不安な言葉
なぜにいる!?
次期商会長様は私の姿を舐めるように上から下まで見るとニヤニヤと笑った。
「これはこれはお美しいですね。これなら私の隣にいても見劣りしないでしょう」
気持ち悪い。
私は扇子を広げて顔半分を隠した。
次期商会長様はあの品のないドレスと同じ真緑のスーツを着ていた。
また微妙な……。
ある意味よく似合っている。
そしてその後ろには侍女風な装いのカトレアがいた。
その顔色は青く、こわばった表情をしている。
私は椅子から立ち、三人から距離をとって向き合った。
「ハウネスト嬢、本日はお招き誠にありがとうございます。ところで、お贈りしたドレスはお気に召しませんでしたか?」
「本日はようこそお越しくださいました。ドレスはいただく理由がございませんわ」
今日招かれたのは貴族だけのはずだ。
お父さまの招待客のリストにもなかったはずだ。
何で!?
「ミリー、ここにいたのね。あら?イーギス商会長たちもこちらに?」
「奥様、本日はお招きありがとうございます。私共のような卑しい商人までご招待いただき感謝の念にたえません」
「まあ、何をおっしゃるの。多額のご寄付を二回もしてくださったでしょう?ご招待するのは当然ですわ」
まさかお母さま!?
だから、吹っ切れたように機嫌が良かったのか。
お母さまの一直線大爆走にめまいがする思いだ。
これはやりすぎだ。
お父さまも厳しい顔をしてお母さまとイーギス商会親子を見た。
「ソフィー、私が頼んだ招待客のリストに彼らは入って無かったと思うが?」
「あら、ディーは忙しくてうっかり入れ忘れたのかと思いましたわ。私が気づいて招待状を送りましたの。だって、あれだけのご寄付をいただいているのですもの、ね?」
お母さまはにこやかに返す。
確かに寄付をたくさんもらった場合、貴族の前に出しても恥ずかしくない信用のある商人なら招く事はある。
でもこいつらはアウトだよね!?
しかし、お母さまは意味ありげに次期商会長様と私を見た。
「ミリー、せっかくだからゾルットさんにお庭を案内して差し上げたら?」
またとんでもないことを言い出した。
絶対嫌だ!
「その前にハウネスト嬢、この場で誤解を解かせてください。彼女はカトレア、あなたの侍女として雇った女性です」
次期商会長様の言葉にお母さまが満足そうに頷いて、ほらねとばかりに私を見た。
カトレアを愛していると言い続けたはずの口には舌が2枚あるに違いない。
「カトレア、お嬢様にご挨拶なさい」
ぐいと商会長様がカトレアを前に押し出した。
「え?あの……?」
カトレアは困惑した顔で、助けを求めるように二枚舌をお持ちの彼を見た。
「さあ、カトレア。ご挨拶を」
しかし、二枚舌野郎は追い討ちをかける。
何、この茶番は?
「どうやらお貴族様を前に緊張しているようです。よく躾けますのでご容赦を」
商会長様がきつくカトレアを睨んで謝罪する。
カトレアは小さく震えて俯いた。
「以前の見合いの席では愛する人と紹介されたと思うが?」
「あなた、だからそれは誤解だと分かったでしょう?」
「そうです。私は初めてミリアム嬢」
「名を呼ぶ事を許してませんと言ったでしょう」
「はいはい、恥ずかしがりやさんですね」
ヒィ!あまりの気持ち悪さに私は固まってしまった。
「私はハウネスト嬢と初めて会った時から彼女一筋です」
お母さまは嬉しそうに私を見た。
「さあ、ミリー、ゾルットさんとお庭に行ってらっしゃい」
気持ちの悪い笑みを浮かべて息子様がエスコートの腕を出してきた。
絶対に嫌だ。
私が扇子で拒否を伝えようとした時……
「ミリー」
戻ってきたヴァングラスが、すっと私を庇うようにその腕に抱き寄せた。
そのシトラスウッディの香に知らずに入っていた力が抜けた。
「失礼?あなたは?」
ヴァングラスは貴族らしい笑みを浮かべてイーギス商会親子に目を向けた。
イーギス商会親子はヴァングラスの圧にたじろぐ。
「いや、その、私共はイーギス商会の者です。ご挨拶も済んだのであちらで楽しんできますのでお気になさらず」
しどろもどろに言って離れて行く。
「恥をかきたくなければ素直になりなさい」
次期商会長様がそばを通る時、私にだけ聞こえるような小さな声で言ってきた。
え?
「ソフィー、この件はパーティーの後に話そう」
本気で怒っているお父さまに、お母さまは震える手を握りしめた。
「私はミリーに幸せになって欲しいのです。辺境伯はうちより爵位が高いうえに、後継もいるのです。そんなところに入ったらミリーがどれほど苦労をすると思いますか?
それに、トルード辺境伯はミリーより大分年が上です。残された後ミリーはどうなりますか……。
その時、私たちも生きていて守ってあげられるかわからないのです。イーギス商会なら格上の貴族令嬢を蔑ろにすることなく大切にしてくれるでしょう。ゾルットさんは年も近いし、安心ではありませんか。
ディー、どうか婚姻発表をする前に考え直して。今ミリーはトルード辺境伯に心が傾いているのかもしれません。でもずっと想い合っていたのだからゾルットさんへの気持ちも残っているはずでしょう?今だけでなくミリーのこの先を考えてください。
どうか、トルード辺境伯もミリーの幸せを思うなら身をひいてくださいませんか?もう、後継も孫もいるのでしょう?ミリーは必要ないではありませんか?」
「ハウネスト伯爵夫人のおっしゃる事はよく分かります。私も何度も考えた事です。でも、私にはミリーが、ミリアム・ハウネスト嬢がどうしても必要なのです。
彼女のいない人生はもう考えられません。伸びやかで前向きで明るい彼女を心から愛しています。ミリーと一緒にこれからの人生を歩んでいきたいのです。
私の全てを捧げて守ります。絶対にミリーを幸せにすると誓います。どうか、お許し願えませんか?」
真摯に許しを乞うヴァングラスに涙が出た。
「お母さま……私もヴァン様と一緒に生きたいです」
しかし、お母さまは泣きそうな顔で私を見つめるだけで頷くことはなかった。
お父さまは私たちに頷くと、お母さまの背を優しく撫で会場に戻って行った。
「ヴァン様、ごめんなさい……」
「ミリーのお母上が心配するのは当たり前の事だよ。お母上はお母上で一生懸命ミリーの幸せを考えているんだ。じっくり時間をかけて分かってもらおう」
「はい。お母さまにあんな表情をさせてしまっても私はヴァン様と共に生きたいです。年齢的にもしかしたらヴァン様が先に逝く運命かもしれません。でも、その時見送るのは私でありたい。誰にもその役目を譲りません。
ヴァン様を見送った後はしばらく泣くでしょう。でも、きっとかわいい孫が慰めてくれます。もし孫がいなかったとしても、ヴァン様との思い出が私を優しく包んでくれるでしょう。大丈夫です。私は絶対幸せになります!」
「うん。そんなミリーだから惹かれたんだ」
私たちはお互いを抱きしめ合ってからコツンとおでこを合わせた。
「そろそろ戻ろうか」
「はい。あ、お化粧大丈夫そうですか?」
「うん、大丈夫。じゃあ、ミリー」
ヴァングラスが腕を差し出す。
私はそっと手を添えた。
この先も私はヴァングラスの隣に並んで、この腕を離さずに生きていくんだ。
それにしても先程の次期商会長様の言葉はいったい何だったのだろう?
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あと三話で完結です。おもしろい、楽しい、すっきりと思っていただけたら嬉しいです。
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