10.
目が覚めると影の位置が変わり、敷物に日が差していた。
眩しくない。ふと見上げると、ライアスが手で影を作ってくれていた。
「お目覚めですか」
「あ・・ごめんなさい」
ガッツリ寝てしまった。超快適に。
「謝るようなことはございません」
体を起こし日陰へと移動した。
エイダンももぞもぞと動き出す。
お昼ご飯を食べることにし、用意を始めてもらった。
食事を終えて、エイダンは再び遊びに行った。
食後のお茶を飲みながら私とライアスは少しゆっくりすることにした。
乳母とオレンシア卿の出番だ。子供一人に大人がたくさんいるととんでもなく楽だな。
「穏やかな時間ですね」
「はい」
「毎日、晩餐を一緒にしていますけど。お仕事の方は大丈夫ですか?」
「問題ありません」
なるほど、以前も帰れたけど帰ってきていなかった、と。
「ライアス」
「はい」
「そろそろ、その言葉遣いを、もう少し何とかなりませんか」
ライアスはわずかに目を見開いた。
「どういうことでしょうか」
「その敬語です。部下と上司ではないのですから」
「貴方は、王女殿下で——」
「いえ、もう王族ではありません。貴方の妻です」
思ってもみなかった、という反応だ。
「そうですね。例えば、オレンシア卿に対するように話してみてください」
「ご冗談を」
「私は至って本気ですが」
堅苦しくて、こっちまで姿勢を正さねばならないような気がする。
どう言えば折れるかな。
ちょっと視線を落としてみた。
「寂しいのです。そのように他人行儀な態度で接されると」
「な・・・」
しばし、沈黙。
「貴方は、私のことがお嫌いかと、思っておりました」
「言葉遣い」
「あ、貴方は、私のことが嫌かと、思った、ので」
「嫌じゃないです」
変な言葉になってるが、そこは突っ込まないでおこう。
「そう言えば、私、よくわからないって言ってしまっていましたね」
こうして毎日過ごすようになって。
不器用だし父親初心者で、夫としても言いたいことはたくさんあるけど。
悪い人じゃない。
顔もいいし。
「嫌いじゃないですよ。全く」
いつも気遣ってくれる。
エイダンにも真摯に向き合おうとは、している。
「一緒にいると安心します」
さっきみたいに、側にいても気を抜けるようになった。
「こういう時間が、幸せに思います」
だからもう少し一緒に過ごしてほしいと思う。
ライアスは固まっていた。
これ以上何を言おうかと思っていたら、ライアスは重い口を開いた。
「先ほども、貴方は・・・幸せ、と呟きながら眠られましたね」
あ、そうね。めちゃくちゃ幸せだった。このさわやかな気候の中、外で寝るっていう贅沢が。
「私も、この上なく幸せです。——シンシア」
ライアスは居住まいを正した。
私も自然と、カップを置いて背筋を伸ばす。
「私は、貴方のことがずっと好きだった」
「へ」
やだ、変な声が出た。
「憧れでした。光の君と言われる貴方に仕える喜びを、忠誠に変え、生涯お守りしたいと思っていました。それが・・・こうして、貴方を妻に迎えて」
いやいや。嘘でしょ。初対面の時のあの目、好きな人を見る目じゃなかったよ。
「貴方は私を憎んでいたから、この気持ちは絶対に伝えることはないと思っていた」
だとしたらすごい精神力と表情筋だな。
「貴方が私を嫌いでないというのなら、もう隠さなくていいでしょうか」
えっと・・・それはどうかな。
ちょっと混乱する。
「貴方に愛を伝えることができる。これ以上の喜びはありません」
ライアスは胸に手を当てて、嬉しそうに笑った。
うわあ、笑ったら更にエイダンにそっくり。
冷たい雰囲気が一気にやわらいで、そう、危険だ。危険な美形だ。
「愛してくれなどと、不遜なことを申し上げるつもりはありません。私が貴方に愛を伝えることを許してくだされば、それで」
「ちょっ、・・っと、待ってください」
これ以上は聞いていられない。
グイグイ言われると、こっちが赤くなっていく。
「突然のことで、ちょっと・・」
「貴方はただ、笑って聞いてくれたら——ああ、そんな顔をしてはいけません」
ライアスは私の白い髪を一房手に取り、そっとそれに口付けた。
「頬を朱に染める貴方の顔が、美しすぎて、息ができなくなる」
「ひっ」
ああ、慣れてないから変な声が出た。
ライアスがくすっと笑う。
「愛しています、シンシア」
破壊される。
私の心臓が。持たない。
私はぎぎぎ、とぎこちない動きで立ち上がり、エイダンに助けを求めた。
エイダン。遊んで。私を癒して・・・。
その日からというもの、ライアスが変わった。
変わった・・・壊れた?
「シンシア。おはようございます」
「あ、おはようございます。——あの、お仕事は」
「勤務時間を見直しました。貴方の顔を見ずには、一日が始まらないので」
「そ、う・・・ですか」
そう言って毎日朝ごはんまで一緒に食べて、王城に出かけていく。
夕食の後、エイダンの寝かしつけで乳母が退室した後は、いつもお茶に誘われる。
よろしいですか、の質問をお茶を飲んでいいですか、かと思いどうぞと答えた以降は。
対面のソファが広々しているというのに、よりによって隣にやってきた。
「貴方の横にいると思うと・・・緊張しますね」
はい、同感。戻っていただけませんか。
「あの・・・近くないですか」
「ええ、心臓に悪いですね」
ふう、とライアス。
「あ、許可なく触れることはありませんので」
安心してください、きりっ、じゃない。
それじゃない。近いんだって。
こんな人だったんだ。
「私がエイダンに初めて会いに来た時のことを覚えていますか」
泣いてるエイダンを無理やり抱かせたときのことかな。
「あ、はい」
「貴方は私をまっすぐ見つめて・・・」
ライアスが口元に手を当てて言った。
「抱いて、と言ったのです」
はあ、とライアスが悩まし気な溜息を吐いた。
「あの時は心臓が止まるかと思いました」
何を言ってるんだこの人は。
壊れたのかしら。
私が負荷をかけすぎた?
とりあえず私は手元の紅茶に全集中した。




