公爵令嬢コーネリア 後編
卒業式の前夜、あの日ほとりと胸の奥に落ちた気持ちと向き合う事になりました。
その夜は卒業式の前夜で月も美しかったせいでしょうか、それとも何かを期待していたのでしょうか……。
私がテラスに出てそっと月を見上げていると、テラスの下からカサリと音がしました。
男の人の格好をしたリチェがいました。
白金の柔らかな髪を後ろで結び、化粧をしていない素の顔を晒すリチェは、月の青白い光を受けとても美しく妖しさを秘めておりました。
私は待っていたような気がいたします。
リチェは無言でテラスにロープを巻き付けるとスルスルと上ってきました。
私の前に立ったリチェは何も言わず私を見つめました。
月の光が無言のリチェの顔に影を作ります。
右手を伸ばしそっとリチェの頬に触れると、とても冷えておりました。
「冷えてしまってますわ」
それまで黙っていたリチェは、頬に触れた私の右手を自身の左手で包んで唇を寄せ、私の目を見つめながらあの日のように小さく呟きました。
「俺を選んで」
私は目を伏せ、リチェの右手を取り頬を寄せました。
「聞きましたの?」
リチェが頷きます。
明日、卒業パーティーが終わった夜、アルトバルトと初夜を迎える事が決まったのでした。
アルトバルトの男爵令嬢への気持ちを危惧して、卒業式後に婚姻届けを提出し、結婚式は後日盛大にするとして、初夜だけ先に済ますことになったのです。
「俺を選んで。俺と逃げて」
リチェがもう一度言いました。
ああ、このままリチェと一緒に行けたらどれだけ幸せでしょう。
でも……。
「私は行きません」
私は伏せていた視線を上げ、リチェの目をはっきり見つめ答えました。
この国を、お父さまを捨てられません。
リチェは分かっていた答えの、答え合わせをしたように泣き笑いの表情を浮かべました。
「うん、分かってた」
リチェの目から涙が溢れ、リチェの頬に添えた私の右手を濡らします。
私の目からも涙が溢れて、頬を寄せていたリチェの右手を濡らしました。
「とても、とても好きですわ」
溢れる涙のように想いがこぼれます。
リチェは堪えきれないように私の唇を奪いました。
それはまるで私の唇にリチェを刻み込むように幾度も幾度も角度を変え与えられます。
くちづけの合間にリチェが何度も愛してると呟き、さらに深いくちづけとなっていきました。
明日の夜、私はアルトバルトのものになるのです。
これくらいの思い出は許されるでしょう?
私もリチェの頭を抱えるようにくちづけに応えました。
今宵だけです、明日はもうリチェを忘れます。
だから、最後にあなたの吐息も全て欲しいのです…。
……と、リチェと別れたのです。
そう、私は国のためにリチェと別れたのです。
卒業式、目の前の壇上で、婚約者 ( 私 ) の前で、他の女 ( ピンクの髪のご令嬢 ) に愛を語る男がいやがります。
いやいや、お前はいくらでも男爵令嬢を側室に娶って一緒にいられるでしょう!?
それじゃ駄目ですと!?
え!?王太子ですよね!?
私より国を考える存在ですよね!?
真実の愛!?
いやいや、私とリチェもですよ!?
そもそも何であの王様働かないのでしょう!?
何でお父さまが王様のお仕事してるのでしょう!?
何で私は寂しい思いを我慢しなくてはならなかったのでしょう!?
何で、この愛を語りやがる男は扇子言語を覚えないのでしょう!?
周りで綺麗に揃った扇子ポーズは目に入らないのでしょうか!?
何でしょう、腹の底からこう赤黒い何かがぐつぐつと、そしてぐるぐると回り始めます。
頭のどこかで何かのプツリと切れる音がいたします。
私はアルトバルトに応えるべく立ち上がりました。
そして荒ぶる心のまま扇子を動かします。
まずは哀しげに眉を顰め、
「殿下……」
"クソが"
次に笑みを浮かべ、ふふふ、こみあげる何かに微かに震えてしまいますわ。
「殿下の尊いお気持ちは分かりました。婚約破棄かしこまりました。殿下のお幸せを祈っております」
"(社会的に)殺す"
最後にカーテシー。
心を込めてあなたにこれを。
ポッキリ扇子を折って床に捨てる。
" 地獄に堕ちろや"
ああ、そう言えば何でリチェは女装していたのでしょう?
今からリチェに尋ねにいきましょう。
いいね、ブックマーク、評価をありがとうございます。
誤字脱字のご指摘をありがとうございます。早速訂正しました。
リチェはお察しの通りドルチェの事です。その後、無事婚約して結婚します。
なぜ、リチェは女装をしていたのか…。
番外編の方にリチェ視点で書きました(^^)v
次回からミリアムの恋愛編に入ります。





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