13.
「部下の失礼に対し謝らせてください」
別の部屋に来て、ライアスは即座に頭を下げた。
——既視感あるなこの光景。
「こんなことになるまで気づかず、無礼な者を連れてきてしまい。今更詫びの言葉もありません」
「ライアス」
「・・・嫌わないでください」
そこ?
呼びかけても頭を上げないので、下から覗き込んだ。
背が高いから、近づけば屈まなくてもそうなる。
ライアスはこの世の終わりのような顔をしていた。
そんな顔しなくても、ライアスには怒っていないのに。
そんなことで大丈夫かしらとは思ったけど。
「あんな事で、嫌いになどなりません」
「シンシア・・・」
「私達、スタートは少し遅くなってしまったけれど・・それでも、積み上げてきたものがあるでしょう?」
1年間、ライアスが並々ならぬ努力をしてきたのを知っている。
慣れない子供との時間を全力で向き合ってきた。そしていまだにエイダンには拒否されているのに、めげずにちゃんと相手をしている。
「私がエイダンをとても愛していることを、貴方は分かってくれていますよね」
「もちろんです」
「あなたの耳に何が入っても、実際の私の方を信じてくれたから、こうして怒ってくれたのですよね」
「それは、あまりに当たり前のことです」
ライアスの頭はまだ上がらない。
「私は、浮かれていたのだと思います。部下の発言にあまりに無頓着でした」
「浮かれて・・・?」
「あなたに嫌われていないと分かり、愛を伝えられる毎日に、です。——心躍る気持ちでした。しかも、貴方はいちいち可愛らしい反応をしてくださるから、もうたまらなく——」
「それはいいですから」
力説するあまりライアスの頭が上がった。
話が脱線したことに気づいたのだろう、ライアスは再び暗い顔になる。
「それで、ルーバンが言う話も、いつもの光景を思い浮かべ、微笑ましいなと思っていたので。話にちゃんと耳を傾けていませんでした」
なるほど、妻子の話を聞くと途端にポンコツになる、と。
「ちゃんと聞いていれば、彼の悪意にも気づいて当然だというのに」
「もう良いではないですか」
私は笑って見せた。
「私はルーバンがこの屋敷に入らないのであれば、引き続きあなたの副官をしようが、構いません。貴方への忠誠は揺るがないもののようですし」
家庭のことにああやって赤の他人に口出されるというのは、前世の感覚からするとものすごく抵抗があるんだけど。
「職務にのみ忠実に働くことを誓わせておけば」
エイダンに直接何かをされた訳でもないから、まあ結果これで良かったのかなと思う。
ライアスは首を振った。
「貴方に無礼を働いたものを副官にはできません」
キッパリと言われる。
その辺は、まあ任せるけれど。
それはそれとして。
「ところで、3年前に、私何か、しましたか?」
全く記憶にないのだ。
ライアスは明らかに狼狽した。
「ルーバンの敵意は、そのせいのような言い方でしたが・・・」
「あなたは何も!」
大きな声。
「何もしていない。何も悪くありません」
「そう、ですか・・・?」
そこまで強く否定されると気になるが、ライアスはそれ以上言うつもりがないようだった。
ルーバンからは確かに敵意を感じたが。直接話をしたこともないし、逆恨みだろうか。
ライアスは一歩後ろに下がった。
胸に手を当てて、自然な動きで膝を突く。
「シンシア。——私は愚鈍な夫です」
なんだなんだ突然。
「どうか次からは、あのような無礼を許さないでください。私に、何でも教えていただきたい」
「わかりましたから、立ってください」
「あなたに顔向けできません。——貴方は、私を許してくれたと言うのに」
許すも何も・・・。
戦争で兄が死んで、ライアスが生き残ったから?
戦争ってそういうものだし。
私はライアスの前にしゃがんだ。
「——っ、なにを!」
あ、これ、あんまりしちゃいけないんだよね。でもお互い様だ。ライアスだって膝をついてるんだから。
ドレスなのでバランスを保つため肘を突いて、お行儀は悪いかもしれない。
「ねえ、ライアス。もう少し、私に心を許してくれないかしら」
驚いているライアスの顔に、私はにっこりと笑った。
「多少の行き違いがあったとしても、私達が積み上げてきたものが無くなるはずないって、思えないかしら?」
「シンシア、どうか、お立ちください」
「じゃあライアスも立って」
ライアスは立ち上がり、手を差し出してきた。
その手に自分の手を重ねる。大きくて固い手だ。
剣を握る努力の跡がある。それを強く握りしめた。
「この程度の事で、私達はもう揺らがないでしょう?」
エイダンの成長という共通目的のためには。
ライアスの返事がなく、私は伺うように見上げた。
「ライアス?」
「はっ・・・、あ、あの・・・手を」
かろうじてというように出た声と、みるみる赤くなっていくライアスの顔。
私は黙って手を離した。
え、嘘でしょ。手を握っただけよ?
確かに肌が触れ合うのは記憶にある限り、前世を思い出して以降ほぼ初めてかもしれない。
にしても。子供まで作った仲だというのに。
乙女か?
——でもそれより問題なのは、その顔を見て可愛いと思ってしまった私だ。
その日からライアスは数日休暇を取って、家族の時間を過ごした。
無事エイダンの誕生日パーティも、公爵家としては簡単すぎるらしいが、家族3人でゆっくりお祝いすることができた。
エイダンの嬉しそうな顔が見れたから、私としても大満足だ。
エイダンにはたくさんのプレゼントが山のように届いた。
とりあえず家門のつながりの強さ順に並べてもらった。エイダンに与えるかどうかは、開けてみてからだ。
山と積まれたプレゼントの中でも、少し離れたところに置かれているプレゼントがあった。
「——あれは、どうして別にしているんですか」
明らかに特別感がある。
どこからのプレゼントだろうか。そう思いライアスに尋ねた。
「王家からのものです」
なるほど、さすがに王家からのプレゼントを他と一緒にはできないだろう。
「中身は・・・」
「木馬ですね」
おお。目の所に嵌めてあるのって・・・。
「使わなくなったら、この目のダイヤはボタン等に替えて使えますので」
「まあ・・・木馬なら、エイダンも喜ぶかもしれませんね。部屋に運びましょう」
あとのプレゼントの山は、ライアスに任せることにする。
本当は私がしないといけないんだけど、まだ社交界に復帰していないし、付き合いがよくわかっていない所もある。
何より、ライアスがやってくれるって言うから。任せることにした。
「お礼をしなくてはなりませんね。お父様にも——手紙でいいかしら」
絶交してしまった記憶はあるけど、私から一方的にだったし。お礼状を書くくらいしてもいいだろう。
「——手紙を、ですか」
ライアスが少し驚いたように言った。
「いつまでも不義理をするわけにはいかないもの」
「でしたら・・・もし、ご負担でないなら、直接——」
言いかけて、止まった。
直接、会いに行ってはどうか、と言う意味だろうか。
「すみません、出過ぎたことを」
「どうして?」
私と父の間に挟まれて苦労させていたのかもしれない。ライアスは毎日のように国王に会うのだろうし。
「直接お礼を言いに行ってもいいわね。行けるかしら。エイダンを連れて・・・」
「是非に」
ぐい、とライアスが踏み出した。
「陛下はいつも、シンシアのことを気にかけておられます。——私が貴方の話をするたびに、前のめりに・・・いえ、とにかく、お喜びになると思います」
「では、場を設けていただけますか?いい時期にエイダンを連れて登城しましょう」
「はい」
こうして、久しぶりの里帰りが決まった。