エピローグ 前編
ゾルットズルっとツルッと!
その後の取り調べでイーギス商会長は、貴族令嬢の誘拐未遂、ハウネスト領の橋の破損、貴族への不敬罪に加え、出るわ出るわの帳簿の改ざん、横領、女性の誘拐、監禁、暴行などなど……。
そのうえ他国とも通じて多額の金をもらっていたようで、従業員の中には他国のスパイがワラワラと……。
とにかく酷いもので、結局、鉱山奴隷となり一生涯働いて慰謝料を払い続けることになった。
鉱山奴隷はそれはそれは家畜以上に過酷らしい。
一日一食で一日中働かされ、ちょっとでも手を抜くとすぐさまムチで打たれ、しかも落盤に巻き込まれ死ぬ事も日常らしい。
いつ死ぬか分からない劣悪な環境で、長く生きても五年くらいみたいだ。
処刑してしまうとそこで終わってしまうので、処刑よりひどい刑罰になった。
そして、ツルットさんはカトレアにスパンと振られた後は、取り調べに連れて行かれ、彼自身は犯罪には関わっていなかったので貴族への不敬罪だけになった。
普通なら罰金さえ払えば釈放されるのだが、イーギス商会の全財産は差し押さえられ、ツルットさんは無一文だ。
親戚も早々にイーギス親子と縁を切って、誰も助けてくれず。
ツルットさんも鉱山奴隷になるしかないという寸前で、南方の国のラッド商会がサビエダ伯爵を通して手を差し伸べた。
商会長に誘拐、監禁、暴行の被害を受けたお母上が嫁いだ商会らしい。
お母上がシーダ商会長にツルットさんの助けを乞うたそうだ。
ちなみにお母上とシーダ会長の間には男の子が三人、末っ子に女の子が一人いるらしい。
シーダ商会長はイーギス商会も買い上げて、さらに手広くソルリディア王国での商売を広げていった。
引き取られたツルットさんはなんとか行商の下っ端にしてもらえたらしい。
カトレアが一度見かけたらしいが、汚らしい格好だが前よりはマシな顔をしていたそうだ。
よりを戻すのか聞いたら、天地がひっくり返ってもないってきっぱり言っていた。
そんなカトレアはスーザンの指導の下、下級女官を頑張っている。というのも、イーギス商会の従業員であったお母上の愛人が横領の罪で捕まってしまったのだ。
しかも、カトレアの血のつながったお父上が子連れで戻ってきて、4人で暮らすことになったとのこと。
異母妹はまだ3才で体が弱いらしい。
が、天使なのだそうだ。
容姿的にはそうでもないはずなのに、いつもお花のようにニコニコ笑っていて、初めてお母しゃん、お姉しゃんと呼ばれた瞬間カトレア母娘は胸を撃ち抜かれたと言っていた。
ろくでなしだった父親はその若かりし日の美貌がなくなり、地道に働いているそうだ。
私が大黒柱なのよ〜とからりと笑ったカトレアは、今までのカトレアの中で一番綺麗だった。
そしてお母さまだが……、いろいろあった光撃の婚姻発表の日、落ち着いてすぐヴァングラスと私に平謝りした。
危うく土下座までしようとする勢いだったので慌てて二人で止めた。
お母さまの気持ちは分かっているので、私達はすぐに許したのだが、お父さまとリクトがしばらくこんこんと叱っていた。
お母さまは神妙なお顔で頷いていたけど、お母さまの思い込んだら一直線は魂に刻まれているものだろう……。
多分、またやるだろうなぁ。
リクトの時が心配だ。
そんなお母さまだが、私は大好きだ。
その時はその時、みんなでフォローすれば何とかなるだろう!
* * * * *
そして私はというと……婚姻届けを出してとうとうミリアム・トルードと名が変わり、ヴァングラスのお屋敷で暮らし始めた。
名実ともに奥様になったのだ。
しかし、ここにきて私とヴァングラスに揉め事が勃発してしまっていた。
「ミリー、お願いだ。結婚式を挙げよう。ミリーの花嫁姿がどうしても見たいんだ!」
「何度も言いましたが、後妻の身で式なんか挙げたら笑われてしまいます」
ずっと平行線なのだ。
後妻に入る場合は一般的に式なんか挙げたりしないものだ。
だというのに、ヴァングラスは引かないのだ。
ほとほと困っている。
しかも、結婚式を挙げるまで初夜はダメだとか……もう意味がわからない。
婚姻届けを出して、一緒に暮らし始め、部屋も夫婦の寝室の両隣にそれぞれ移ったのにだ……。
なぜに新婚なのに各部屋で寝ているの!?
朝起きたらヴァングラスが隣にいて欲しいのに!!
「お母さま、そんな訳なのですが、どうしたら良いでしょう?」
婚姻発表後、深く反省しずっと自主謹慎を部屋でしていたお母さまだったが、私の話を聞くとメラメラと目に炎を灯して立ち上がった。
落ち込み海の底の底まで沈んでいたお母さまの久しぶりの生き生きとした表情だ。
「よく分かったわ。ミリー、今トルード辺境伯はお屋敷にいるかしら?」
「はい。いらっしゃいますが……?」
「行くわよ!」
なんと、お母さまが自らヴァングラス邸に行くのは初めてだ。
突然のお母さま登場にヴァングラスは驚いた顔をしたが、ケイトに目配せして、すぐに応接室にお茶とお菓子を準備してくれた。
「ええと、ようこそおいでくださいました。もしかして、結婚式の件でしょうか?」
「ええ、そうです」
「ハウネスト伯爵夫人が心配されるのは、ごもっともだと私も分かっております。確かに、ミリーは後妻となるので一般的には結婚式は挙げないものです」
私はうんうんと頷く。
「しかし、思い出してください!あの婚姻発表の日のミリーを!本当にとても美しかった。いえ、ミリーはもちろんいつも可愛らしいです。ただ、どうしても私はミリーの花嫁姿を見たいのです。まさに輝くばかりの美しさだと思うのです!そして、みんなにも見て欲しい。実は亡き母が着た花嫁衣裳があります。多少、手を加えるようですが、それをミリーに着てもらいたいのです」
「だから!それはもちろん着たいけど、結婚式を挙げる必要はないでしょってば!」
また堂々巡りが始まりそうだ。
しかし、今日はお母さまもいる。
私はお母さまに目で合図を送った。
さあ、お母さまズバッと言ってください!
「やりましょう!結婚式!」
は!?
何をおっしゃる、お母さま!?
「素晴らしいですわ!トルード辺境伯!いえ、もう義理の息子なのですからヴァングラス様と呼びますわね。場所はどこが良いかしら?」
「はい、お義母上様、私がミリーにプロポーズした黄色い花々の美しい庭があります。そこが良いかと!」
お母さまが満足そうに頷いた。
「あなたのお母さまが残した花嫁衣裳は私が責任を持って手直ししましょう」
「ありがとうございます!ケイト!持って来てくれ!」
「はい!すでにこちらに!ハウネスト伯爵夫人、是非私共にもお手伝いさせてください!」
いつのまにか屋敷の侍女やメイド達が集まっていた。
「もちろんよ!さあ、打ち合わせしましょう!」
「はい!!」
みんなの元気な返事が響き渡った……。
もう、誰にも止められない……。
結局、うちの家族とヴァングラスの家族だけを呼ぶこぢんまりとした式にするという事で、私も渋々結婚式を挙げるのを頷いた。
お母さまとヴァングラスはもう止めようがなく、はじけていた。
そして、お父さまが加わり、リクトも加わり、ルルが加わり、ハウネスト家の侍女やメイドも加わりと……何かすごいはっちゃけ始めた。
ねえ、こぢんまりだよね?ね?
そして、準備にひと月、いよいよ明日は結婚式だ。
ヴァングラスの方の家族は、あいにく辺境領にお祖父様か息子さんのどちらかは残る必要があり、息子さんは来られず、お祖父様夫婦が来てヴァングラス邸に泊まっている。
今頃ヴァングラスはお祖父様やお祖母様とどんな話をしているだろう?
そして私はハウネスト家に帰っていた。
ヴァングラスは花嫁がする事を全て私にして欲しいと思っているようだ。
私は深呼吸してお父さまとお母さまがいる部屋をノックした。
セバスチャンが静かにドアを開けてくれて下がった。
部屋には親子三人だけになった。
私は中に入ると、二人に向け、額に手を当て床に跪き頭を下げ最上級の礼をとった。
「お父さま、お母さま、ここまで育てていただいたご恩は生涯忘れません。お二人に心より感謝を……」
花嫁前夜の定型の口上を述べた後、私はそのまま続けた。
「私は川の流れに乗って精一杯泳ぎ、愛しいヴァングラス・トルード辺境伯の元に辿り着きました。お父さま、お母さま、私はヴァン様と共に幸せになります!」
そして、顔を上げると晴れやかに笑った。
お父さまもお母さまも私の手を取り立たせると、顔を涙でクシャクシャにして私を抱きしめた。
「幸せになって……。私達の願いはそれだけだから」
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感想もいただき嬉しいです。
ヴァングラスはミリーの花嫁姿を見たいというのも本当ですが、何よりも花嫁が経験する事をミリーに全てして欲しいと思いました。
ヴァングラス自身も、前の奥さんと結婚式も結婚らしい事も何一つ経験出来なかったので、余計結婚式をミリーとしたいと思ったのかもしれません。
☆一部お母さまのエピソードを加筆しました。





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