14. 登城
ペンシルニア公爵家の登城は、即座に決定した。
あれから、まだ1週間だというのに。
ライアスが近く登城の願いを伝えた途端、明日にでも、ということで即座に決まった。
一応国王も予定が詰まっているため、1週間は空いたものの異例の早さだ。
今日は馬車の中にライアスとエイダンとの3人が乗っている。
乳母は後ろの馬車からメイアと共についてきていた。
馬車は城の中に入り、そこから更に2つ目の城門をくぐった。
内城まで馬車で入れてしまうのは、公爵家の馬車のおかげだ。
エイダンはご機嫌だ。馬車で15分程度。あっという間に城に着いて、ぐずる暇もなかった。
ライアスがエイダンを抱いたまま馬車を降り、手を差し出してくれる。それを握ってゆっくりと馬車を降りた。
目の前に、内城の扉。ここを開けるとすぐに王族の生活圏だ。
馬車をここまで乗り付けてよかったのだろうか。もう王族でもないのに。
「謁見の間ではないのですね」
「家族ですから。今日は陛下も休日です」
そうなんだ。臣下の家族としての謁見かと思いきや。
まあ、初孫だもんね。弟の王太子はまだ結婚できる年でもない。
謁見の間だったら、玉座に座ってて抱っことかできないだろうし。
——懐かしい、というよりは。遠い記憶の中と同じ場所だな、程度の感想だ。
私の中で、前世の記憶の方が身近だ。もちろん、2年前からのここでの記憶が一番鮮明だけど。
ライアスは慣れた様子で城の中に進む。片手にエイダン、もう片方の腕で私のエスコートをしている。
前を歩く案内人に従って部屋に通された。
プライベートな客室だ。
出されたお茶を飲んでいると、ほとんど待つことなく、国王は現れた。
ドアが開き、私達は立ち上がって頭を下げる。
「・・・シ・・・シンシア・・・」
足音が近づいてきたと思ったら、目の前で止まった。
両手を取られ、ぐっと握り込まれた。
「顔を上げなさい。——随分とやつれてしまって・・・ああ、シンシア」
顔を上げると、泣きそうな顔の国王と目が合う。
まだまだ若いといっていいと思う。50代の壮年の男性だ。私によく似た白金の髪に赤い瞳。王族は赤い瞳が多い。弟も同じく火の使い手だ。
「お父様」
以前のように呼んでみると、国王の顔はみるみる内に厳格な王の顔から、優しい父の顔になり、そして崩れていった。
「う、うぅ・・・」
とうとう国王は、泣き出してしまった。
「こんな・・苦労をさせるつもりでは・・う、うう・・」
「お父様?そんなこと、おっしゃらないでください」
そんなにやつれてるだろうか。
「私は健康です」
「だが、こんなに痩せて・・・」
国王がじろりとライアスを見た。
「公爵邸での食べ物が合わないのか」
「お父様。産後、体調を崩したのです。ご存知ですよね?」
「だが、もうそれから2年も」
「1年くらいは病床にあったようなものですし、今は動き回ることが多いですから。健康的な体型かと思いますが」
「どこもつらくはないのか?もう元気になっているのか」
「ええ、大丈夫です。——さあ、今日はエイダンを見せに来たのですから」
そう言って促せば、ライアスがエイダンを国王に見せた。
「2歳のプレゼント、ありがとうございます。さあ、もう泣かないでください」
国王はとりあえず涙を引っ込めて、エイダンを見た。
「シンシア、お前も立派な母になったのだな・・・」
「はい、なんとか。——エイダン、おじいさまですよ」
エイダンはすっかりライアスの腕に安心感を得たらしく、顔を埋めてしまっている。つんつん、と背中をつついてみたが、無視される。
仕方ない。慣れるまで待とう。
「健やかな子と聞いた。シンシア、よく頑張ったな」
「元気です。いただいた木馬も元気に乗っています」
「そうか・・・」
沈黙が流れる。
久しぶりに会った親子の会話って、何を話せばいいのか。
ちらちらと国王は私を見てくるけど、何も話さないし。
この空気・・・どうしたものか。
「ままぁ」
エイダンが沈黙を破って、こちらに手を伸ばす。
ライアスの腕で暴れているので手を伸ばして受け取った。
「ぱぱや」
「あら、ずっと抱っこしてもらっていたのに」
これを見て国王がふっと笑った。自分は顔も見せてもらっていないのに。
「公爵はあまり息子になつかれていないようだな」
「陛下がもう少し仕事を減らしてくださいましたら、家庭での時間が持てますが」
ライアスは相手にせずさらりと言いのける。
「時間など関係ない」
なんの言いがかりだ。
そう思いやれやれ、と私は口を挟んだ。
「お父様も、ティティによく拒絶されていましたのに」
ティティは私の弟だ。
「——そういえば、ティティは?」
「今日は私の代わりだ」
「まあ、もうそんなことができるように」
5つ下だからまだ15のはずなのに。立派に王太子としての仕事をしているのか。
そう思っていると丁度ドアが開かれた。
「姉上!」
「まあ・・・ティティなの!?」
入って来たのは、たった一人の弟のオルティメティだった。名前が長いからティティと呼んでいる。
「姉上!お会いしたかったです」
走り寄ってきてくれたので立ち上がって挨拶をする。
「まあ、ティティ・・・私より大きくなっちゃって。声も低くなって」
頭一つ分大きい。3年で記憶の中よりずいぶん大人びてしまった。
「すっかり立派な男性ね」
「いえ、まだまだです」
「仕事はどうした」
「父上・・・言われた仕事は片付けてきました。ひどいですよ、僕に押し付けて父上だけ」
ティティは亜麻色の髪に赤い瞳だ。たしか母親似の髪色。
「姉上。本当に、会えてうれしいです。——君は、エイダンだね。おじさんだよ」
にっこりと笑うティティに、エイダンは興味津々だ。
「エイダン、ティティおじさんよ」
「てぃってぃ!」
言いやすいらしい。その言葉が気に入ったようで、繰り返し言っている。
「そうだ、ティティだよ。——すごいな、エイダン、君は天才だ!」
「ずるいぞ。じいじって言ってごらん」
「・・・・・・」
こちらには関心がないらしい。見向きもしない。
なんの違いかわからないが、国王ががっかりしてしまった。
ティティが来てくれたから、そこからは話が弾んだ。
「ライアスは騎士団の仕事の傍ら、僕に剣の稽古をつけてくれているんだ」
「少し手合わせをする程度です。殿下にはきちんとした師匠がいらっしゃいますから」
「それでも、ライアスの剣さばきはすごいんだ。一振りがそれはもう重くて」
「まあ、そうなの」
騎士団長は伊達ではないのか。
ティティはライアスに傾倒しているようだ。
そんな話をしていながら、お昼ご飯を一緒に食べ、庭園を散歩する頃には、エイダンもすっかり慣れてきてくれた。
抱っこはティティにしかさせてもらえなかったが、ライアスの腕の中で眠った隙に、国王がぐいぐいと寄って行った。何らかの応酬の後、エイダンは国王に抱かれていた。
寝ているから抵抗もない。抱き方も慣れたものだ。
「——ああ、なんて可愛いんだ。顔は公爵に似ているが、この愛らしい表情は、間違いなくシンシア似だな」
顔がライアスに似ているのに表情が私似ってなんだ。
「鈴が鳴るような声もシンシアの子供の頃にそっくりだ」
ほとんど嫌しか言ってないけど・・・。
「ああ・・・愛おしい。シンシア、しばらく城に滞在したらどうだ」
「お父様、何を言っているんですか」
国王はそっと声を落とした。
ライアスは少し離れたところでティティと話している。
「お前、つらくはないか?無理はしていないか?」
「はい」
「私は、この3年、お前を思わない日はなかった。——嫌がるお前を無理に嫁がせておいて、こんな虫のいいことを言って・・・この上もない理不尽な父親だとわかっているが」
「お父様」
ここはきっぱりと言っておかねば。
「嫁いでゆくのは王女として当然の務めですもの。若気の至りで私の方こそ、お父様に心無いことを言ってしまいました。今ここで謝らせてください」
「シンシア。婚姻を無効にすることはできないが、つらいのなら・・・いつでも戻ってきたらいいんだ。健康上のことを理由に・・・」
「お父様」
何を言い出すのかと思えば。
「私はエイダンを産んで、ペンシルニア公爵夫人としてやっていっております。どうか、もう二度とそのようなことはおっしゃらないでくださいませ」
国王が意気消沈といったように肩を落とした。
「でも、お気遣いはありがとうございます。つらくなったらいつでも帰ってきてよいと言っていただけましたら、私も心が軽くなります」
エイダンのふっくらした頬をつん、とつついてみる。小さく開いた口から穏やかな寝息が聞こえる。
「私にとって、たった一人の、頼りになるお父様ですもの」
エイダンの頬にぽた、と水が落ちた。
「まあ、お父様・・・泣かないでくださいませ。少し涙もろくなってしまったのではありませんか。また会いにまいりますから。ね?」
「うう・・・シンシア。すっかり大人になってしまって。苦労したのか・・・急に・・・」
まあ、中身がちょっと変わったからね。
「お父様にはわがままをずっと言っていましたものね。お許しください」
「そんなことを言うな。言うな・・・」
この後も国王の涙はなかなか止まらなかった。




