12.ラントンお茶会
ラントン侯爵家のお茶会は大規模なもので、広い庭園と大広間の両方を会場にして開かれていた。
少し遅れて到着したシンシアらは大広間の席へ案内され、ラントン侯爵夫人の歓待を受ける。
「——足をお運びいただきまして、光栄でございます」
「私の方こそ、ご招待いただき、ありがとうございます」
シンシアはにこやかに返して勧められた席に掛けた。
ラントン侯爵夫人には二人の息子がいる。二人ともエイダンより年上だから、ラントン侯爵夫人もシンシアより一回り以上年上だ。シンシアは出産が早かったから特に、かなりの年長者といった年の差だが、身分の差もあり非常に大切に応対してくれる。
家同士のつながりはさほどない、仕事上のお付き合いの関係だ。ある程度社交の場で顔を合わせれば挨拶をする程度には交流するようにしている。
それが突然丁寧な求婚書が送られてきたのには、シンシアも少し驚いていた。
対面に掛けた侯爵夫人の方からその話題は振って来た。
「ごめんなさいね。突然あんなものをお送りして、驚かれたでしょう」
「あ、いえ。まだお返事ができなくて」
「そうですわよね」
そう言って侯爵夫人は傍らのマリーヴェルに微笑みかけた。
「この度の襲撃事件で、お互い、大変だったでしょう?それで、やはり両家の結束を強めて、有事に備えたいと思ったようなの」
誰が、とは言わないから、ラントン侯爵家の総意なのか、侯爵本人の意思か何なのか。シンシアは曖昧に笑った。
「以前からお可愛らしかったですけれど、日に日にご令嬢らしくなって。是非、うちの家門に来ていただきたいって、実はずっと以前から思っていましたのよ」
「ええ・・・でも、フレア様。マリーヴェルはまだ九つです。お返事は——」
「ええ、そうですわよね。分かっておりますわ。保留ということで、またお考えいただければと思いますの」
ふふふ、と笑われて、シンシアも笑い返すしかない。
「この度の襲撃事件では、夫が本当にお世話になりまして、どう感謝をお伝えしたら良いのか」
「いいえ、感謝だなんて。国のために戦って負傷した方を治療するのは当然ですもの」
現ラントン侯爵本人も優秀な魔術師だが、今回の襲撃で魔力切れを起こしたところを、運悪くワイバーンの業火に焼かれた。命も危ぶまれたところだったが、黒い布をつけた状態でペンシルニア公爵邸に運ばれ、シンシアの光の力によって命を取り留めた。
今回のお茶会はそのお礼も兼ねていると言われている。
シンシアはそっと後方のアルロに視線をやった。アルロが包装された箱をもって進み出る。
「まあ、それは・・・」
「この度、ラントン侯爵閣下、並びにご子息お二人とも叙勲を受けたとお聞きしました。おめでとうございます。そのお祝いの品です」
アルロからラントン家の侍従がプレゼントを受け取った。
「まあ、ありがとうございます。お気遣いいただきまして・・・」
そういいつつもフレアはまんざらでもなさそうな顔だ。
お礼と言いつつ、きっと今回の受勲の喜びを分かち合いたいお茶会なのだろうから。
勲章をもらい、魔術家門の地位向上を果たし——ペンシルニアに求婚して婚約が成れば、ラントンは侯爵家の中でも一つ抜きんでた存在になるだろう。
「——実は、息子もちょうど・・・ああ、来ましたわね」
実にいいタイミングで、向こうからラントン家の息子二人が現れた。
マリーヴェルがあからさまに溜め息をつくから、シンシアはひやひやして視線を送った。
頼むから大人しくしていてちょうだい。気持ちは分かる。ものすごく分かるが。
ラントン家の息子は紫の髪に緑の目をしていて、父親と同じ風の魔術師のようだった。魔術師のローブを身に着け、その胸には勲章をつけている。
晴れ晴れとした顔をしている青年二人に、シンシアもついやれやれという気持ちになるのは仕方がないだろう。だってわざわざテーブルを回ってこちらに向かってきている。招待された客人らから、口々に祝いの言葉が贈られている。
ラントン侯爵子息二人はやがてシンシアらの席にやって来た。
「ご歓談中失礼いたします」
「ご紹介いたしますわ。息子のアッシャーと、テレンスです」
「お会いできて光栄です、公爵夫人。そして——マリーヴェル様」
「初めまして。この度のご活躍、そして受勲、お喜び申し上げます」
「まだまだ、これからです」
アッシャーは胸に手を当て、すっと手を差し出した。
「私は是非、ご縁を深めさせていただきたいと思っております」
「お気持ちはありがたいのですけれど・・・。マリーヴェルはまだまだ勉強中ですの。他家へやれるようになるのは、もう少し先になりそうですから」
「・・・・・」
マリーヴェルに視線をやると、あらぬ方を見ている。不機嫌な顔をしないだけ上等だ。
アッシャーは差し出した手を引っ込めた。
貴族式の挨拶では手の甲にキスする素振りをしたりもするのだが・・・ライアスが嫌がるので、シンシアはそのご挨拶は遠慮している。結婚してから、ずっと。
「御心配には及びません」
アッシャーは自信に満ち溢れた顔でにっこりと笑った。
「学園を退学されたことも存じ上げておりますし、魔力量が少ないこともお聞きしております」
好青年といった雰囲気で、なかなかにずけずけとものを言う。シンシアは笑顔のままはたと止まった。
フレアが後を引き継いで話す。
「そうですわ。我が家にはすでに魔力量は十分すぎるくらいにございますもの。お嬢様にどれほど魔力がなくとも、その属性と、我が家の魔力量があればきっと素晴らしい結果になると思いますの。そうなると早い方が良いでしょうと思いまして」
「フレア様」
聞いていられなくて、シンシアは少し被せ気味に声を上げた。
そうなると、って何だ。
「家畜の繁殖の話をしてらっしゃるのかしら」
「え?いえ——」
「品位のないお話かと思いましたわ。聞き間違いかしら」
まだ分かっていないフレアに対し、シンシアの声はもう一段低くなる。周囲の人間からすると、空気がひやりと冷たくなったような気さえした。
マリーヴェル個人の事などどうでもいい、その光の魔力を有する胎さえあれば、子さえ成せば——そう言っているのと同義だという事に気づかないのだろうか。フレアの発言を、シンシアは到底許すことはできなかった。
一方フレアは、明らかに狼狽していた。
自分の何が失言だったのかまだよく分かっていないようだ。
魔力至上主義の家門の中で、魔力のない娘に価値を見出したとでも言いたいのだろうか。
それでも、フレアは侯爵夫人であり、シンシアは元王族で公爵夫人である。シンシアが品位がないと言うのなら、理由は分からずとも詫び入る他ない。
お茶会で万一にもシンシアの機嫌を損ねることがあっては、今後の社交界での立場も危うい。
焦るフレアに対し、アッシャーはまだ落ち着いていた。
「母上、そんなつもりではなかったんですよね。——公爵夫人、母の失言をお許しください」
アッシャーはまだ、シンシアが何に怒りを覚えているかは分かっているようだった。
分かっているからと言って、この息子たちが母親と異なる考えと言うわけではなさそうだが。
とにかく、縁談は断ろう。マリーヴェルが不幸になる未来しか見えない。
「勘違いならよろしいんですのよ。気を付けてくださいね」
「え、あ、は・・・はい」
シンシアはにっこりと笑って、飲んでいた紅茶を置いた。
「——さあ、そろそろお暇しようかしら」
「馬車をまわしてまいります」
予定より二時間くらい早い帰宅になりそうだったが、アルロが素早く反応して行ってくれた。




