逃した魚ヴァングラス
何という事でしょう!就職が決まりました!!
「ハウネスト嬢は女官としてお勤めになるという事ですので、せっかくヴァンが興味を持ってくれましたが、縁談はなかったことでお願いします」
ニヤニヤと腹の立つ顔で友人であるピアネスが言った。
ピアネスからミリアムとの縁談を打診されたのは昨日の事だった。
ヴァングラスは14才の時に結婚し息子ができた。
子どもを作るためだけの結婚だった。
ヴァングラスが14才になったばかりの頃、隣国ドミニエンド皇国と戦争が起こった。
既に父を亡くし、辺境伯として爵位を継いでいたヴァングラスは、祖父から血を残してから戦争に行くよう言われたのである。
急遽ヴァングラスの妻に選ばれたのは分家である子爵家令嬢の5つ年上のアンリだった。
戦争に行き、戻らない可能性のある男との結婚だ。
なかなか決まらないところで、アンリは条件付きで受けたのだった。
アンリには結婚を反対されている男爵家三男の恋人がいた。
子どもを産むのを条件に、その男と結婚できるようにする事、その三男と生活するのに困らない多額のお金を約束した離婚前提の結婚であった。
14才の少年にとって酷としか言えない結婚であったが否を唱える事は出来なかった。
お互い義務のような閨事であったが、幸い後継ぎも産まれたので円満に別れ、そのままヴァングラスは戦地に行ったのだった。
それもあって次の結婚はなかなかする気がおきず、後継ぎもいるので、そのまま、騎士の仕事に邁進して33才まできてしまった。
そこに降ってきたピアネスからの縁談だった。
そろそろ自身の幸せを考えても良いのではないかとのお節介心もあったのだろう。
縁談相手のミリアムであったが、婚約破棄を受け、その相手に拳を振るわれそうになったにも関わらず、扇子を突き立て、大爆笑して引き笑いまでなっていた彼女を、ヴァングラスは捕縛の現場で見てから妙に気になっていた。
正直、最初はどんな豪胆な娘なのかと興味を持っていただけかもしれない。
しかし、実際に間近で会ったミリアムはいたって普通の可愛らしいお嬢さんだった。
思わずそのギャップに出会い頭に爆笑してしまうほどに。
こんな可愛らしいお嬢さんがあのアホに扇子を突き立てたのかと。
たまたまです、わざとじゃないのですとミリアムが言えば言うほど可愛らしくて笑いが止まらなくなってしまったのだった。
そしてヴァングラスが自己紹介すると、先程まで蹲るほど大爆笑していたのに、すっきり気持ちを切り替えお手本のようなカーテシーを披露してきて思わず目を見張ってしまった。
何というかギャップがすごく面白い。
エスコートするとニコニコと笑顔がまた可愛らしく、ヴァングラスに孫がいることに驚いていたが、孫の話で盛り上がれるところがまた孫馬鹿のヴァングラスのツボを突いてきた。
ピアネスには、ミリアムと会ってみて縁談の話を受けるつもりがあるなら、エスコートした後は茶会室に残るように言われていた。
もし、ミリアムが良いなら縁談を進めても良いと思い、茶会室に残ったのだがピアネスのニヤッとした顔がイラっとした。
そこで見たミリアムがまた面白すぎた。
チョコを熱く語ったと思ったら、なぜ、陛下とお友達になっているのか。
本人もハッとした顔をしたのがまた可愛く思えてしょうがなかった。
何だかどんどんミリアムにハマってきていると感じているところの、あの最高礼だった。
真剣な表情でドレスなど全く気にせずに躊躇いなく床に跪き、そしてすっと綺麗な礼をとったのだ。
すとんと何かに落ちた感覚がした。
この可愛らしくて面白い、そして家族のため、領民のために躊躇いなく頭を下げる事のできるミリアムが、これから先の自分の人生にいて欲しいと思ったのだった。
だが、ミリアムがピアネスから縁談を打診される前にまさか就職宣言するとは……。
頭が白くなるかと思ったヴァングラスであった。
「どうしますか?ヴァン?」
分かっていながらニヤニヤ笑うピアネスが心底腹立たしい。
「大丈夫。自分で何とかするよ」
そう、33才にもなって自分で口説き落とさなくて何とする。
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ミリアムは知らぬうちに大きな魚を逃しておりました…。





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