13.再会
小屋周辺のシャーン国残党兵は残らず捕まえられた。アルロが連れてきた者の方が数は少なかったが、ベンをはじめとする精鋭揃いで、はなから戦いにすらならなかった。
「色々と、後手になってしまって・・・申し訳ありません」
「事情はよくわからないけど、あいつが脱獄のような事をして、ファンドラグに来て起死回生を計ったってことだよね」
「はい」
戦況を見守りながら、エイダンは一息ついた。細かい事情は聞かないとわからないけれど、元々アルロのことは1ミリも疑っていない。今はただ、再会できてほっとするばかりだ。
とりあえずこの集団を王城へ護送しようという事になり、撤収作業に入る。ここにいた兵士たちの拠点から押収品を整理しつつ、鉄格子付きの馬車まで用意されていた。
見慣れない者も多いのは、元解放軍の、現在はブラントネル王国の兵士達なのだろう。アルロが報告を受けて指示を出しているところを見て、エイダンは安心したような寂しいような複雑な心境だった。
「すっかり、馴染んでるみたいだ」
「元は成り行きでしたが・・・はい」
そう言うアルロはわずかに苦笑のような物を漏らした。
一際騒がしいのは、モイセスだった。拘束されている中で、ずっと叫んでいる。
「ひいっ・・・いたい、痛い・・・!血が止まらない!死んでしまう、死んでしまう!!治癒師を。頼む、ああっ、痛いい」
「——口を塞ぎましょうか」
配下の一人がひっそりとアルロに問い掛ける。
「焼け」
「ひいいっ!」
アルロの短い指示に、モイセスが悲鳴を上げる。暴れまわって、余計血飛沫が飛んで行く。
エイダンがやれやれ、と肩をすくめて、モイセスのなくなった右腕に手をかざした。一瞬強い光に包まれて、傷口は閉じた。
「うるさくしたら、元に戻すからね」
「・・・・・っ!」
モイセスは思わず口を閉じたものの、落ち着きがないのは変わらなかった。だらだらと汗を流しながら息を荒くしている。
辺りをきょろきょろと見渡してから、アルロを睨みつけた。
「くそ・・・何でだ。何故お前がここに!」
「何でと言われても。ファンドラグへ攻撃を仕掛けると知って、急いで駆け付けただけだ」
「そんな・・・どうやって国境を越えた!」
軍隊が国境を越えられるわけがない。通常、予定にない軍隊は集めるだけでも警戒されるものだ。ヴェリントのように。
アルロは淡々とした口調のままだった。
「普通に、アルロですって言って通って来た」
本当にそうしたのだろう。そうでなければ、たとえ機動性に優れた騎馬隊でもこんなに早く現れることはできない。
「当たり前だろ。アルロはペンシルニアの子供だ。いつでも顔パスなんだよ」
「馬鹿な・・・」
百歩譲って、通常時なら、簡単な手続きで通れたかもしれない。しかし今は混乱の戦時下である。そんな中で敵軍の軍団が国境を通過するなど。モイセスは全く信じられなかった。
絶望的な顔で王都を見下ろしている。
「ファンドラグと、ブラントネルが手を組むだと?有り得ない」
「何が有り得ないのか、そっちの方が理解できないな」
エイダンは本当に理解できなくてそう言った。
「こいつの仕業で王都が混乱して魔物があふれかえっているというのに、それを受け入れるだと?ファンドラグの連中は馬鹿なのか!」
「自分の物差しで世界を見ようとするから何も見えないんだよ。アルロがあの魔法陣を作ったなんて思う人間、ペンシルニアにはいないよ。一人も」
モイセスは勢いを失っていた。それでもまだ諦め悪く、ぶつぶつと言っている。
「それでも・・・例えそうでも、魔物にあふれた王都で、混乱は必須だ。そんな中、敵国の軍団が受け入れられるものか?魔法陣はいくつもある。地下水路に複数設置して・・・」
あれが複数あったのか、というエイダンの心配は、アルロによって即座に解消された。
「既にすべての魔法陣は無効化した」
「無効化?は?あれは消しても効果は消えない——いや、それに、一度発生した瘴気は二度と——」
「闇は僕の手の内にある」
アルロが手の平を上に向けた。そこからふわりと黒い靄が発生し、また手の中に消えていく。
瘴気を自在に操れるようになったのだろうか。
「苦しくないの?アルロ」
マリーヴェルが心配そうに尋ねるのに、アルロは穏やかな顔で頷いた。
「はい。出しっぱなしじゃなくて、入れられるようになったんです」
魔法陣から漏れ出た瘴気をアルロが引き受けてくれたのだとしたら。アイラは魔法陣の消去に集中できたはずだ。その上アイラの力が枯渇しても、もう脅威はない。
ほっとして、アルロの手元を見たエイダンは笑った。
「新しい発想だね、それ。僕もやってみようかな」
光を出し入れしても何の意味もない、ただの好奇心である。すっかり安心してそんな軽口を叩いた。
魔法陣もシャーン残党の襲撃も叶わなくなった以上、残る一手のヴェリントの軍勢に賭けるしかない——モイセスのその思考はそうだろうが、アルロの次の説明で打ち砕かれた。
「シャーン国残党と魔物はブラントネル軍が排除する。王都は任せて、ファンドラグの軍はヴェリント国境へ出発してください、と先ほど陛下と公爵様にも伝えてきました。それでうちの軍を入れたんです」
「は?馬鹿な。自国の首都を他国の軍に預けて王都を離れるわけ・・・」
「もう出立したようです」
「は・・・!?」
「ほんとだ。ペンシルニアも出発してる」
遠目に赤い集団と紫の集団が見える。あれほどの規模の軍が動けば、ヴェリントから仕掛けられた戦争は即時に終結するだろう。
モイセスは放心状態になった。あまりにも理解の外で、信じられないのだろう。
「アルロ様、準備整いました」
撤収作業を終えた配下が声をかける。
「じゃあ、出発しよう」
アルロがそう言うと、一行は王都へ向けて動き始めた。先に護送隊、後ろからアルロ達もついて行く。
ベンがエイダンに馬を一頭引いてきてくれた。
「ベンも、元気そうでよかったよ」
エイダンはそう声をかけた。それ程心配はしていなかったけど、顔を見るとやっぱり安心する。
「はい。やっと帰って来られて、ほっとしております」
長期の任務を終えて、本当にほっとした顔をしている。
アルロは自分の青毛の馬に乗って、マリーヴェルを引き上げた。マリーヴェルにこっちに乗るよう言おうかと思ったエイダンだったが、あまりにも幸せそうなマリーヴェルの顔に、口を挟めなかった。
馬に蹴られてしまう。
「——うわあ、この子に乗るのは初めてだわ。背が高いのね」
「はい。とても頑丈で、本当に賢い馬です」
「ほんと?良かった」
「ありがとうございます」
一緒にいることはできなかったけれど。自分が贈った馬がアルロを助けたのだと思うと少しは救われる。
アルロの横にエイダンが並んだ。視線の先には王都に入りそのまま王城へ向かっている黒い集団だ。ブラントネル王国の鎧は黒いのか、よく目立つ。
「アルロはあの軍団の中にいるのかと思った」
「僕とベン卿が先駆けて王城に行って提案したので」
使者を立てずに、アルロ自ら駆け付けてきた。
「そしたら、公爵様が、お二人がここにいるって教えてくださったんです。連れて来いというご指示で」
「は・・・」
エイダンは少し驚いた。
「念のために聞くけど、父上が手いっぱいだったわけじゃないよね」
今までなら絶対に助けに来ただろう。エイダンはともかく、マリーヴェルもいるんだし。影をつけて様子を探っていたのならなおさら、エイダンが負傷していることまで把握しているはずだ。
「はい。お任せくださいました」
「へえ・・・」
エイダンが思っていた以上の信頼を、アルロは得ているらしかった。
「僕が知っている以上に、もしかして色々と父上とやり取りしてたの?」
「え、どうでしょう」
「こっちはずっと心配してたのにさ。僕には寒くなってきましただの、花が咲いただのって時候のご挨拶しか来なかったけど」
「あ、すみません。手紙って初めてで・・・どんなことを書けばいいのか分からなくて」
ライアスに向けた手紙は報告書のような物だから、情勢を細かく書いていた。いわば仕事の書類だ。
それが私的な文書となると、途端に何を書けばいいのかわからなくなる。
アルロにとって、初めての友人への手紙だから。
「もう。——いいよ」
アルロの照れたような顔を見ると、あっという間に不満も吹き飛ぶエイダンだった。




