私の弟がかわいすぎる
「王命、謹んで承ります」
アルトバルトは静かに床に手をつき、深く頭を下げた。
結局、昨日は王太子殿下が急な病に倒れたという旨を早馬で伝えられ、卒業パーティーは来週に延期となった。
アルトバルトが病か……。
もしや、落ち着いた頃にアルトバルトは病が悪化して儚くなりとか何とか発表して、実際のとこはアルトバルトとポアラは平民にして放逐、もしくは幽閉とかしたりして……。
怖……いやいや、まさかね……。
なんて私がぼんやり想像していると、ドアをノックする音が聞こえた。
ルルがドアを開けると満面の笑みのリクトが入って来た。
「姉さま、今よろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
私はリクトにソファを勧める。
「姉さま、卒業パーティーは来週になりましたが、ご卒業おめでとうございます。本当は昨日渡したかったのですが、そんな雰囲気ではなかったので……。こちらは姉さまにプレゼントです。僕がお小遣いを貯めて買いました!」
リクトが目をキラキラさせて、手のひら程の大きさの可愛くラッピングされた箱を渡してくれた。
「まあ、これはショコラ・ローズのチョコ?」
ラッピングを見て私は目を丸くした。
ショコラ・ローズは、王都にあるチョコ専門店の中でも、味、見た目、食感、香り、どれをとっても群を抜いて素晴らしく、もちろんお値段もそれに見合ったお高さの高級チョコ店だ。
そしてチョコは私の大好物である!
私はリクトにお礼を言い、早速ルルにお茶を淹れてもらうとチョコの包みを開けてみた。
黒曜石のように艶やかな歪みない丸い形のチョコが4つ入っていた。
私はその美しさに思わずため息をついてしまう。
「さあ、リクトとルルも1つ取って」
私たちはそっとチョコを口に入れた……。
誰も言葉が出ない。
はぁ、美味しすぎる。
涙が出そうだ。
絹のような滑らかさに繊細な甘さのチョコ、そして中にはほろ苦いトロリとしたキャラメル、それらが渾然一体に口中にひろがり最後に仄かにオレンジの爽やかな香が……。
絶妙……。
神……。
「リクト、最高のプレゼントだわ。本当にありがとう!」
私のために、私のことを想って、プレゼントを選んでくれたのだろう……。
私は目尻に溜まった涙を拭い、もう一度リクトにお礼を言った。
リクトのはにかんだ笑顔がかわいい。
私の弟がかわいすぎる。
それに比べてと、エランシオから送られて来た卒業パーティーのドレスを思ってしまう。
エランシオは体面を気にする神経細やかな方なので、卒業パーティーのドレスもちゃんと1週間前には届いた。
そう、届いたのだが……色がエランシオの髪の色だったのだ。
暗い緑。
さすが王族からの贈り物だけあって着心地はすごく良いし、流行りの形ではある。
でも、暗い緑……。
いや多分、顔立ちがパッと華やかな方なら似合うのだと思う。
でもはっきり言って控えめな顔立ちの私には壊滅的に似合わなかった!
お互いがお互いを高め合い地味の頂点に立つというような……。
「ミリアム様、これを卒業パーティーの日に着て行かれるのですか?本当の本当に着ないと駄目でしょうか?私は心から心配です……」
試しにそのドレスを着てみた私と目が合ったルルが、涙目で聞いてきたのが哀しかった。
婚約者の色のドレスは定番だ。
でもなら、せめて瞳の色でも良くないでしょうか!?
蒼色なら絶対まだましだった!
せめてもの抵抗に、ちょっと高かったが私の好きな明るい黄色の、薔薇を模した髪飾りを用意したのだが、それも昨日の一件で崩してしまったし……。
あの髪飾りや他の細々した物で私の予算はもうないし……。
来週の卒業パーティーはあの地味の頂点の姿を晒すと思うと心の底から気が重かった。
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「王太子アルトバルト後編」にもいいねが多く付いていました。
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