私はそっと目を閉じ……なかった
"あなたを愛しています"
ヴァングラスからのプロポーズを受けた夜、トルード辺境伯邸は飲めや歌えやの大宴会だった。
下働きから庭師、メイド、侍女たちみんなが涙なみだで祝福してくれた。
「う、う、う……お、おめ、おめでとう、ごじゃいますぅぅ」
執事のダウズは大号泣だ。
ダウズにとってヴァングラスは息子のような気持ちなのだろう。
ちなみに本当の息子さんはトルード辺境伯領の本邸で執事をしているらしい。
「奥様〜、奥様〜、ようございました。本当におめでとうございます」
ケイトは涙でくしゃくしゃな顔で私の手を握った。
彼女にとっても、ヴァングラスは息子のような気持ちなのだろう。
「ありがとう。でも、まだ奥様は気が早いわ」
「ずっと心の中で奥様と呼んでおりました。どうかどうか、これからは奥様と呼ばせてくださいませ」
見るとみんながうんうんと頷いている。
私はどうしようかとヴァングラスを見ると、彼は嬉しそうに頷いた。
そうか、ヴァングラスが良いなら良いか。
私も嬉しい。
「はい、よろしくお願いします」
みんなから温かい拍手をもらった。
大宴会はまだまだ続くものの、いちおう私はまだ怪我人なので先にヴァングラスと抜け、私の部屋に戻った。
「ヴァン様、夢のようで何だかふわふわしております」
「私も夢の中にいるようだ」
ヴァングラスの胸に抱き込まれた。
私もその背中に手を回し胸にもたれた。
息を吸い込むと微かにシトラスウッディの香りがする。
ヴァングラスのシトラスウッディの匂いは抱き込まれないと分からないくらい微かだ。
きっと私しか知らない香りかもしれない。
気づけば、ヴァングラスにこうして抱き込まれるのが自然になっている。
多分、世界で一番安心できる場所だろう。
「これからはみんなに奥様と呼ばれるのですね」
なんとも面映い。
「ヴァン様のことは旦那様と呼んだ方が良いですか?」
「ミリーがヴァン様って呼んでくれる響きが好きなんだ。二人の時はこれまで通りヴァン様が良いな」
ヴァングラスはちょっと考えるとそう答えた。
「はい、ヴァン様!」
すりとヴァングラスの胸に頭をつける。
いっぱいくっついていたい、甘えたい、好き、とっても好きで心がいっぱいいっぱいだ。
ヴァングラスは私を抱きあげ、膝に乗せたままソファに座った。
私はキュッと首に抱きつく。
「ミリー、私は再婚になるから婚約期間がなくすぐに婚姻となるけど良いかな?」
再婚で最高です!
「はい、もちろんです!」
ヴァングラスがふと真剣な顔になった。
「私は当主の座をヒューゴに譲る手続きをしようと思っている」
私も真剣な顔になる。
ヴァングラスはまだ33才なのに当主を息子さんに譲るのは私のせいだろう。
このまま、ヴァングラスが当主のままで私と結婚して、私たちに息子が生まれれば、後継者争いが起こってしまう心配がある。
ヒューゴの母親は子爵令嬢でしかも離縁している。
私の方が爵位が上だし正妻になるので、その息子を担ごうとする者が出ないとは言い切れない。
それに私とヴァングラスは年齢も離れているので、私が息子を後継者にしようと結婚したと悪く言う者も出てくるかもしれない。
「後継者の問題ですね。次の後継者はヒューゴ様、そしてその次の後継者はワダスティル様です。私は構いません」
息子に継がせる気はさらさらない。
むしろ、後継者が2人もいるのはありがたいことだ。
よく息子を産まなければいけないプレッシャーの話を聞く。
私はそんなの気にしないで済むので気楽だ。
良かった。
「もし私たちに息子が産まれたら伯爵を継がせることができる。戦の褒賞としていくつか爵位をいただいているんだ」
「それは息子が選べば良いと思います」
継ぎたければ継げば良いし、流れに乗って泳いでそこで幸せになる努力をしてくれればいい。
「フフ、まだ産まれてもいないのにこんな話おもしろいですね」
「本当だ」
ヴァングラスもクスクス笑った。
そして、ひとしきり二人で笑ったあと、私とヴァングラスの視線が甘く絡んだ。
ヴァングラスの顔がゆっくり近づく。
私はそっと目を閉じ……なかった。
だって初めてのくちづけだ。
見たいと思ってしまった。
「ヴァン様、目を閉じなくても良いでしょうか?初めてのくちづけを見ていたいです」
「良いよ、2回目から閉じたら良いんじゃないかな?」
そう言ってヴァングラスはそっと私の唇にくちづけた。
私たちはとても近い距離で互いの目を見つめた。
間近で見るヴァングラスの紅い瞳がとても綺麗だと思った。
そして、ヴァングラスの唇は柔らかく温かかった。
私はこの瞬間を一生忘れないだろう。
そして唇がそっと離された時、私は目を閉じた。
2回目のくちづけは初めてよりもずっと深く長かった……。
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