16.買い物
平和で穏やかな日々が過ぎていった。
ペンシルニアにまた夏が訪れ、アルロはもうすぐ15歳になる。
成長した体にか細い印象はもうない。エイダンに比べると小柄で華奢には見えるが、すっかり青年の体つきになった。
二人並ぶとエイダンの方がやはり骨太でがっしりとはしているが、アルロも着やせするものの、十分体格が良い。
近頃ではますます仲が良くなって、よく二人で街へ出かけて行ったり、あてもなくふらりと遠乗りで馬を走らせたりしている。置いて行かれたマリーヴェルが頬を膨らませていた。
仲がいいのね、と言うシンシアにエイダンは、アルロは一緒にいてとても心地いいから、と答えた。きっと自分だけがそう思うんじゃない、とも。
アルロの気遣いは細やかで、心地よい、と言うのがよくわかる。
魔王となる未来があったなんて嘘のように、アルロは人の感情に鋭敏で、思いやりがある。それがまた自然で、相手に気を遣わせない。子供にも大人にもとにかく評判が良かった。
ペンシルニアの後見があるというのに、養子にもらいたいという話が後を絶たないくらいだった。
この日もアルロとエイダンは街に繰り出していた。
並んで文房具店に入って商品を見ている。もうじき来るマリーヴェルへの誕生日プレゼントを探しに来たところだった。
似たような背丈で同じ帯剣ベルトをしているから兄弟のようにも見える。
「——ねえ、これどうかな」
エイダンが手に取ったのはクジャクの羽の付いた羽ペンだった。
「それ、は・・・なかなか派手ですね」
「クジャクは富の象徴なんだよ」
「富の象徴を、贈るのですか・・・?」
アルロが不思議そうな顔をした。奇抜なデザインで、エイダンがもしかして冗談を言っているのかと思ったくらいだ。それは明らかにマリーヴェルの趣味ではなかった。
「そうだね。これはやめよう」
エイダンは羽ペンを置いた。一瞬、このキラキラした感じがいいかと思ったのだが、アルロの反応からして違ったようだ。
エイダンは近頃、マリーヴェルの好みがわからない。いつも一緒にいるアルロならわかるかと思って付き合ってもらうことにしたのだ。
アルロの反応が何よりの基準だった。
「去年は何を贈ったんですか」
「聞いてない?ペンダント。誕生石ルビーの」
マリーヴェルの誕生日ともなると部屋にプレゼントが山積みになる。その仕分けもアルロの仕事だったが、家族や王家からのプレゼントはマリーヴェル本人がちゃんと受け取って整理するので、聞かないとアルロも知らない。
「今年は家に商店を呼ばないんですね」
普通はいつもそうしている。そうすればおすすめの品を商人がある程度選んでくれる。
「今年はアルロと一緒に選ぼうと思って。アルロはどうするの?」
一年前までは、マリーヴェルに贈り物をするなんて思いもしなかった。何かを贈れるほどアルロは何も持っていなかったし、身分が違いすぎて恐れ多い。
しかしマリーヴェルから去年、一生忘れない14歳の誕生日プレゼントをもらって。
マリーヴェルの誕生日が近づくにつれて、自分も何か贈りたいと思うようになった。
その思いを見透かしたたように、エイダンがこうして誘ってくれたのだった。
「高価なものでなくてもいいんだよ。そんな物はもらいなれてるんだから」
「そうですが・・・僕が贈ってもいいんでしょうか」
「いいでしょ。喜ぶでしょ」
ペンシルニアに所属するという思いがこの一年で強くなったからだろう。以前程、一歩も二歩も下がるような事はしなくなった。それでも、贈り物というのは難しい。
マリーヴェルの所持品は高価なものであふれている。だからこそ、自分が買える安物を贈るのは気が引ける。
「せめて、身に着けるものではない方がいいです。いっそ使い捨てのものがいいでしょうか」
アルロは紙やインクを手に取った。
「もっと自信を持ちなよ。アルロからもらったら絶対喜んで、使い捨てなのに使わないでとっておくよマリーは」
「・・・・・」
アルロの表情からは何を考えているか分からなかった。アルロはあまり表情が動かないから。
「ちょっと気になってたんだけどさ」
エイダンが深刻そうな声を出すから、アルロは商品を選ぶ手を止めてエイダンの方へ視線を向けた。
エイダンは商品に目を向けたままだった。
「アルロはマリーの事どう思ってるの」
「どう・・・?素晴らしい方だと思います」
「素晴らしい」
「物事の本質を見抜くお方です。曲がったことが嫌いで正義感が強いところは、エイダン様と似ていますね。意外と気が短い所も」
「・・・・・」
「あ、すみません」
アルロは謝ったが、エイダンの沈黙は気が短いと言われたせいではなかった。言うようになったなとは思ったが。
エイダンが知りたいのは、アルロがマリーヴェルにそういう気があるのかどうかだ。いつか聞いてみたいと思っていた。
「そういう事じゃなくてさ」
「はい?」
「その、女性として?なんていうか・・・」
「女性・・・?」
アルロは本心から驚いた言い方をした。
マリーヴェルはまだ九つである。アルロとは五歳差とはいえ、アルロからすると小さな少女だ。幼い頃から知っているから、余計に。
「ええと、淑女として、という事でしたら・・・所作も優雅で、今後もますます魅力的になられると思いますが」
質問の意図が分からない。
「・・・そうかな、あいつ気が強いから」
「姫様は、相手を見て発言されますから」
アルロは冷たい事や厳しい事を言われた事はない。社交の場に赴いた時の様子を見ていても、相手に合わせてきちんと応対しており、社交的だ。
そして、無礼者には容赦ない。
「そうか。うん、参考になったよ」
アルロは不思議そうにしていた。
自分なんかにマリーヴェルのことを聞かなくても、エイダンはよく分かっていると思うのに。最近どうかということが知りたかったのだろうか。
十歳は学園を卒業して、新たな進路に進む、節目の年だ。
マリーヴェルの、優雅に揺れる銀のストレートの髪、黄金の意志の強い瞳を思い浮かべた。
アルロにとっては、特に憂慮する要素がない。
「何か心配事ですか?」
「ううん。ちょっと聞いてみただけ」
エイダンは首を振った。
マリーヴェルの視線を見れば、かなり本気でアルロに惚れているのだと分かる。自分もアイラを前にすれば覚えがある。時には顔を真っ赤にして、すっかり恋する目をしている。
ただ、あまりにも身分の差が大きい。叶わぬ恋なんだろうと思うけど、そもそもアルロの気持ちが、恋愛のれの字もない。
心配するのすら早すぎた、と言うことに気づいたのだった。
しばらく二人で商品を探して、エイダンはガラス細工のペンにした。
アルロはかなり悩んで、香りのついたブックマーカーにした。
蘭の花の透かし模様が入っている。
「本を読めって事?」
「滅相もない」
アルロは慌てて否定した。
「これ、この模様が・・・姫様のような花なので」
「ふぅん。へえ・・・」
エイダンが純粋に驚いたような顔をする。
「おかしいですか?」
「いや、そうなんだ。アルロの、マリーのイメージ」
「エイダン様・・・なんでそんな顔を」
「え?そんな顔って?」
「なんというか・・・締まりのない顔です」
「アルロ、ほんと言うようになったね」
エイダンはアルロの肩を自分の肩で押した。
軽く小突かれただけだったので、アルロは押されてもまたゆらりと戻ってきた。
二人は文具店を出た。
「軽く食べて帰ろっか。この先においしい店があるんだ」
「葡萄亭ですか」
「・・・・なんで葡萄亭」
「よく行かれてますし、懇意にされているんですよね」
少しの、間。
「そうだよ。懇意にしてる。今日は行かない」
「会いに行かなくていいんですか?」
「今日はアルロがいるからね」
それはどう言う意味だろうか。別の店に行きたいという意味なのか、他の理由だろうか。
「僕、あの一件以来お会いしていないので・・・いつかまたお礼を言いにいかないとと思っているんですが」
「いやいや!」
エイダンが急に声を大きくした。どうしたのかと足を止めるアルロに、こほん、と咳払いをする。
「——アイラは、気にしてないから。息をするようなものなんだって。だから大丈夫だよ」
「え?でも・・・」
「もし行くにしてもさ。また今度にしよ。一人で行かないでね。僕と一緒の時に行こう。また今度ね」
「あ、はい」
前回会った時は闇に呑まれていたし、嫌な思いをさせたからだろうか。そんな子ではないと聞いているが。
エイダンが何やら挙動不審なので、こういう時はあまり追及しないほうがいいだろうと、アルロは遠慮した。
余裕のないエイダン。まだまだですな。




