ずつ、それを拝むように受け取っては、数人で分け合って食べている。

 今夜はここで泊まる、というテントの前で、ヘルムトはペンシルニアから来た面々の表情を窺った。

 想像以上のひどさに、誰もが深刻な顔をしていた。

 すぐ隣の国だと言うのに、ファンドラグとの差があまりにも大きい。

「連れてきておいて言うのもなんだけど……がっかりしないでほしいんだ。僕は、これでも……」

「回復します」

 きっぱりとアルロは言った。

「王権を早期に交代させ、僕たちが復興へ舵を切れば。——必ず、回復させましょう」

 アルロが言った言葉に、ヘルムトが笑った。

「はは。君は……すごいな」

 これでも、復興の希望はあると思うんだ。何故なら——そう説明を続けようと思ったのに。

 ヘルムト以上に、アルロは断言した。それも信じて疑わないように。

 恨みもある祖国だろうに、全力でそれに手を貸してくれると言う。

 ヘルムトの笑う声には力がなかったが、その目は少し涙が滲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
我が子も20歳なんよな...とふと思い 重すぎるよー背負っているものが、まだまだ遊びたい盛りじゃないかい 自分の力だったり、国、民、権力、、、 そこに、マリーとの今後を脅かす存在だなんて、頭パンクする…
私はやっぱりアルロ推し!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ