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12. 

 今日は泥遊びだ。

 いや、そんな予定じゃなかったんだけど、エイダンが砂場で遊んでいたら、もっともっとと言い出して。

 望むままに水を渡したら、あっという間に砂場は泥場になってしまって。

 その泥の中で遊ぶこと、もうすぐ1時間。

 いい加減終わりにしたいのにエイダンはまだまだ夢中だ。

 乳母がつくったケーキをひたすら壊すという遊びと、泥を端から端に運ぶ遊び。

 何がしたいかかわからないけど、まあ、楽しそうだからいいか。

 泥遊びに初めは驚いていた乳母も、最近ではすっかり慣れたものだ。

「ちゅめ・・・」

 爪の間に泥が入っているのが気になるらしい。

「終わりにして、洗おうか」

「あだ!」

 やだって、まず言う。

「じゃあ、もうちょっと遊ぶ?」

「あだ!」

「じゃあお片付けしよっか」

「あーだー」

 といいつつ、遊びを再開した。

「もうすぐお昼ご飯ね」

 そう言うと乳母もにこやかに、エイダンに話した。

「今日のお昼ご飯は何でしょう」

「ひりゅ、いらにゃ」

 うそだあ。食いしん坊のくせに。

「あ、いい匂いがしてきた。これは・・・お肉ね」

「にくー。きりゃ」

「嫌いじゃないでしょ、大好きでしょ」

 親の肉にまで手を伸ばす子が。

 乳母が困ったように眉尻を下げた。この人はとことん本当に優しい人で、エイダンのわがままに全面的にいつも従ってくれる。

「じゃあ、エイダンのお肉はいりません、って言って来てもらおうかな」

 乳母に視線で合図すると、乳母は頷いて立ち上がった。

「では、必要なものを取ってまいります」

「おねがいね」

 乳母がシャワーの用意をしに行ってくれたので、私はエイダン担当だ。

「エイダン。乳母(ナニー)行っちゃったよ。どうする?」

「・・・・・・・」

「お肉食べるなら、急がなきゃ」

「あだ!」

「でもほら、爪見て。大変!エイダン、爪が真っ黒!これじゃあ大変なことになるわ!」

「ひっ、ちゅ、ちゅめ・・・」

 自分の爪を見てぎょっとするエイダン。

 可愛い。

「黒い爪は病気になるのよ。エイダン、急いで洗いましょう」

「あ、あだあー!」

 よし、今だ。

 準備を整えた乳母が大きなタオルでエイダンを迎えに来てくれた。

 走り寄ってエイダンをタオルで包み込み、そのままシャワーへ向かう。

 素晴らしい素早さだ。ちょっとした誘拐犯のようだ。

 でもちょっとご飯に意識が向いてるから、そこまで抵抗していない。

 さて。

 エイダンのいなくなった砂場から立ち上がる。ドレスに少し泥が着いたので、着替えなくては。

 そう思い顔を上げて——また嫌な人を見かける。

「王女殿下・・・」

 ルーバンだ。

 私は見なかったことにして屋敷に戻ろうとしたが、ルーバンは速足で私の近くまで来た。

「見ましたよ、殿下」

 この突然の声をかけてくるというのは、礼儀をあまりにも無視している。

 下のものが上のものに声をかけるなどそもそも許されないし、そうでなくても挨拶すら省くとは。

 どうしたものか、と思い手に持った扇を開いた。イラッとした顔を見せないためにね。

「ご子息を泥に塗れさせ、あのような・・・!」

 え、待って。泥遊びの事?どこから見ていたんだこの人は。

 楽しそうに遊んでいたのが見えなかったのか。

「——ルーバン様、お控えください」

 今日も護衛担当のオレンシア卿が、さっと前に出て来る。

「下がれ、オレンシア卿」

「いいえ、私は奥様の護衛です」

「上官命令だ、下がれ」

「・・・・・・」

 オレンシア卿は動かなかった。

 確かにルーバンはライアスの副官なので上官なのだろうが。ルーバンは執務の補佐官、オレンシア卿は騎士団員。直属のというわけではない。

「先日のことといい、見捨ててはおけない!」

「何か思い違いをされているようです。エイダン様はただ遊ばれていただけです」

「——私がそのような言葉に騙されると思うか?今も乳母が(さら)うように連れて行ったではないか」

 それは急がないとエイダンが暴れるから。

「そもそも泥に塗れて遊ばせるなど、聞いたことがない」

 そうなの?誰も止めないから、別にいいんだと思ってた。

「——王女殿下が公爵閣下を憎んでいるのは知っています。しかし、罪もない子供にそれをぶつけるなど・・・!」

「私はエイダンを愛しているし、大切にしているわ」

「貴方と言う人は・・・!」

 この男の目には私の姿は映っていない。ライアスに罵声を浴びせていたかつてのシンシアしか見えていないようだ。興奮したこの人に話は通じないだろう。

 ——よし、出禁にしよう。

「ここは私の家よ。出て行ってちょうだい」

「ここはライアス・ペンシルニア閣下のお屋敷です!」

「ええ、そうよ。そして私はその妻。——貴方はいつまで私を王女殿下と呼ぶのかしら。上官の妻への接し方もなってないし、挨拶の一つもできないようね。それが分かるようになるまで、この屋敷への立ち入りを禁じます。オレンシア卿」

「は」

「聞けないのなら他の騎士も呼んでちょうだい」

 光の属性である私を守るために、ここは王宮並みに騎士が配置されている。この男を追い出すのなど一瞬だろう。

「王女殿下!公爵閣下はお許しになりませんよ!」

 うるさいわ。

 私は無視して屋敷に入った。





「謝罪に・・・まいりました」

 出禁だって言ったのに。ルーバンはその夜、ライアスに連れられて屋敷にやってきた。

 まったく反省していない顔で言われても。

「無礼な発言の数々・・・重々お詫び申し上げます」

 睨みながら頭を下げられてもね。

「シンシア。——ルーバンは有能な副官なのですが、家のことは何も知らなかったので・・・勘違いしたようです」

 どっちの味方なのか、ライアスがそう言ってルーバンを見た。

 おそらく、ルーバンが泥に塗れたエイダンのことを訴えたのだろう。加えて、騎士団からの報告もあって。私に無礼を働いたのを知って謝罪させようと連れて帰ってきた、と。

「そうですか」

 いいですよ、とは言えないな。だって全然納得してない顔なんだもん。

 私への態度を改める気もないみたいだし。

「今後屋敷には立ち入らないようにしていただければ、私はそれで」

 エイダンに悪い影響が出そうだ。

「————っ!私は、王女殿下が来られるよりずっと前から、公爵閣下にお仕えしていました!」

「それで?」

「貴方に、そのような——」

「ルーバン?」

 ライアスがルーバンの言葉を遮った。初めて疑念を持った、信じられない、と言った声だ。

「何を言おうとしている。まさか、シンシアに、お前の処遇に口出す権限がないとでも言いたいのか」

「閣下・・・!」

「シンシアはこの屋敷の主人だ。お前・・・その態度は、一体、どういうことだ」

 ライアスは私の横に来て、肩を抱いた。

「まさか今までも、そのような態度を取っていたのか」

 ルーバンが愕然とする。

「閣下!——今までの、王女殿下のなされようを思えば、どうしてご子息を任せ、この屋敷を任せるようなことができるのです!」

 もうほとんど叫び声に近い。

「私は・・・私は納得できません!あのように理不尽な——3年前だって、一体誰のせいで——」

「ルーバン」

 低いライアスの声と共に、ぐらりと地面がゆらいだ。

 地震か、と思ったら、それはライアスの怒りによる大地の揺らぎだった。幸い支えられていたので倒れることはなかったが。

 ライアスの体から、めきめきと怒りの魔力が漏れ出ている。

「今すぐその口を閉じろ。何もしゃべるな」

「閣下、私は・・・!」

 瞬間、ライアスが剣を抜き、切っ先をルーバンの喉元に突き付けた。

「黙れ」

「・・・ライアス」

 その物騒なものをしまってくれ。そしてびりびりと感じるその魔力を引っ込めてくれ。

 背中が重苦しくて、こたえてくれない。

「ライアス?」

 もう一度呼んで、そっと背中に触れてみる。ライアスは驚いたように振り返った。

 目が合うと正気を取り戻したように息を吐き、剣を収めた。

「申し訳ありません。——行きましょう」

 手を引かれ、その場から出て行こうとする。

「あの・・・」

 どうするんだルーバンを、と思っていたら、ライアスはまた冷たい声で側の騎士らに短く言った。

「自分の足で出て行けないようなら、手伝ってやれ」


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