1. 決闘
皆様
改めまして
お読みいただきありがとうございます。
外伝なので、今回はアルロのお話になります。
更新は、週に1-2回はしていきたいな……を目指しております_φ(・_・
またしばらく、どうぞよろしくお願い申し上げます。
辺りはしん、と重い静寂に包まれていた。
ファンドラグ王国、武術大会で使用される闘技場。王城に隣接して建てられているそこは、巨大なスタジアムのような形になっていて、闘技のみならず式典にもしばしば使用される。
その闘技場の真ん中に、今は2人が向かい合って対峙している。
それを見守る観客は決して多くはない。黒と紫の騎士服の王国騎士団、赤いペンシルニア騎士団それぞれが半分ずつくらい、闘技台を取り囲むようにして見守っている。
緊迫した空気の中、誰一人として声を発しないから、ごくり、と誰かの唾を呑み込む音まで聞こえてくるようだった。
「——剣を取れ」
対峙した両者の片側に立つ——ライアスが低い声を放った。その手には実戦で使う剣が握られている。
ライアスにそう言われたもう片側に立つのは、アルロだった。
対峙すると体格差がどうしても目立って、小さく見える。煌びやかな貴族らしいライアスの衣装に対して、質素な衣服に、黒髪黒眼だから余計にその差が際立つのかもしれない。
まるで虎と猫だ。
「真剣で、ですか……?」
しかし、対するアルロの声も、静かだった。特に緊張してもなさそうだし、慌てている様子もない。
むしろ感情的になっているのはライアスの方のように見えた。眉間の皺はいつも以上に深いようだし、睨み据える眼光はいつもの何倍も鋭い。まるで因縁の敵を見るような目をしている。その眼は今にも燃え上がりそうで、離れていてもびりびりと憤怒の感情が伝わってくるようだった。
「手加減はしない」
ライアスが剣を抜いて構える。驚愕にざわめいたのは見守る騎士達の方だ。
どんな状況でも、訓練においてライアスが真剣を抜き、更には手加減をしないなどと言い放つことは今まで一度もなかった。しかも、訓練に怒りの感情を持ち込むなど。
——いや、はたしてこれは、そもそも訓練なのだろうか。
一体アルロは何をしてこれほどまでにライアスを怒らせたのだろうか。
今日ライアスは非番のはずだった。
いつもより少し緩んだ王国騎士団の訓練場に突然二人が表れ、闘技場を借りるぞとライアスが言い放ち——今に至る。
ライアスは、謹厳実直を表したような人だ。公爵位という貴族の筆頭であり、また王族である光の君を妻に持つ王国一の果報者であると言われている。
当の本人はその地位に奢ることもなく忠実に職務をこなしている。有事の際には真っ先に前線に立つ、まさに国の盾であり剣として国王からの信頼も厚い。自分の発言や態度がどう見られるのかよくわかっているから、公の場において感情を表に出すことなどほとんどないし、だからこそ下の者も慕っている。
そのライアスが怒っているのだから、アルロは余程の事をしたのだろう。
かつてペンシルニアの後援を受け、瞬く間に頭角を現した少年。その後隣国ブラントネルの革命軍に加わり、先陣を切ってシャーン国を打ち破った時——アルロは僅か16だった。
ブラントネル王国国王として立位したのもその頃、今から4年前の話だ。
その後、ブラントネル王国は驚くべき早さで復興を遂げた。ファンドラグの支援があるとはいえ、周辺国が目を見張るほどのその治世は、民に寄り添う姿勢と共に注目されている。アルロは国内外から「迫害の長い夜を終わらせた黎明の君」と称賛されている。
まだまだ国はファンドラグの繁栄には遠く及ばないが、間違いなく息を吹き返し勢いを持っていた。
その渦中の若き国王は現在二十歳——その顔にかつての幼さはもう残っていない。精悍な顔立ちは研ぎ澄まされた静かで、涼やかな、少し線の細い印象だ。だが目元の優しさだけは昔と変わらない。
絶えず送られてくる縁談を断り続け未だ独身だが、それはひとえに、ペンシルニアの美しい姫君と恋仲にあるからだと噂されている。
そこまで考えて、見守る面々の脳裏に、まさか、と浮かぶ考えがあった。
ライアスが目に入れても痛くないほど愛情を注ぎ慈しみ育てた愛娘、マリーヴェルはもうすぐ16。
15で成人とされるブラントネルの文化で言うと、婚姻してもおかしくない年頃である。
「——丸腰で受けるならそれでもいい」
ライアスの眼には既に殺意にも似た鋭さがあった。
「もしくは、撤回するか」
アルロは目の前の剣を持ち、しゅっ、と音を立てて鞘から抜き出した。
「撤回はしません。覚悟もなく申し上げたりはしません」
剣を持ち、鞘を地面に投げる——それが落ちる音と同時に、ライアスが地面を蹴った。
大きく振り上げられた剣を、アルロは剣で受け止めた。ライアスは片手、アルロは両手だ。
「—————っ」
重い。
速い上に、とんでもなく重い一太刀だ。
真正面から受け止めず、流しているつもりなのに手がびりびりと痺れる。
間髪入れず、二撃、三撃目が撃ち込まれてくる。アルロはそれを受け止めるのに必死だった。
カン!ガアン!と、激しい金属のぶつかる音が響く。
ライアスは片手で素早い連撃を打ち込んでくる。そのどれもが渾身の力のように重かった。
このままではすぐに保たなくなる。
アルロは体を反転させて攻勢に出た。
しかし、すんでのところでかわされる。無駄のないぎりぎりでかわしながらまた打ち込まれるから、攻撃で隙を生じたらそれだけで致命的だ。下手に隙を作らないようにと思うと、攻撃に力が込めづらい。
目の前にライアスの膝が飛んできて、咄嗟に後方に跳びのく。
避けたはずが、すぐに追いかけてきてまた連撃を浴びせられる。
受け止めるのも、避けるのにも限界がある。そもそも正攻法で戦って勝てる相手ではない。
アルロは体を低く屈めて、瞬時にライアスの後方に回った。
素早さと体の柔らかさで勝負するしかない。
そう思い、大きく流れるように動いて攻勢に出る。しかし、それも軽く止められた。ぎりぎりで止めると言うのは、完全に動きを読まれている。四方からの攻撃のどれもが、軽くあしらうように受け止められる。
アルロは次第に息が上がってきた。一方のライアスはまだ平然としていた。アルロの方が動きが激しいものの、実力差があるのは明らかだった。
ペンシルニアの剣術らしく、剣の合間に拳や蹴りが飛んでくる。
「魔力を使ったらどうだ」
ライアスが挑発するように言った。
確かに、魔力を使いでもしなければこの熟練の軍人であるライアス相手に一太刀も浴びせられないだろう。
アルロの目がきらりと光る。
ライアスの動きが僅かに鈍った。
——『操作』を加え、ライアスの体を止める——はずだった。
手加減をする余裕もない。かなりの魔力を込めてライアスを拘束したつもりが、1秒にも満たない時間で、跳ね返された。
もう一度、僅かでも隙ができたら——そう思うのに、斬撃の最中、ライアスの動きはほとんどぶれることなく闇魔力を弾かれた。
魔力のせめぎ合いだけではない、今この場の戦いにおける精神力が、ライアスに及ばないのだ。
「この程度か!」
ライアスが怒鳴る。
アルロは歯を食いしばった。
これ以上深く操作するのは、危険だ。相手の精神を蝕むかもしれない。
アルロは操作をあきらめ、闇を集めた。一瞬でも視覚を奪えば。——そう思ったのに、それ以上の速さでライアスの剣の切っ先が鼻先まで届く。
咄嗟によけようとした先に、ライアスの拳が思いっきりアルロの頬に入った。
ガキッ—————。
骨が折れたんじゃないかという大きな音がして、アルロの体ははるか闘技場の端まで飛んで行った。
見守る騎士等が悲鳴に近いどよめきが起こる。
ただ殴っただけじゃない、身体強化を込めて殴っていた。
「うわ……死ぬぞ」
誰かの呟きに一同は恐ろしくなった。
こんなところで相手国の国王を殺したら、戦争が起きる。
しかし何より、真剣の勝負なのに魔力まで使うだなんて。——これでは本当の殺し合いだ。
「足りない」
ほとんど息も乱さず、ライアスは冷たい声を放った。
土の上でうずくまっているアルロにも聞こえた。ただ、目の前が真っ白になって、チカチカと星が飛ぶあまりの衝撃で、立ち上がることもできない。
「全く足りない」
やがて、アルロは何とか上体を起こした。既に剣は手から離れ、手も足も震えていた。打ち付けた背中が激しく痛む。口の中には血が滲み、まだ目が回っているような気がした。
気を失わなかっただけでも奇跡かもしれない。上体を起こすのがやっとで、それ以上は力が出なかった。
その様子をライアスは黙って見つめていた。
はあ、はあ、と自分の荒い呼吸の合間に、ライアスの言葉が重く響いて来た。
「早々に荷物をまとめて帰れ」
アルロは返事をする事すらできなかった。
両手を地面につけ、そのまましばらくずっと、ただ荒い呼吸を繰り返していた。




