17. 王宮舞踏会
色々考えて、私は社交界復帰を決めた。
公爵夫人ともあろうものが、社交界から遠のいて引きこもっているからよくないんだ。
エイダンがまだ小さいし、と先延ばしにしていたのは、私の甘えでもあった。
「パーティーに行きましょう、ライアス」
夕食後のティータイム。一大決心をしてそう言えば、ライアスは驚いて口を開けたまま固まり、その後勢いよく立ち上がった。
「本当ですか!?」
「え、ええ」
そんなに行きたかったのだろうか。
「それは、私に貴方をエスコートさせていただけるということですね」
「ええ」
貴方がしなかったら誰がするのさ。
「夫婦仲の良さを社交で知らしめようと思いまして」
エイダンが物心つく前に。でなければ、心無い言葉がいつかエイダンを傷つけるかもしれないもの。
「一月後に、国王陛下の生誕祭があります。かなり大規模な舞踏会となりますが・・・」
「いいですね。それにしましょう」
「あの・・・当日は、貴方に触れることになりますが」
ライアスが遠慮がちに尋ねる。そんな当然なことも聞かないと不安にさせていたんだろうか。
「ライアス。仲の良い夫婦だとアピールしたいのです。そのためになら、どこに触れていただいても構いません。多少演技がかっていたとしても」
ライアスは頭を抱えた。
「シンシア・・・そのような発言は、危険です」
危険だなんて。
不能なのに?——いけないいけない。
デリケートな問題なのについ頭で考えてしまった。
失礼だったわ。
でもふとよぎってしまうのは仕方ないわよね。なにしろ、脳内が若くないから。触るくらいは危険じゃないし、とか思ってしまう。
これはよくない。
私は真面目な顔を意識して向けた。
「練習がいるようでしたら、それもしましょう。どう思いますか?」
現実には、寝室も別だし、屋敷が広いだけに、食事以外顔を合わさない日もある。
公爵家の使用人は優秀なので家内の事が外に漏れるようなことはないが。
ぶっつけ本番はちょっと心配だ。
ライアスは難しい顔をした。耳が赤い。
「練習・・・」
何を考えてるんだろう。
そういえば、手をつないだだけで赤くなってたな、この前。
それなら。
「そういえば、私ダンスが久しぶりで。練習に付き合ってくださいますか?」
「私と・・・ダンスを」
今度は驚いて固まってしまった。
踊ったことなかったかな。——ないな。
「決まった型があったほうが、緊張せず慣れていくかと思って。難しいようでしたら、そうですね・・・そちらは置いておいて、ダンスはオレンシア卿にでも」
「いえ!!」
負担のないように、と思った台詞だったが、またしても勢いよく遮られる。
「ダンスは私と踊るのですから、私と練習をしていただいた方が」
「そうですね。ライアスが平気なら、お願いします」
ライアスは満足げに頷いてから、ふと真面目な顔になった。
「——以前から気になっていたのですが・・・。オレンシア卿を指名するのは何故なのですか?その・・・神殿へ行った時も」
「重量運びが一番早かったからです」
「それだけですか」
「まあ、エイダンが懐いているというのが主な理由かもしれませんね」
オレンシア卿には年の離れた弟妹がいるらしく、扱いに慣れている。見ていても安心して任せられる。
ライアスには申し訳ないが、エイダンの幼児語も理解しているのでエイダンはオレンシア卿の方がよく懐いている。自分でやりたいエイダンの気持ちを上手に逸らしたり思うようにさせてやったりするのは、やはりさすがなのだ。
この前もライアスは、なかなか靴が履けず苦戦していたエイダンに横からさっと手伝って激怒されていた。
まあ、実際ライアスよりオレンシア卿といる時間の方が長いから仕方ないと思う。
そうですか、とライアスは納得したようだった。
しばらくして、ライアスがもじもじと聞いてくる。
「でしたら、その・・・装いを私と揃えるというのはいかがでしょうか」
「装いを?」
「あっ、その、あからさまな物にはしません。少しデザインを被せるとか、一部、同じ色を入れるなど・・・」
乙女のようだね。知ってたけど。
「私はドレスのことはいつも人任せで。お任せしてもよろしいですか?この際、ペアルックでも何でも構いません。私たちの家族の結束が強固である事を知らしめるよう、しっかりやりましょう」
「わかりました。必ずやご満足いただけるようにしますので」
ライアスは翌日、即座にデザイナーを屋敷に呼んだ。
生誕祭への参加の返事をして、急ピッチでドレスを仕立ててもらった。
そしてライアスに届いていた山ほどのエスコートの依頼の手紙を破り捨てた。
今まで気にしてなかったけど、既婚者にこれだけ多くの誘いの手紙を送って来るって、どうなってるの貴族界のモラル。怖すぎる。
ダンスは久しぶりすぎてかなり特訓を重ねた。
苦戦した1か月だったけど、ライアスが楽しそうだったから、まあ良しとする。
そして、本日。
実に4年ぶりくらいになるだろうか。
エイダンを乳母に任せ、パーティーに参加した。
この空気感、すごく懐かしい気がする。
到着すると案内人に連れられて王族の控室に通された。
公爵家は貴族の中でも入場は最後になる。控室で待っていようと思っていたが、初っ端から王家の方に呼ばれるとは。
つい3日前にも会ったばかりだというのに、国王は待っていましたとばかりに私たちを出迎えた。
「一緒に入場しよう、シンシア!」
「お断りしますわ」
呼ばれた時からそんな気はしていた。
「ええ?どうしてだ」
口をとがらせる国王に、私はやれやれと首を振る。
「お父様。嫁いだ娘が、国王陛下の横に立ったらおかしいでしょう?」
「おかしくない。これを機会に、私たちの結束が強固である事をアピールするんだ」
「あら。そうしたい噂話でもあるのですか?」
「まあね」
ティティが用事を終えて会話に参加してきた。
今日の舞踏会も、ティティが主に進行を担っているらしい。王家には今女主人がいないから、なかなか大変そうだ。
それもそつなくこなしているようで。家臣に恵まれているのもあるだろうけど、本当にどんどん成長して、姉としても嬉しい限りだ。
「姉上と父上の不仲の噂はまだ続いてるからね。そのせいで公爵と父上の仲まで悪いと思われたりして、よくないことを企むものもいるんだ。——とは言え、何も主役と一緒に登場しなくても、僕と一緒に出ればいいでしょ」
国王はメインの席だが、ティティはその脇に立つ。
親族としてその後方あたりに立つのなら、そこまで違和感はないだろう。
「そうしましょう。ライアス、どうですか?」
「私はどこでも構いません。貴方の横が私の場所ですから」
ライアス・・・顔が緩んでる。いや、今日おそろいの服を着てからずっと緩んでいる。
幸せそうで何よりだ。
「公爵は、いつものように護衛任務に就くのではなかったのか」
国王がじろりとライアスを睨む。
一人で入場するのが不満なようだ。
「部下に任せました。私が守りたいのはシンシアですから」
いやいや。王宮騎士団長がそれ言っちゃだめでしょ。王族の護衛が主な仕事なのに。
「お父様。ごめんなさい。お父様と腕を組み入場するのが大好きでしたけれど・・・嫁いだ身としては、荷が重すぎます」
これ以上ライアスが余計なことを言う前にと思い、国王にお断りをやんわりと伝えておく。
国王は相変わらず寂しそうな顔はしていたが、よしよし、と昔のように頭を撫でてくれた。
「わかったよ。行って来るよ。——ああ、早く引退したい」
何を言っているんだか。
そうして、国王とはまた別の扉から入場することになった。
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