"反対です"
幸せな一週間を過ごし、前よりも仲良くなったヴァングラスとミリアムでした。
4日後の夕方、お父さまとお母さまが私を迎えに来た。
「ミリー!怪我はもう大丈夫なの!?」
お母さまにギューッと抱きしめられる。
手紙にはもう平気だとは書いていたのだが、その強い力にどれだけ心配されていたのか感じた。
「お母さま、心配かけてごめんなさい。お医者様からも、もう大丈夫だと言われました」
午前中の診察でやっと最後まで残っていた右頬のガーゼが取れたのだ。
傷も残らず、綺麗に治っている。
明日からお化粧もして良いそうなので、二週間近くも休んでしまったが、私は明日から女官のお仕事に復帰する予定だ。
一応事件のことは女官長にだけヴァングラスから知らせてあり、パトリシア以外の他のみんなには領地に戻らなくてはいけない用事ができてしまってお休みをいただいたという事にしてある。
「本当に良かった」
お父さまがお母さまの肩を抱き寄せ、やっとお母さまは私から離れた。
「ヴァングラス様、この度は娘を預かっていただき感謝いたします。ありがとうございました」
お父さまが手を胸に当て正式な礼をとる隣で、お母さまもカーテシーをした。
「いえ、お役に立てて良かったです」
ヴァングラスがにこやかに答え、お父さまたちを応接室のソファへと促す。
私はヴァングラスの隣に座った。
お父さまとお母さまは向かいのソファに座ると、ケイトがお茶を淹れ、ローラがお菓子を並べていく。
「この度、ミリアム・ハウネスト嬢に求婚を受けていただくことができました。どうか、ご両親にも許していただきたく存じます」
頭を下げるヴァングラスの隣で私も頭を下げた。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します」
お父さまが嬉しそうにヴァングラスと握手した。
だが、気のせいか隣のお母さまは微笑んでいるもののその笑顔がぎこちないような気がした。
お茶を飲みながら今後のことを早速話し合いを始めていった。
「私は再婚となるので、ミリアム嬢とは婚約期間はなく婚姻したいと思っております」
「こちらも問題ありません」
お父さまに同意するが、お母さまの顔は冴えない。
「ミリー、あなたはどうなの?やっぱり婚約期間があった方が安心ではないかしら?」
いやいや、全く問題ない。
何なら今すぐでも良いくらいだ。
「婚約期間がなくても大丈夫です」
私はヴァングラスを見てニッコリ微笑み合う。
「そう……」
「婚約の発表はどういたしましょう?」
後妻に入る場合は一般的にはしないことが殆どだ。
私も人前でわざわざ発表しなくても親しい人にだけ知らせれば良いかなと思っている。
「私は婚約破棄された身ですし、特に発表は必要ないかと思います」
「そんな!」
「ミリー、それなら橋の完成パーティーを来月の10日に開くからその時に発表するのはどうだい?身内や親しい人を呼ぶ予定だからちょうど良いと思うが?」
3週間ほど先だ。
ヴァングラスにどうする?と目で見ると、ヴァングラスも頷く。
「はい、親しい友人も呼んで良いですか?」
お父さまも頷いたが、お母さまは不満そうな表情だ。
「そんなついでのように……」
「この度結婚するにあたって息子に家督を譲る手続きをしております」
「そうですか。無用な後継者争いが起こるよりはその方が良いでしょう」
「はい、その方が私も気が楽です」
「ミリー、息子が産まれたらどうするつもりなの?」
ん?家訓通りが一番平和だよね!
「川の流れに乗って行き着いた先で幸せになる努力をして欲しいと思います」
胸を張って言ったら、お母さまは渋い顔をなさった。
あれ?
「二十年前の戦の褒賞でいくつか爵位を賜ってますので安心なさってください」
そう言われて幾分お母さまの顔も明るくなった。
だいたい大まかな部分が決まったので、後の細かい部分はまた後日相談することになった。
「それではそろそろお暇しようか」
「はい、お父さま」
私はヴァングラスの手を借りて立ち上がった。
その時、意を決する表情でお母さまは、右手で扇子を半分開き真っ直ぐ立てたあと、左に倒して親指を立てた。
" 反対です"
え?
私もお父さまもポカンとお母さまを見てしまった。
何が?
お母さまはまっすぐヴァングラスを見据えていた。
まさかこの結婚にお母さまは反対なの?
「ヴァングラス様、どうかお気になさらず。ソフィー、家でよく話し合おう」
グッと押し黙ったまま、硬い表情でお母さまはお父さまに背を抱かれ退出した。
「ごめんなさい。ヴァン様。どうして……お母さま……?」
私は訳がわからずヴァングラスを見上げた。
「私は再婚だし、年も随分上だし、息子も孫もいるからお母上が心配なさるのも仕方ない事だよ。大丈夫。認めてもらえるように頑張るよ」
ヴァングラスは私が安心するように抱きしめて背を撫でた。
私もヴァングラスを抱きしめ、その背を撫でた。
ヴァングラスだって不安なはずだ。
「私もお母さまとよく話し合ってみます」
「うん。2人でがんばろう」
私はヴァングラスの顔を両手で包むと引き寄せた。
そしてつま先で立ち、その唇にチュッと音を立てて初めて私からキスをした。
ヴァングラスの目が驚きでまん丸になった。
「大丈夫です!私は絶対ヴァン様と結婚いたします!大好きです!」
そして、ヴァングラスは首から顔から耳まで真っ赤になった。
初めて見るその姿に愛しさが募る。
絶対、絶対、お母さまにも認めてもらう!
いいね、ブックマーク、評価をありがとうございました。





大好評発売中です!