ノビレス・オブレージュですわぁ
トンチンカンの所以を見たような気がした…。
「やっと二人になれましたわぁ」
とうとうカトレアと遭遇してしまった……。
いや、カトレアが入ってもうひと月、よく遭遇しなかったと言えよう。
それにしても……。
「えと、大丈夫ですか?」
カトレアの顔が般若になった。
「大丈夫?大丈夫ですって!?これが大丈夫に見えると!?」
カトレアはカリカリと親指の爪を噛む。
私はブンブンと首を横に振る。
カトレアは以前会った時と違って、髪は艶なくグルグルのお団子にひっつめ、目の下あたりにシワができ、表情筋が下がって10ほど年食ったように見えた。
シップの匂いが漂うのがまた悲しすぎる。
「スーザンよ!なんって細かいの!?めざといの!?
このひと月私がどれだけ王城を綺麗に磨いたと!?」
「お、お疲れさまです……?」
「ちょっと、手を止めないで!ちゃんとそこ腰入れて磨いて!スーザンがくるでしょ!?」
そう言うと、辺りをキョロキョロ見回した。
いや本当大丈夫?
「フッ、まあいいわ。
やっと二人になれましたわぁ」
そこから仕切り直しかぁ。
口調もきっとさっきのが素なんだろうな。
全く語尾伸びてなかった。キビキビ話してた。
「私がここに来たのはゾルット様に頼まれたからですわぁ。ゾルット様のお父様がやっと、私達を認めてくださったんですわぁ。条件付きですがねぇ」
あ、何か嫌な予感。
「ミリアム様とゾルット様が結婚する事ですわぁ。お父様はどうしても貴族令嬢とゾルット様を婚姻させたいそうなんですわぁ。この際、私愛人でも構いませんわぁ。ミリアム様は、男の子さえ産めば自由にして良いそうですわぁ。お金はあるし、あとは自由になさってぇ」
はい!的中!
「ミリアム様もゾルット様を諦めなくて良いし、私達も結ばれてみんなハッピーですわぁ」
どこに私の幸せの要素が?
全く見当たらない!
「ノビレス・オブレージュですわぁ。お貴族様の務めでしょう?」
いや、ちょっと意味が分からない。
ノブレス・オブリージュと言いたかったかな?
惜しい!あなたの愛しの次期商会長様の顔の配置のようだ。
それでもって何でピンポイントであなた方にしなくちゃいけないのかな?
「私は次期商会長のこと欠片も想ってませんが?」
「お貴族様はプライドが高くていけませんわぁ。平民に振られるのがそんなに屈辱でしてぇ?いけませんわぁ」
本当に私が次期商会長様が好きってどこ情報だ!?
「聞きましたわぁ。わざわざ、ゾルット様の気を惹くためにひと回りも上の近衞騎士団長をお店に連れて現れたのでしょう?」
情報が古い上に間違ってる。
「違います。たまたま二人で買い物に行ったお店が、運悪くイーギス商会のお店だっただけです」
「またまたぁ」
いい加減イラッとする。
「あ、スーザン様」
カトレアがシュタッと本腰入れて床を磨き始める。
「鏡になるまで磨きます!スーザン様、私ちゃんとやっております」
面白いから暫く眺めてみた。
動きも口調もキビキビして気持ちが良い。
だいたいひと通り磨くとキッとカトレアが私を見た。
「騙したわね!?」
多分気づいた後もひと段落するまで止まれなかったのだろうな。
スーザン、すごい!素晴らしい教育だ。
「とにかく、我慢なさらず素直になってゾルット様と結婚してくださいませぇ。あんなひと回り上の男の後妻なんかよりマシでしょう?」
どこをどう見たらあっちがマシになるんだ!?
あれ?もしや……
「カトレア様、近衞騎士団長様を見た事はございますか?」
「は!?そんな余裕があったと思う!?ずっと、ずうっと、休憩時間も私はスーザンと一緒だったのよ!?王城を磨く以外、何にもしてないわよ!!」
あ、やっぱり。
「騎士団が盗賊討伐から戻られたら見てみてください。それで私の気持ちは通じると思います。百聞は一見にしかずです」
カトレアがこてりと首を傾げた。
「あ、スーザン様」
「そう何度も引っかからないわよ!」
「カトレア様、心配して来てみて良かったです」
濃い焦茶の髪をキッチリお団子にしたスーザンは眼鏡をクイッと上げ、ポンとカトレアの肩に手を乗せた。
カトレアがヒッと跳んだ。
そして、すぐさまスーザンに向き直りピシッと気をつけで立つ。
指の先まで伸びて美しい。
「話す言葉は?」
「丁寧に!」
「身嗜みは?」
「清潔感!」
「磨く床は?」
「鏡の如く!」
「先輩には?」
「敬意を持って!」
「では?」
スーザンが私に目をやる。
「ミリアム様、大変失礼致しました!以後、気をつけます」
カトレアはお手本のような90度のお辞儀をした。
「ミリアム様、申し訳ございません。私の指導不足です。今までの指導では甘かったようです。立派な女官になれるよう、これまで以上にビシビシ仕込んでいきます。カトレア様、行きますよ」
「はい!」
元気に良いお返事をしたカトレアの目は涙目であった。
私は閉じた扇子の真ん中を右手でグッと握り、肘を45度に曲げた。
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