死魚目のお見合い
ヴァングラスに奥様がいない事を知りました。
そうして、ヴァングラスと来週の水の日に一緒に出かける約束をした日、タウンハウスに帰ると、苦虫噛み潰したような表情のリクトと眉を八の字に下げた領地にいるはずのお父さまがいた……。
「お父さま、リクト、ご機嫌よう」
この雰囲気に何でしょうと思いつつ挨拶をした。
「父上、僕は絶対反対ですから!」
「いや……しかし……」
多分ずっとこの調子だったんではなかろうか。
執事のセバスチャンが困ったように私を見た。
ルルも心配そうに私を見る。
はて?
「リクト、落ち着いて。お父さま、何かあったのですか?」
お父さまは上目遣いにチラチラと私を見ながら言った。
「あぁ……ゴホン。ミリー……お見合いをしてみないかい?」
はい?
「父上!僕は反対です!」
すかさずリクトが反対する。
「ええと……どういう事でしょうか?」
なぜお見合い??
途中途中反対です!と合いの手を入れるリクトを宥め宥め、よくよく話を聞くと、領地の橋の修理に多額の寄付をしてくれたイーギス商会長に、是非に息子とお見合いをと頼まれたそうなのだ。
イーギス商会は最近大きくなってきた商会なので、貴族の嫁を迎えて箔をつけたいところなのだろう。
お父さまとしても、多額の寄付をしてもらった手前断りづらいのと、勢いのある商会なので嫁いだら幸せになれるのではという気持ちがあるようだ。
しかし、女官のお仕事は楽しいし、何より私には夢のおひとり様ライフが待っているのだ。
「お断りしたいのですが……」
途端にリクトは満面の笑みに、お父さまは心底申し訳なさそうな顔になった。
「すまん、ミリー。もうお見合いをすると返事をしてしまっているのだ……」
お父さま……。
私は泣く泣くお会いするだけで良ければと念を押し、お見合いをする事になったのだった。
* * * * *
善は急げとばかりに私のお見合いはヴァングラスとお約束した日の前々日の午後に我が家でセッティングされた。
しょうがないので水の日のお休みを半休にして、お見合いの日の午後はお休みをいただいた。
ヴァングラスとは午前中から出掛ける予定だったのが、午後からになってしまった。
そして今……。
このお見合い断れば良かったと、死んだ魚の目をして私は心の底から思っていた……。
まず、ひと目見た時から私とお父さまにハテナが飛び交った。
名はゾルットさんという青年は22才、見目はまあまあかっこいい方だし、年もつりあっているかもしれない。
長めの空色の髪は顔の輪郭に沿うように品良くカットされ、深緑の瞳は切れ長の一重、形良い眉、ただ若干配置がほんのり惜しいと感じる顔立ちだ。
背は筋肉はないもののスラリと高い……だがしかし、口元は不満そうに歪められていたのである。
そちらが是非にというお見合いなのに、何故ご機嫌斜めなのでしょう??
何よりハテナの元凶は傍らにいる女性だろう。
明るい黄緑色の緩く波打つ背中の中程の長い髪に、まつ毛はバシリと上を向き、淡い焦茶色の潤んだ大きな瞳、ふっくらした紅い唇、華奢な腰なのにバインと主張された胸についつい目がいってしまう。
ドレスの色は空色……。
次期商会長様の髪色と同じなのは偶然なのでしょうか?
そんな彼女は次期商会長様の隣に涙目で立っていた。
次期商会長様の付き人?
え?そんな深窓のご令嬢様なの?次期商会長様ってば?
20才も超えたいい大人だから、イーギス商会の会長であるお父上様は来てないのに?
とりあえず、お父さまはお見合い用にセッティングした庭の席に案内する。
女性は次期商会長様にエスコートされ普通についてくる。
本当その女性は誰?呼ばれてない人がいるよ??
ルルは慌てて椅子を一つ増やした。
「私はハウネスト伯爵家当主ディアスである。こちらは娘のミリアムだ」
お父さまがハテナな女性には触れず自己紹介をした。
私も顔に笑顔を貼り付け、軽く会釈をする。
が、私は気になって女性をチラチラ見てしまう。
「次期イーギス商会長ゾルットです。お会いできて光栄です」
本当に?と聞きたくなるほど無愛想である。
貴族相手にすごい度胸だ。
ルルがお茶を淹れてくれたが、誰も口にできない。
心配です……とルルの目が言っている。
お見合いの緊張感とは違う緊張感が漂っていた。
「そちらの女性は?」
とうとうお父さまが言った!
するとそれまでの不機嫌が嘘のように次期商会長様はその女性の手を握り微笑んだ。
「この美しい人はカトレア、僕が心を捧げた愛しい人です」
はい!正解!
私もお父さまも薄々そうだと思ってた!
というか、それ以外ないよね。
ただ、お見合いにそんな女性を連れてくるってまさかねって思ってたよ。
「ミリアム嬢」
許してないのにいきなり名前を呼ばれた。
私は左手で扇子を開き、下から上へスナップをきかせて振った。
" 不快〜"
謝罪はない。
勢いのある商会の次期商会長様は某前王太子のように扇子言語に不自由があるご様子だ。
「あなたが婚約破棄をされ、貴族令息に相手にされないのは確かに可哀想だと思います。顔立ちも地味で華やかさに欠けているので、結婚相手がなかなか見つからないのでしょう。
だから、平民とは言え金のあるイーギス商会の次期会長である私に目をつけたのですか?しかし、権力を使い無理に私と縁談を結ばれるのは迷惑です。私には愛するカトレアがおります。何人たりとも私とカトレアを引き剥がす事はできません。私の事はお忘れください!」
「ゾルット様!」
2人は立ち上がり、ひしと抱き合った。
安いお芝居を観てしまった気分だ。
私は死んだ魚の目で2人を眺めて心の底から思った。
このお見合い断れば良かった…。
突っ込みどころが多すぎて何から言っていいやら。
お父さまも無言だが、よく見るとこめかみの血管がピクピクしていた。
まずこちらからお見合い言ってない。
権力使ってない。
私、縁談いらない。
確かに傷ありだし、顔立ちも普通だけど、次期商会長様に目をつけた覚えは髪の毛の先程もない。
どうぞ、ずっと離れずお二人でどこまでも行って欲しい、私と関わらない場所で、どうぞどうぞ。
大丈夫、次期商会長様、そもそも覚えてないから忘れるもない。
さあ、もう私は良いだろう。
後はお父さまに任せよう。
私は悟りを開いたような表情で微笑み、扇子をパンパンと下に振り2回開閉すると、その場を去った。
" 二度とその顔見せるな"
次期商会長様がこの扇子言語を調べるなりして理解する事を心から祈るばかりである。
いいね、ブックマーク、評価をありがとうございます。
ミリアムのパパはディアスさん(37才)、ママはソフィアナさん(37才)と言います。
パパがこちらに来てしまったのでママが領地のお仕事頑張ってます。





大好評発売中です!