表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/62

刺繍のハンカチ

心配になってきた…。

 ヴァングラスへ贈るハンカチは3日ほどで完成した。

 蓮華の花に交ぜて目立たないように赤い薔薇も小さく刺繍してしまった…。

 花言葉はあなたが好きです。

 色的にも目立たないようにしてるし、小さいし気づかないと思うけど、なんてこっ恥ずかしい。

 深夜のテンション怖い!

 いや、大丈夫。そんなまじまじ見ないだろうし、こんなたくさんの蓮華に交じってだし、縫った私がよく探さないと見つからないぐらいなんだから大丈夫だろう。



 あれから渡せずぐずぐずして一週間…。

 自分がこんなにヘタレだとは思わなかった。

 もし、迷惑と思われたら、嫌な気持ちにさせてしまったら、困らせたら、たら、たら、たら……、怖くなってしまい渡せないのだ。

 優しいヴァングラスだから怖い。

 好きだから怖い。



「はあ…」

 午後の休憩時間、思わずため息をつくとパトリシアが呆れた目を向けた。

「まさか、まだ渡してないの?」

「うん…」

 パトリシアが真剣な顔になる。

「ラルフに聞いたんだけど、急な王命で盗賊の討伐命令が出たそうよ。明日には行ってしまうのよ。きっと暫く会えなくなるわ」


 ヴァングラスに会えなくなる…?

 気づいたら私は騎士の訓練場に向かっていた。

 討伐命令のためか、訓練場はピリピリとした空気に包まれている。

 ヴァングラスも厳しい目をして指示を出していた。


 何も考えず来てしまったが、出直した方が良いか迷った時ふとヴァングラスと目が合った。

 途端にヴァングラスの空気が和らぐ。

「ミリー、ちょっと待ってて」

 ヴァングラスは残りの指示をすると、すぐに私のところに来てくれた。


 私が切羽詰まった顔をしていたからだろう。

「どうした?何かあった?」

 焦ったように私の顔を覗き込む。

 ああ、やっぱりヴァングラスが好きだ。


「あの、これを」

 一週間持ち続けたハンカチを差し出す。

 もう頭には、たら、たら、たら…はなかった。

 私がヴァングラスに渡したいのだ。


 ヴァングラスはそっとハンカチを受け取ってくれた。

「見ても?」

 私は恥ずかしくて俯きながら頷く。


 そして、フワリとヴァングラスに抱き込まれていた。

「ありがとう、すごく嬉しい…」

 ヴァングラスの嬉しい気持ちが伝わってくる。

 良かった…喜んでもらえた。

 私はヴァングラスを見上げるとヘニャリと笑った。


 ヴァングラスの肩越しに目頭を押さえる騎士達が見えた。

 砂埃でも舞って目に入ったのだろうか??



 ちなみに……。

「え?盗賊討伐?私は行かないよ?そんなに規模は大きくないし、日帰りで騎士が10名ほど行くくらいだよ」

 え?

 瞼の奥にニヤリと笑うパトリシアの顔が浮かんだ……。


「先ほど厳しい雰囲気で指示を出しておられたのは?」

「ああ」

 ヴァングラスは私と私が贈ったハンカチを見てニコニコ笑った。

「もう、大丈夫」

 ???



* * * * * * *



 とある騎士の独り言…。



 最近、近衞騎士団長が怖い。

 ずっとピリピリしている。

 どうやら意中の女性に避けられているらしい。


 その女性はひと月ほど前に入った新しい女官、伯爵令嬢ミリアム・ハウネスト。

 俺の婚約者のパトリシアの親友である。

 ハウネスト嬢とパトリシアが仲良くなった頃から、いつも団長にお昼を一緒に誘われるようになった。

 え?もちろん、イエス!喜んで!だ。




 ハウネスト嬢は凄い。

 団長のあの怒涛の猛攻撃を華麗に受け流すのだ。


 いつだったかも…

「ミリー、訓練場を案内するよ」

「ありがとうございます」

 団長の誘いににこやかにお礼を言うが、チラと俺とパトリシアを見て団長を見たその顔には、お気遣いありがとうございますとはっきり書いてあったのは記憶にまだ新しい。

 流しのハウネスト嬢と我らは呼んで、その技を手本にしている。



 団長はべらぼうに強いのにそれを鼻にかけたりすることもなく、平民にも貴族にも分け隔てなく気さくで、問題が起きるとさりげなく手を貸してくれたりして、団員達もみんな慕い尊敬している。

 見目も良く、清潔感もあって柔和な雰囲気で、見学に来た女性達にも人気が高い。


 そんな団長に口説かれているのに一向に落ちないハウネスト嬢はもしかしたらどこかおかしいのか、もしくは他に好きな男でもいるのか?

 我ら団員は団長の恋の行方をハラハラと見守っていた。



 しかしこの一週間、ハウネスト嬢が団長を避け出してしまったのだ。

 目が合わない、距離をとられる、話が弾まない、訓練場に見学に来ない、明らかに今までと違うのだ。

 団長とハウネスト嬢がデートした後だから、そこで何かあったのか?

 距離を詰めすぎたのか?

 団長も何か思い当たることがあるのか、ハウネスト嬢を攻めあぐね、眉間に皺を寄せ、ただただピリピリしていた。


 そこに久しぶりのハウネスト嬢の登場だ。

 一週間ぶりに団長の眉間の皺がなくなった。

 浮き浮きとした花が飛んで見える。


 我らは見た!!

 ハウネスト嬢が団長にハンカチを渡しているのを!!


 団長はハンカチを受け取って広げて見ると、首から顔から耳までブワリと赤くなっていった。

 初めて見る団長の姿だ。

 そして団長は優しくハウネスト嬢を抱き寄せると破顔した。


 その瞬間、目頭が熱くなった。

 俺の他にもみんな目頭を押さえていたから気持ちは同じだろう。


 努力は報われるんだね。

 俺これからコツコツ努力するよ。







いいね、ブックマーク、評価をありがとうございました。


ミリアムはヴァングラスの顔が赤くなるのも破顔したのも見逃しております…残念。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
html>                      html> 大好評発売中です!
― 新着の感想 ―
[良い点] 努力は報われるんだね。 の一言に吹いてしまいました。 俺これからコツコツ努力するよ。 って、お仕事でしょうか、彼女のことでしょうか。 ふふふ、かわいいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ