嗚呼…
"ファイト"
「お嬢様、イーギス商会が寄付の追加を持って来ましたがどういたしましょう?」
執事のセバスチャンが心配そうに言った。
狙って来たのか、それとも偶然か、お父さまは書類を届けに王城に行っていない。
本来であれば事前に連絡をして訪問するものだ。
ただ、寄付の場合は別なんだよね……。
急いで用意しましたってアピールになるからね。
「応接室にお通しして。私が出るわ」
お父さまがいないなら、私が出るしかない……。
カトレアが実は愉快なお人だったと分かったものの、その告げられた内容は全く愉快ではなかった。
何で私が二人のために次期商会長様と結婚しなくてはならないのか。
そもそも全くアリの触覚の先ほども次期商会長様なんか好きではない。
商家が貴族令嬢と婚姻を結ぶと、その商会に箔がつき他の商会から一目置かれるようになる。
例えば、商品を仕入れるにしても、他の商会と鉢合わせても間違いなく優先されるのだ。
あと、どこぞの商会に高位の爵位の後ろ盾が付いていたとしても、親戚関係になった貴族家の2つ上の爵位まで立場が上になるらしい。
もし揉めたとしても、2つ上の高位の爵位まではまあ親戚関係だし力になるよねって感じで退いてくれたりするようだ。
ということは伯爵家の令嬢と婚姻が結べたら、たとえ侯爵家や公爵家を後ろ盾に持つ商会であっても退いてもらえるということだ。
それこそ王族が後ろ盾についた商会でなければ太刀打ちできないほどの権力を持てるのだ。
王族をバックに持つ商会などあるわけないので実質トップだね。
しかし、よっぽど金持ちの大きな商家でなければ、なかなか貴族令嬢は平民と婚姻なんかしない。
それも受けるとしても頑張って男爵令嬢ぐらいだろう。
そこに降ってきた婚約破棄なんかされた傷ありの伯爵令嬢の私だ。
すぐそこに手の届きそうな伯爵令嬢がいるのだ。
商会長様は私と息子をどうしてもくっつけたいのだろう。
「はあ……」
私はモヤモヤした気持ちを吐き出すようにため息をついた。
応接室に行くとイーギス商会長と息子が親子で来ていた。
「生憎、父ハウネスト伯は不在です。代わりに私がお話を伺いましょう」
ソファに座った私の後ろにセバスチャンが立ち、ルルがお茶を淹れ始めた。
「先日は息子が高熱の為おかしな言動を取り申し訳ございませんでした」
まずは商会長様が謝罪を述べると、息子もボソボソと謝罪を口にした。
「もう忘れましたわ。どうぞ楽になさってお菓子を摘みながらお話を伺いましょう」
謝罪は流し、お菓子を勧める。
さくさく話を進めてお帰り願いたい。
「お優しくも慈悲のあるお言葉、誠にありがとうございます」
商会長様は商人らしい胡散臭い微笑みを浮かべた。
タヌキの尻尾が見えそうだ。
「こちらはハウネスト領の橋の修繕の為にぜひお使いください」
「まあ、以前にもご寄付を頂いてますのに、またご寄付くださるなんて領主である父に代わり感謝いたしますわ」
私はセバスチャンに目をやり、セバスチャンがありがたく袋に入ったお金を受け取る。
その後は上っ面の会話をにこやかにし、そろそろ帰る頃あいかという時に、とうとう商会長様が今日来た本題を出してきた。
「ところで、ハウネスト嬢にはもうご婚約者様はいらっしゃるでしょうか?」
知ってるくせに聞いてくる。
「こんなにお美しく聡明なお嬢様にいらっしゃらない訳はございませんね。いや、失礼、失礼」
ツルッとした頭をペシペシと商会長様はにこやかに叩く。
いや、以前そちらの息子さんから地味とか言われてるけどね?
「婚約者はおりませんわ」
「いやいや、貴族のご子息には見る目が無いのでしょうか。きっとお嬢様には、窮屈な貴族社会より自由な世界の方が幸せなのではありませんかな?そうそう、実はここにいる息子は以前お嬢様を見かけてから恋焦がれているようでございまして」
本当どの口が言う。
「以前のお見合いでは行き違いがあったようですが、若いお二人で少しお話しされてはいかがでしょう?」
行き違いも何も間違いようがなく、そちらの息子さんは恋人を連れて来たよね?
商会長様は目で息子に合図を送る。
その目は分かってるよなと言っている。
「お見合いの席では大変失礼いたしました。あれは本心ではありません」
商会長様は満足気に頷く。
まるで台本を読んでいるようだ。
「どうか、お美しく慈悲深いハウネスト嬢。この哀れな男にそのお心を少しでも傾けていただけませんか?」
棒読みにも程がある。
「まあ……ご冗談を」
私は笑ってない目で微笑みを貼り付け、扇子を右手で開き左斜め45度に傾け右中指を伸ばした。
"手前何言ってんだ?"
会長様がそれを見て顔を引き攣らせる。
良かった。ちゃんと扇子言語が通じるようだ。
「あら、もうこんな時間。愉快なお話にすっかり引き留めてしまいましたわ。お忙しいところ、今日はありがとうございました」
私はさっさと切り上げる事にした。
立ち上がり退出を促す。
さあさあ、お帰りはあちらだよ。
「カトレアと結ばれるためです。仕方がないからあなたと結婚して差し上げます。しかし、どうか私の心は望まないでください」
私は笑みを深くして、開いていた扇子をそのまま下に向け右薬指を伸ばした。
"ドン引き〜"
そしてお宅の息子こんなこと言ってるけど?と口は笑んだまま、冷ややかな目を商会長様に向けた。
「おい!」
それを見て、凍りついていた商会長様は慌てて正直者なご子息の口を押さえる。
「申し訳ございません!息子は照れてつい心にもないことを!いや、前回の高熱がぶり返したようです!今日はこれにて失礼いたします!」
商会長様は引きずるように愛に生きてらっしゃるご子息を連れ帰った。
セバスチャンもルルもそのこめかみに青筋が浮かんでいた。
「お嬢様、奴らを不敬罪で訴えましょう!」
「これだけ寄付をもらった手前難しいわ」
何であの次期商会長様は、あなたがとっても好き、あなたを諦めないわ〜前提で話すのだろう?
いったいその自信の源は何なのだろう?
本当に謎だ……。
それから王城でも、カトレアとトンチンカンが何やら不穏な動きを見せるようになった。
何か私の噂を広めているようだ。
パトリシアはみんな相手にしないだろうから大丈夫と言うが、どうにもモヤモヤする。
ヴァングラスが心配だし、寂しいし、彼らの不穏な動きにモヤモヤするし、それらのことが重なって私はとうとう…………。
食に走ってしまった!
タイミングが良いのか悪いのかショコラ・ローズから大量にチョコが届いたのだ。
しかもチョコの焼き菓子!
以前お手紙にトルード邸で食べたチョコブラウニーが絶品だったと書いたがため、ライバル心に火をつけてしまったようだ。
ショコラティエなのにそちらにも手を伸ばすのか……。
それにしても美味しい!
さすがショコラ・ローズだ。
いけないと分かっているのに手が止まらないのであった……嗚呼……。
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