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25.

 滞在している部屋は各自個室が与えられていたが、何となく皆、貴賓室の中心にある談話室に入り浸っていた。結局、一緒にいるのが日常すぎて、どこへ行っても集まってしまうのがペンシルニアの一家だった。

 アイラも今回はエイダンによって神出鬼没は封印されており、今日も談話室に全員集まってそれぞれ別の事をしていた。

 そこにサンがやって来て即位式の段取りを説明する。

 新興国だからだろうか、ファンドラグの戴冠式に比べると随分と簡素化された流れだった。

 シャーン国の国教が闇魔力を排除するものだったから、現在ブラントネルに信仰と言えるほどのものも教会もないせいかもしれない。

 礼式、戴冠式、そしてパーティーの約半日で終わる予定だ。

「あの・・・即位の礼式の後の戴冠式で、公爵夫人から、陛下に王冠を頂けないでしょうか」

「え、私?」

 シャーン国特産品の胡桃の殻を割っていたシンシアは、ハンマーを振り上げたまま驚いて止まった。そのハンマーをそっとライアスが受けとる。

「シンシア、危ない。やはり私がやりましょう」

 別に食べたいからしてるわけじゃない。おいしいけど。楽しいし暇つぶしにしていただけだ。心配なのか先程から食い入るように見ていたライアスは耐え兼ねたらしい。シンシアはとりあえずライアスにハンマーを渡して手を停めた。

「とんでもないわ、そんな大役。ライアスがするならまだしも・・・」

 ファンドラグなら神官がするが、ブラントネルにはまだ教会が整備されていない。ファンドラグ国王の名代というなら、代表はライアスだ。

 サンは手を組んで、きらきらとした目を向けてきた。

「貴方様は神の御遣いです。僕には夫人の背後から光が差して、眩しくて見れないほどです」

 本当に眩しそうな仕草をされるが、ちょっとわざとらしかった。

「そんな・・・」

「いいじゃん。冠渡す時にさ、光出して演出したらいいじゃん」

 ただ眩しいだけで使い道のなかった力がやっと生かされる、そうエイダンが言いながら、こっちは剣を磨いていた。明らかに適当に言っている。

「エイダン。ふざけないで」

「この国では光は特別ですから。シンシアが嫌でなければ、国民は喜ぶでしょう。私がしては、ファンドラグやペンシルニアの権威を想像させてしまう」

「でも・・・観覧しかしないつもりだったから、そんな厳かな衣装持ってきてないわよ」

 シンシアの中では戴冠式は最も荘厳な式典である。

 サンは明るく笑った。

「何しろ平民も多い中での建国なので、それほど格式ばったものにはならないと思います」

「え、じゃあソフィー、ズボンでもいい?」

「はい」

 サンが即答して、ソフィアが嬉しそうにしている。

 シンシアはサンが持参したリストを見た。ざっと参列者を見た所、貴族は半分くらいだった。後は解放軍出身で新たに貴族となった者、役職を得た者達。

「アルロはなんて言ってるの?」

「戴冠のお役目については、ご依頼したいと申し上げた所、一度お尋ねするだけなら、と」

 アルロが頼んだら断れないと分かっていて、敢えての沈黙のようだ。

「あとは、式に関しては、自由な式にしたい、とだけ。戴冠式の後すぐに舞踏会になるのもそのためです」

 体裁を整えて王国らしい威厳のある礼式は即位式典で行い、戴冠式以降はどんどん気安いものにしたいと言われている。もともとブラントネルの気風は農耕民よりも遊牧民が多く、自由を愛する所もある。

「将軍は笛を披露する予定です」

「笛?」

「はい。あの巨体に似合わず繊細な音を出すって、戦場では有名だったんです」

 一体舞踏会のどの部分だろうか。シンシアは進行表を眺めた。その横に綺麗に剥かれた胡桃が並んでいた。

「ライアス、そんなに食べないからもういいわよ」

「はい」

 ハンマーの音がしなかったから気づかなかった。ライアスは片手で胡桃を割っていた。

「近衛隊長は剣舞を披露すると練習していましたし。何かありましたら、皆様も是非」

「じゃあ私手品でもしようか」

「やめよう」

 アイラがポン、と打った手をエイダンが即座に止めた。

「何で?」

「アイラの手品は危険すぎるから」

「大丈夫よ。練習すれば」

「この前も僕を箱に閉じ込めて剣を刺したよね。僕じゃないと死んでたよあれ」

「またまたあ」

 なにやら不穏な相談をしている横で、ソフィアが手を挙げた。

「じゃあソフィア、点火する」

「点火?」

 マリーヴェルが怪訝な顔をした。先ほどから明日のティアラをどれにするか、広げてずっと睨んでいたから目つきが鋭いままだ。

「花火にね、火をつけるの。火柱上げようと思ったら、だめだってサンが言うから」

「そうね。ブラントネルの皆さんがびっくりしちゃうわね」

 シンシアがそう言ってサンを見れば、サンも苦笑していた。

 このままでは収拾がつかなくなりそうだ。

「出し物はとりあえずいいから。——戴冠式ね。分かったわ」

「ありがとうございます!」

 サンが嬉しそうに何度も頭を下げる。

「うーん。やっぱり赤かなあ。ドレスに赤が多いから・・・」

 マリーヴェルが悶々として呟いている。

 かなり力が入っている。本当なら、婚約者だと公言してしまいたいのに、ライアスがどうしてもだめだというから。せめてアルロのすぐ横で、仲睦まじい姿を見せつけてやりたかった。そのためには美しくて文句なしの格好と所作を披露しなくては、と気負っている。一ミリの妥協も許せなかった。

 乳母のレナもずっと付き合ってくれていたが、そろそろ疲れてきている。

「公女様、よろしければ陛下の王冠をご覧になりますか?」

 サンが気を遣って提案してくれた。

「え、いいの?」

「はい。実は陛下がお衣装を少し合わせようかとおっしゃって、やっぱりまだ早いか、とやめたものがありまして」

「うそ、やだほんと?」

 マリーヴェルが勢いよく立ち上がる。

「マリー!どこ行くの」

「アルロの所ー!」

 エイダンにそう返事しながら、あっという間にもう姿が見えなくなっていた。慌てて騎士が後を追いかける。

「お揃いにするの?新国王とおそろいはまずいんじゃない?それはまだ早いんじゃない?マリー!」

 エイダンが大声を出しながら追いかけようとして、アイラに捕まっていた。

 



 マリーヴェルがアルロのいるであろう執務室へ向かっていると、ちょうどそこから出て来た数人とすれ違う。

 マリーヴェルの背後にはペンシルニアの騎士がいるから、すぐに誰か分かったのだろう。慇懃に頭を下げてマリーヴェルが通り過ぎるのに道を譲った。

 マリーヴェルが簡単に膝を折って挨拶だけしておく。

「ごきげんよう」

 どこの誰かは知らないけれど、新王国の王城に出入りする人なら、いずれ付き合いの必要になる人かもしれない。そう思ってマリーヴェルにしては、かなり社交的に笑みまで浮かべたつもりだった。

 そして進んだ背後から、ひそひそと小さな声が聞こえる。

「見たか、あの瞳——」

「ああ、本当に光の御方が・・・」

 やや不快ではあるが、そう噂されるのは慣れている。気にせずマリーヴェルは通り過ぎた。

「あんな黒の者に?——力でペンシルニアを操ってんじゃないのか」

「それだな。私にも闇の力があればなあ」

 ははは、と下品な笑い声まで聞こえてきた。

 マリーヴェルは即座に立ち止まって、振り返った。

「そこ」

 十二歳の少女とは思えないほど低い声だった。

「聞こえていてよ。名前を名乗りなさい」

 マリーヴェルの誰何に、まさか言われると思わなかったのだろうか。頭を下げたままの三人は動かなかった。

「聞こえなかったの?頭を上げて名前と所属を名乗りなさい」

 顔は上げたが、三人はそれぞれ、お前が言えよと言うように視線を合わせるばかりだった。

 マリーヴェルが腕を組んでそれを睨みつける。

「今の発言はブラントネル国王陛下だけではなく、ペンシルニアへの侮辱だわ。捨て置けないわね」

 子供には分からないと思ったのか、少女一人、理解しても反論などしないと高をくくっていたのだろうか。

 誰よりもアルロへの侮辱に敏感なマリーヴェルが、許すはずもなかった。

「不満があるなら今言いなさい」

「そんな・・・我々は、ペンシルニアの方々への感謝を忘れた日はなく――」

「友好を結ぼうとしている両国がそれぞれの信頼の元でやっていこうとしているのに、片方に操られているって言ったのよ?それが侮辱でなくて何なの?」

 三人の貴族は押し黙った。顔はみるみる青ざめている。

 こんな子供に言われるとは思っていなかったのだろうか。舐められたものだ。

 マリーヴェルは自分の背後の騎士を振り返った。

「ベン卿、この者達の名は?」

「存じ上げております」

 ベンは知っているが、相手はベンを知らないようだった。

「私がまだただの客人で良かったわね。そうでなかったらこの場でお前達に剣を突き立てていたわ」

「い、一体・・・我々に、どう・・・」

「せいぜい家に戻って震えて待っているがいいわ。謝罪をするのなら国王陛下を通してなさい」

 マリーヴェルの睨みつける眼差しに、思わず貴族らは後ずさった。剣を突き立てていたというのも本気だったが、何よりマリーヴェルの怒気のはらんだ眼差しは、大人でも怯むほどの迫力がある。

 マリーヴェルはふん、と吐き捨てるように言って、また歩き出した。

「——お手を出されるかと思いました」

 ベンがこっそりそんなことを言うから、マリーヴェルは険しい顔のまま肩をすくめた。

「出しそうになったけど。アルロに迷惑がかかるかもしれないし」

「立派になられましたね。お嬢様」

「権力は、正しく振りかざすんだ——ってお兄様に言われてるから。上手にできたかしら?」

「はい。無礼を働いたと正式に抗議し、アルロが好きにできるようにすればよろしいでしょう」

 あんな陰口をたたく者だ、アルロに対しても反抗的に違いない。締め上げる口実ができたのなら、きっと役に立つだろう。

 ベンはそう思いながらも、マリーヴェルの成長に感心していた。

 マリーヴェルは鼻息の荒いまま、執務室をノックした。

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