11.
「お待ちしていました」
ソフィアが先に訪れていたから、ライアスは扉を開けて待っていた。
シンシアが入ると、すでにソフィアはお茶を飲んでいる。
「エイダンには会えましたか」
「遠くから見えたわ。若い騎士と話していて」
「同時期に叙勲を受けた者ですね。よく一緒にいます」
そういう話を聞きたかったんだ。
ちょうどタイミングよくエイダンは入団と同時に騎士となった。まだ成人していないため従騎士という肩書にはなるが、同期になる者たちだろう。見ない顔だった。
「どこの方ですか?」
「二人とも平民ですので、ご存じないかと」
「まあ。珍しいですね」
ペンシルニアにも平民出身の騎士はいるが、やはり魔力がないと実力差があるため、少数派だ。
「街で元々遊んでいた仲間だったようです。魔力もあり、剣術も実力者で」
「ああ、それであんなに仲が良さそうだったんですね」
「その二名は元々所属していたので、お互い教え合って一緒にいます」
二人からは騎士団の事を、エイダンは剣術を。
「仲がよさそうだったわ」
そんなエイダンの姿を見れただけでも、今日は収穫があった。
「ソフィアが少し元気がないようですが」
ライアスが小声で尋ねた。
些細な変化なのに、意外とよく気がつく。
「実は、イエナ様のところに行ってきたでしょう」
「はい」
「ヤーレが、アレックスに行き過ぎた躾をしていたようで・・・それを目の当たりにして、ショックを受けたみたい」
「ああ・・・」
ライアスはすぐに合点がいったらしい。
「ヤーレをご存じですか?」
「直接は知りませんが、知り合いの乳母をやっていました。どのような育て方をするのかは知っているつもりです」
「あ・・・貴方も厳格に育てられた人だものね」
鞭打たれ、食事を抜かれたりと聞いた。
遠く領地で暮らすライアスの母ルーラとは何度か会っているが、三人の孫たちを抱き上げるようなことはしない人だ。子供に対しても大人に対するように接する。
それが普通なのかどうか、シンシアはわからなかった。
「私もティティもそんなことはなかったけど・・・貴族の躾って、厳しいのね」
今回の事を知れば、オルティメティはきっとひどく傷つくだろう。
今はソフィアがいるから詳細は話せないが。シンシアはやるせない思いでライアスを見た。
きっとあの様子では近衛の騎士もヤーレの暴挙は見ていたはずだ。しかし報告はライアスまで上がってはこなかった。まさかライアスも、あんなことが行われているとは思わなかっただろう。
一体何人の大人が、アレックスへの暴力を躾だと言って見過ごしてしまっていたのだろうか。
「たくさん大人がいても、うまくいかないものですね」
「・・・・・。子供達を見ていると、のびのびと育てる貴方の育て方の方が、子供は強くなるのだと思えます」
何かあったのだろうと察してくれたのだろう、ライアスがそう言ってシンシアの手を取った。
その手を取って、そうだといいが、と思う。
今でこそ安定感のある強さのあるライアスだが、結婚当初は自分の事を卑下し、自信もなかった。
「どうせ外に出たらたくさん挫折したりしますから」
せめて子供のうち、家の中でだけは。自信満々に育って欲しいと思う。
シンシアはソフィアの隣に座って、そっとその金の髪を撫でていた。
******
秋も終わりに近づき、冬はもうすぐそこまできている。
アレックスの件で乳母をはじめ数名の騎士も処罰され、騎士団長であるライアスも少し忙しくしていた。騎士等には再教育を施したらしい。
貴族と王族との考え方の違いも、主君の語られない意図を測るというのも、なかなかに難しい。難しいが、いくら何でもあの躾が王家の意向だと違和感も抱かないようでは困る、というのがライアスの方針だった。
ともかく王家の方もやや落ち着いてきたかなという様子で、シンシアとしてもほっとしている。
シンシアは少し早いが暖炉に火をつけ、その前で手紙の整理をしていた。側ではマリーヴェルとソフィアが刺繍をしている。
「あら。マリー、明日行くお茶会の主催者の方から、貴方に縁談が来ているわ」
縁談が来るのは珍しくはない。まだ幼いからと断っているが、一応本人には知らせている。
いつものことだからマリーヴェルもそれほど気にしない。
自分を気に入って声をかけてくる訳ではなく、家同士の繋がりだとわかっているから。
「明日・・・どこだっけ」
「ラントン侯爵家よ」
「ラントン・・・」
貴族名を覚えられていないにしても、流石にここまで知らないのは困る。
シンシアは眉を寄せた。
「魔術三家の内の一つでしょう?会ったことはあまりなくても・・・貴方、せめて伯爵家まではちゃんと全部覚えなさい」
「覚えてるわ。すぐに出てこなかっただけよ」
「全く・・・。まあ、悪い話じゃあないわね。ペンシルニアとラントンの結束を強めるというのは、国益に繋がるもの」
打診の文面も非常に丁寧だ。
「でも、貴方まだ九つだからねえ」
「お兄様だってまだ婚約者いないじゃない」
「それもそうなんだけど。いえ、九つが早いからとかじゃなくて。ここの長男が十六なのよ。次男でもいいけど、家を継ぐのは長男だから、ぜひ長男でって」
マリーヴェルがげんなりとした顔をした。
「断って、お茶会も行かなくていい?」
「すぐ断ると言うのも、ねえ・・・。とりあえずまだ幼いから、って保留にしましょうか」
それくらい悪い話ではない。すぐに断ってしまって険悪になるよりは。
十年先には何があるかわからないものだ。
「私、嫌よ。魔術家門になんて。天敵じゃない」
確かに、魔力至上主義の筆頭たる家門だろう。マリーヴェルにとっていい思い出がない。しかし手紙はかなり好印象だった。
「魔力がなくてもいいって言ってるわ。お相手の魔力量は多いから、その希少な属性が魅力的なんでしょう」
「家格が合って、条件もよくて・・・断る理由が、ない・・・?」
マリーヴェルが不安そうにしている。
「断る理由はないけど、受ける理由もこれといってないわね。心配しなくても、こんなお話が来てたわっていうだけだから。明日知らんぷりで参加できないでしょ?」
「うん・・・」
「姉さまは、きしがいいんじゃないの?」
ソフィアが刺繍を完成させて手をとめた。刺繍といっても、尖っていない針のクロスステッチで、それもダリアに手伝ってもらいながらだ。
「まだ分からないわよ」
マリーヴェルも刺繍を終わらせたようだ。当然、その頭には思い浮かぶ想い人がいるのだろうが。自分でも、それを簡単に口にしてはいけないことがわかっているようだ。
「人のこと気にしなくていいの。あんたにもすぐに縁談がくるわ」
「ソフィーはね。結婚しないの」
「えっ、そうなの?」
シンシアはつい驚いて反応してしまった。五歳児の言うことを間に受ける必要はないと思うが。
結婚しないという選択肢自体が、この世界ではかなり革新的な文化である。
「うん」
ソフィアは何でもないことのように言った。
「ソフィーはね。王城に行かないといけないから。結婚できないの」
「お、王城に・・・?アレックスとってこと?」
シンシアは更に掘り下げて聞いた。
「そうよ。アレクのお手伝いするの」
マリーヴェルは馬鹿馬鹿しい、真面目に聞いて損したと言うようだった。
「何それ、宰相にでもなるの」
「アレクを毎日よしよししてあげないと」
「毎日って・・・つまり、アレクと結婚するってこと?」
ファンドラグの法制によれば、異母姉弟や従姉弟は結婚できる。
「うーん、王妃様はちょっと」
ソフィアは真剣に考えているようだった。
「王様だったら、いいかな」
「バカね、国王にはアレクがなるでしょ」
「だったらアレクが王妃様するんだったら、結婚してもいいよ」
おそらく、ソフィアの中で国王というのはオルティメティだし、王妃はイエナなのだろう。深い意味はないはずだ。二人のそれぞれの仕事を見て、やりたい仕事がどちらかを考えたのだろう。
だが。聞く人によれば不穏に聞こえかねない。
「ソフィア・・・それはちょっと、お外で言わないでね。お願いだから」
「どうして?」
「ちょっと色々と・・・びっくりしちゃうから」
「はあい」
特にこだわりもないようで素直に返事をされる。
きっと、アレックスが少し気弱だから、自分が前に出て守ってやらねばと思ったのだろう。
そういう男前なところがソフィアにはある。




