お仕事再開
私とお父さまは困ったように顔を見合わせた。
今日から女官のお仕事再開だ。
ルルにしっかりお化粧してもらって気合いを入れる。
「お嬢様、トルード辺境伯がお迎えにみえております」
「ありがとう、すぐに出るわ」
呼びに来てくれたメイドにお礼を言い、すぐに向かう。
玄関ホールではお父さまがヴァングラスに挨拶をしていた。
お母さまの姿はない。
どうにも頑なになってしまっている。
「ヴァン様、おはようございます。お待たせしました」
「おはよう、ミリー、では行こうか」
「はい」
お父さまの前だから手を繋ぐのは恥ずかしいので、差し出された腕に手を添えてエスコートを受ける。
「お父さま、いってまいります。お母さまをくれぐれもよろしくお願いします」
お父さまはしっかりと頷いた。
馬車に乗り込むとすぐ私はヴァングラスの膝に乗せられ抱きしめられた。
「ヴァン様」
私もすかさずヴァングラスの首に抱きつく。
大きく息を吸い込むと嗅ぎ慣れたシトラスウッディの香りがした。
この香りに包まれるのが日常になっていたから、タウンハウスが我が家だと言うのに落ち着かない気分になっていた。
「昨日はお母さまがごめんなさい。帰って話し合ったのですが、ひどい誤解をしているようで……。どうやらイーギス商会に嘘を吹き込まれてしまったようなのですが、何と言いますか……、お母さまは思い込んだら一直線なところがありまして……」
ヴァングラスが優しく私の背中を撫でる。
「大丈夫だよ。ゆっくり誤解を解いていこう」
そう言うと何かを思い出したようでクスクス笑った。
「ヴァン様?」
「ああ、ごめん。実は私の亡くなった母も思い込んだら一直線の方だったんだ。私がお腹にいた時に絶対女の子だと思い込んで、女の子の服をたくさん準備していたそうだ。弟の時も今度こそとか言って私の時に準備した服に加えてさらにフリフリした可愛らしい服を揃えていらっしゃった」
ヴァングラスが懐かしげに話す。
確かヴァングラスが5才の時に、お母さまは弟さんを出産する時に亡くなったと聞いた。
弟さんも死産だったそうだ。
「一緒ですね。その可愛らしい服は本邸にまだ残っているのですか?」
「親戚や家臣達の女の子にあげたようだが、何しろすごい量を準備していたからまだ残っているんじゃないかな」
「では、ヴァン様と私に女の子が産まれたら是非着させていただきましょう?」
「それはとても良いね……」
ヴァングラスは幸せそうに目を細めて、私のおでこにこつんと合わせた。
「ミリー!」
王城に着くとパトリシアに抱きつかれた。
「もう怪我は大丈夫なの?」
襲撃の事は伏せているから小さな声で聞かれた。
「うん、もうすっかり大丈夫」
「良かった」
それからヴァングラスと私を見てニマニマと笑った。
結婚の事もまだ大っぴらにできないからおめでとうは言えないけれど、その目が雄弁におめでとうと言っている。
「そろそろ、訓練場に行くよ。ミリー、無理しないようにね」
「はい、ヴァン様。いってらっしゃいませ」
「うん、いってきます」
ヴァングラスは私の頬をそっと撫でると訓練場に向かった。
「何かすっかり奥様な感じね!」
パトリシアはニマニマと言う。
トルード辺境伯邸ではすっかり奥様扱いだったからしょうがない。
「王城の方は変わりない?」
「王太子殿下とコーネリア・レシャールカ公爵令嬢の婚姻の日取りが半年後にとうとう決まったそうよ。それに合わせていよいよ専属侍女をお決めになるみたい」
おお、それはめでたいことだ!
是非コーネリアには幸せになってほしい。
「どなたが専属侍女に選ばれるのかしらね?」
「有力なのはケザロン侯爵家の次女のメロティ様とホルネクタ侯爵家のセシリア様あたりかな?」
確かその二人はコーネリアのお茶会の補佐の補佐に入った時にご一緒した上級女官の方だ。
二人とも品があってお綺麗だったのを覚えている。
いったいどなたが専属侍女に選ばれるのだろう?
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