黄色いお花のお庭で
絶対早く良くなってヴァングラスにアーンをして差し上げよう!
怪我の痛みも殆ど無くなってきたトルード辺境伯邸4日目の朝、ヴァングラスはにこやかに言った。
「今日から私は一週間お休みなんだ」
彼のお膝で、彼のアーンで朝食を食べ終えた時、ニコニコと告げられたのだった。
いつもよりのんびりしているなとは思っていたのだ。
え?今日から一週間ずっとヴァングラスと一緒?朝から晩まで?
何それ!すごい幸せではないか!
て、違うか……。ヴァングラスにはヴァングラスの時間があるのだ。
友人と会ったり、一人でゆっくり体を休めたりするだろう。
と、思ったりしていたら、ヴァングラスは鼻歌が聞こえそうなほどご機嫌に言った。
「一緒にのんびり過ごそうね」
!!!
「はい!」
私は大喜びで返事をしたのだった。
ヴァングラスと一緒に過ごせるのが嬉しすぎたのか、それとも怪我も大分落ち着いてきたためか、あれほど眠かったのがピタッと無くなった。
朝食後、久しぶりにナイトドレスから普通のドレスに着替えた。
頬にはまだガーゼが貼られているのでお化粧はまだできないが、ウキウキした気分が止まらない。
「ヴァン様をお散歩にお誘いしてもご迷惑ではないかしら?」
「旦那様からすでに、一緒に庭をお散歩でもどうかとお誘いがきておりますよ」
ケイトが私の左手の爪を磨きながら、クスクス笑いながら答えた。
私は嬉しくてニコニコと頷く。
ローラは私の髪を綺麗にサイドを編み込み、下はクルリと内巻きにしてくれた。
私の用意が整うとヴァングラスはすぐに部屋に迎えに来てくれた。
「さあ、行こうか」
ヴァングラスはいつも通り私をお姫様抱っこする。
「ヴァン様、もう殆ど痛みはありませんし歩けますわ」
「でも、階段は危ないだろう?まだ痛みが取れてきたばかりだし」
確かにずっと横になっていたので、階段でつまずいて怪我などしたら、とんでもなく迷惑をかけてしまうだろう。
「邸内は私が抱いて移動して、庭では歩くのでどうかな?」
「はい。よろしくお願いします」
私はいつも通りキュッとヴァングラスの首に抱きついた。
何回もお姫様抱っこをしてもらった経験からこれが一番お互い安定するのだ。
外に出るとヴァングラスと手を繋いでのんびり歩いた。
久しぶりの外だ。
大きく息を吸い込む。はあ、気持ち良い。
隣に歩くヴァングラスと目が合うとニコリと笑ってくれる。
幸せだ。
私たちに気づくと庭師のトムが麦わら帽子を胸に持ってお辞儀をした。
トムは白髪でおちょぼ口が可愛らしいおじいさんだ。
彼が丹精込めてお世話している花々は瑞々しくて美しい。
元は王城に勤めていたが引退し、仲の良かったヴァングラスのお祖父様に誘われてここでのんびり庭師をしているらしい。
「お嬢様、よくなられたようで良かったです」
「ありがとう、トム。ヴァン様が毎日お花を届けてくれたわ。トムがお世話しているお花でしょ?どのお花もとても綺麗だったわ」
「旦那様が毎朝お選びになってましたよ」
「ヴァン様、ありがとうございます」
私は改めてお礼を言う。
「どういたしまして」
お部屋のお花には本当に毎日癒された。
「トム、例の場所はできたか?」
「はい、旦那様。バッチリグーでございます」
ヴァングラスは満足そうに頷く。
例の場所?何だろう?
「ミリー、行こう」
そしてヴァングラスに手を引かれて行った先で、目の前に広がる光景に私は息をのんだ。
水仙、デージー、ルドベキア…………。
黄色い花、花、花……。
私の夢見た黄色いお花のお庭が広がっていた。
「すごい……」
「前に黄色い花の夢のお庭を話していただろう?トムに相談して作ってもらったんだ」
「すごい!すごいです!黄色いお花がこんなにいっぱい!薄い黄色や濃い黄色のお花でこんなに素敵に……」
「喜んでもらえて良かった」
安堵したようにヴァングラスは微笑んだ。
私が夢見たまんまの、いやそれ以上に美しい黄色い花々が咲き乱れるお庭を二人で手を繋いで歩いた。
そうして夢のお庭に新しく作られた東屋まで来た時だ。
ヴァングラスは私の前に跪き、私の手を取りくちづけた。
「愛しいミリアム・ハウネスト嬢。私と結婚してくれませんか?」
私は突然の求婚に驚きヴァングラスを見ると、真摯な瞳とぶつかった。
「……それは仕方なくでしょうか?」
思わずこぼれた言葉にハッと手で口を押さえる。
違う!ヴァングラスはそんな失礼な事しない、よく分かっているのに。
でも、私に求婚する男はみんな仕方なくと言ったのだ。
ちゃんと分かっている。
ヴァングラスはそんな奴らと違う。
私に優しく、私を大切にしてくれている。
仕方なく、仕方なく、仕方なく……。
気にはしないが傷つかない訳ではない。
いや、もしかしたら気にしないと思いつつ本当は気にしていたのだろうか……。
じわじわと涙が込み上げてくる。
「ごめんなさい。ヴァン様。今のは違うのです。私は……」
「ミリー、聞いて」
ヴァングラスは強い眼差しで私を見つめた。
「私はミリーが好きだよ、とても愛している。
ミリーの可愛らしいところが好きだよ。ミリーの前向きなところが好きだよ。ミリーの明るいところが好きだよ。ミリーの素直なところが好きだよ。ミリーのキリッとしたところが好きだよ。ミリーの面白いところが好きだよ。ミリーの笑った顔が好きだよ。ミリーが熱くチョコを語る姿が好きだよ。ミリーが……」
「ヴァ、ヴァン様?ちょっと待って?え?面白い?チョコ?そんなにいっぱい?」
私は恥ずかしくなって涙がひっこむ。そして……。
「ミリー、あなたといると私は楽しい。あなたが側にいると私は温かい気持ちになる。あなたと過ごす時間が私は愛おしい」
そして今度は胸に溢れる心のままに、涙がボロボロと流れた。
「私はこの先の人生にミリーがいてほしい。ミリーと共にいたい。ミリーにずっとずっと隣にいてほしい。だから」
私はコクコクと頷いた。
「愛しいミリアム・ハウネスト嬢、私と結婚しましょう」
「はい、喜んで」
私は心を込めて、扇子を両手でゆっくり開き胸に抱いた。
"あなたを愛しています"
いいね、ブックマーク、評価をありがとうございました。
とうとう婚約破棄のエピローグのお話に出てきた、それはちょっとだけ未来のお話…に無事繋がりました!
良かった(*^^*)





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