20.どこに行っても少し迷惑な・・・
アルロが荷物を運び終わると、ちょうどお昼時になった。
マリーヴェルに会いに行こうかと思っていたが、今はマリーヴェルも昼食時間だろう。そう思い自分も食堂へ向かった。
昼食を食べ終わってから訪ねよう、そう思って食事を済ませて、プレゼントを取りに自分の部屋に向かう途中。
「——アルロ。ねこちゃん、見なかった?」
廊下を歩いていると、ソフィアがひょっこりと現れた。
ソフィアは結構、神出鬼没だ。
「見かけませんでしたが」
「ねこちゃん、いないの」
ソフィアが心配そうに呟く。アルロはソフィアの前に膝をついた。
子猫だから、行動範囲はそれほど広くないはずだ。階段の上り下りもまだうまくできない。
「どこで遊んでいたんですか?」
「げんかん」
「では、一緒に探しましょう」
「いそがしくない?」
「大丈夫ですよ。ちょうどご飯を食べ終わって、何をしようかなと思っていたんです。——ソフィア様は、もう食べましたか?」
「うん。ありがとう!」
アルロはソフィアと手をつないで玄関ホールへ向かった。
玄関ホールには誰もいなかった。植え込みや調度品の影をソフィアと一緒に探す。
黒猫の姿はなかなか見つからなかった。
「ネロー!ネロちゃーん」
ソフィアが呼ぶと来るようにはなっているらしい。が、その呼びかけに答える影はない。
「おそとかなあ」
「外・・・」
玄関の大きな扉を二人で見つめた。
重い扉なので、ソフィアは開けられない。外へ行く時には大人と一緒に、と言われているからそもそも一人では扉を開けることはないが。
誰かが出入りした拍子に外へ出たのだとしたら、少し心配だ。
「何をして遊んでいたんですか?」
「おさんぽ。ネロはね、ここがお気に入りなの」
ソフィアがそう言って指さすのは、玄関ホールの一角、明かり取りの窓から温かな陽光が差している、程よいスペースだった。
「ここでゴロゴロしてあそぶの」
「そうですか」
そこには確かに猫のおもちゃが転がっていた。
玄関ホールの端なので、その先は使用人エリアの廊下につながっている。アルロはそちらから来たが、見かけなかった。
「お一人で遊んでいたのですか?」
「うん。ダリアはねこが、にがてなんだって」
「あ、そう・・・なんですか」
それは知らなかった。最も近しい乳母が、よりによって猫が苦手だなんて。
今の所、ネロはソフィアの部屋で一緒に寝ている。ほぼ四六時中一緒にいて、この前登城した時にも連れて行っていた。
ダリアは大丈夫なのだろうかと心配していると、もう一つの廊下からこちらに人が歩いて来た。
「あっ、ネロ!」
執務室に続く方の廊下だ。
そこからネロを片手に抱いて現れたのは、ルーバンだった。
「お嬢様、猫が執務室に入って来ていました」
「あっ、そんなところ、もたないで!」
ルーバンはネロの首根っこを摑まえてソフィアに渡した。ソフィアが慌ててそれを両手で受け取る。
「ひどいわ、ルーバン」
非難されたルーバンは顔色を変えず応えた。
「猫はここを持たれると、大人しくなるんです。本能的に。ご存じないですか?」
「だって、いたそうだよ」
「猫は皮の下にスペースがあるので痛くないんです」
「おててが二つあるんだから、おててでそっと、もてばいいでしょ!」
ソフィアは一歩も譲らなかった。
「・・・・・」
ルーバンは結構よく喋るイメージだったが、そのルーバンが思わず黙った。
「とにかく、ちゃんと見ておいてください。執務室の応接セットの脚を噛んでました。とっても高級なんですから」
「こねこはね、はがかゆくなるのよ。ごぞんじないの?」
ソフィアは歌でも歌うような軽い口調で言うから、アルロの方がひやひやした。
ルーバンは神経質そうな目でソフィアを見下ろしていた。
反論するのはやめたようで、ふとアルロと目が合う。
「あ、その・・・ありがとうございます」
とりあえずソフィアの代わりにお礼を言った。
これまでほとんど言葉を交わしたことはなかった人だ。
ペンシルニアの非常に優秀な、ライアスの副官である。副官、という名称ではあるが、現在のペンシルニアにおける副官は、ライアスが幅広く実権を握っているせいで領地における執務全般、ひいてはファンドラグ王国の政治経済に関することも着手する内政官のトップに当たる。
恐ろしく有能で、アルロにとっては雲の上の人だ。
ルーバンもかつてはペンシルニアの後援を受け、教育を受けていた。後見人に立ったわけではないが、それでも同じく教育に支援を受け、身を立てた者だ。今では子爵位も持っている。
ルーバンのアルロを見る目は、後輩に対するものだった。少なくとも本人はそのつもりだ。
「アルロ、君はもうすぐ15だったな」
「はい」
アルロは姿勢を正した。
「進路は決めたのか?」
「あ・・・いえ、まだ」
「そうか。基本的なところはもう修了していると聞いている。執政官になるのなら、そろそろ領地を回った方がいい」
「え——」
思いがけない言葉に、アルロは驚いてしまった。
執政官というのは、領地経営を担う役職である。ペンシルニアの財産管理、法整備、その他諸々の運営を担う——ペンシルニアを動かす手足だ。
本来は古くからの重臣が担っている役割で、その筆頭にルーバンがいるだけでも、ペンシルニアがどれほど実力主義なのかが分かる。そこに当然のようにアルロが進むとルーバンは思っているらしい。
驚くアルロの事などお構いなしにルーバンは続けた。
「戦争が起きた時、私はちょうど18で、執政官としての仕事を本格的に初めて約一年だった。それまでに領地を回っておいて良かったと思ったものだ。その後の混乱も慌てずに業務を遂行できたからな。実践を積むのに、早いという事はないから。そうだな、できればまずは穀倉地帯を保有する——」
「あの、僕は、その・・・」
話がどんどん進む中、アルロは何とか声を挟んだ。が、ルーバンはまだ止まらない。
「何だ?学者にでもなるのか?——ああ、そういえば、騎士訓練もしているんだったな。武術関連に興味があるなら、そうだな——」
「いえ!・・・すみません、まだ、進路を決めてなくて」
ルーバンは少し驚いたような顔をした。
「そうか。まあ、君はペンシルニアに来てまだ日が浅いから。——だが、ペンシルニアが、君を後見しているという事で、嫌でも注目を集める。早めに進路は決めておかないと余計な軋轢を生むことにもなりかねないぞ」
「はい・・・」
それは、最近良く感じている事だった。
シンシアはまだ急がなくていいと言ってくれていたから、その言葉に甘えすぎていたようだ。
「そうですよね。いい加減、決めないと」
15歳で一通りの学業が修了しているというのも、別に一般的ではない。早いくらいだ。エイダンとルーバンと比べるのは、遅くに学習を始めたアルロには酷な話なのだが。
「まあ、まだ迷うというのも無理はないな。君はペンシルニアに来てまだ・・・二年か」
ルーバンが腕を組んで考える。
「では、経済論は誰の著書を読んでる?どこまで?法典は何か国、どこのものを?」
ルーバンが質問攻めにするその一つ一つに答えていると、あっという間に時間が過ぎていく。テンポが早いし次々に話が展開するので、アルロは必死だった。
ソフィアが飽きて、いつの間にか猫と共に去っている。
自分も去りたい。が、その隙はなかった。
「ふむ。かなりいい線はいってるな。よし、私が推薦の図書をいくつか渡そう。ついてこい」
「えっ・・・」
「どうした?遠慮はいらない。私も君と同じく、もとは平民だ。実力のある若者が育つのは嬉しい。それを育てるのも、私の仕事だ」
ルーバンがそう言って振り返らずに進むものだから、アルロは急いでその後を追いかけた。
この後じっくり、ルーバンのおすすめの本を譲り受けつつ、法制度から最近の物流、魔術に至るまで次々と質問され討議を持ち込まれた。
アルロが解放されたのは1時間半後の事だった。
タイトルで出てくるのはネタバレしちゃうけど、このキャッチフレーズを入れたくなってしまった
嫌いじゃないんだけどね、ルーバン(/ω\)




