公爵令嬢コーネリア 中編
本当に扇子言語を覚えなくて大丈夫なのでしょうか…?
お父さまがアルトバルトと話してみると言ってくださいました。
お父さまがアルトバルトに話してくださったなら、もう大丈夫なはずです。
今日から新たな関係になれるでしょうか。
心が温かく膨らむのを感じます。
「コーネリア!!」
初めてアルトバルトから名を呼ばれましたが、そこには堪えきれない怒りが込められていました。
「お前はピアネス宰相に何を言ったんだ!?何が、扇子言語だ!?これ以上私に勉強しろと言うのか!?お前は何様だ!?」
物凄い剣幕で怒鳴りつけられました。
恐ろしくて指先が小刻みに震えます。
慌てたように、教育係の先生が止めましたが、アルトバルトはその手を振り払いました。
そして、アルトバルトは、私の持っていた扇子を床に投げ付けて言いました。
「もう二度と私の前で扇子言語を使うな!!」
泣くな、笑え。
私はお腹に力を込め、震える唇を笑みの形に作りました。
「大変申し訳ございません。かしこまりました。……今日は気分が優れませんので、これで失礼致します」
床に投げ捨てられた扇子は私の心のようです……。
公爵邸に帰ると、よほど青い顔色をしていたのか心配する侍女たちを下がらせ、私は部屋に閉じこもりました。
ベッドに座り、まるで心が凍りついたようにずっと膝の上の震える指先を見つめていました。
「リア!」
リチェの焦った声に視線を上げました。
「大丈夫、大丈夫だから」
何が大丈夫なのでしょうか?
何が……?
ゆらゆらと視界が揺らめき、ポタリと涙がひとつぶ溢れました。
それからまるで決壊したように涙が溢れて止まらなくなりました。
「ふ……うぅ」
リチェは私の涙を全て受け止めるようにきつく抱きしめ、ずっと大丈夫、リアは素敵と言い続けました。
こんなに私の声は大きく出るものだったのでしょうか。
何かを喚きながら泣き続けました。
そして……私はいつの間にか眠ってしまったようでした……。
目が覚めた時、私はリチェの腕の中にいました。
部屋は薄ぼんやりと暗く、夕方を少し過ぎたくらいの時間でしょうか。
リチェはベッドの端に寄りかかるように座り、布団でくるんだ私を抱えて眠っていました。
リチェの腕の中は温かく私はそのまま暫くぼんやりとくっついておりました。
「ん……」
小さくみじろぎ、リチェの目が開きました。
私は慌てて目を閉じ寝たふりをしました。
「どうか俺を選んで……」
小さく小さく呟かれたリチェの声。
それは本当に小さな囁きだったけど、ほとりと私の胸の奥に落ちました……。
* * * * *
それからアルトバルトとは深い溝ができたままソルリディア学園に入学し、とうとう最高学年の年になりました。
それは最高学年と新入生が出る入学式で起きました。
本来なら在校生代表としてアルトバルトが祝辞を述べるはずでしたが、なぜか姿が見当たらず、アルトバルトに代わって私が祝辞を述べていた時でした。
ピンクの髪の可愛らしい生徒を横抱きにし、アルトバルトが入学式に現れたのです。
ざわざわと空気が揺れましたが、私は一つ咳払いをして場の空気を戻し祝辞を続けました。
何か良からぬことがこれから起きてしまう予感がいたしました……。
それからアルトバルトとピンクの髪の男爵令嬢は急速に距離を詰め、2人が一緒にいる姿を見るのは日常になってしまいました。
お互いしか目に入らないような、いつもどこかしら相手の体の一部に触れる2人の姿は、まるで幸せな恋人同士のようでした。
周りの生徒はその姿に眉を顰めていましたが……。
「殿下、御身は皆の目を集める地位です。どうかお慎みください」
側近が言っても、私が言っても全く聞く耳を持ちませんでした。
「卒業したら君と婚姻しなくてはならないのだ。それまでの間くらい、好きにしても良いだろう」
アルトバルトが望まなくても私たちは無用な王位争いを避けるため、国の安定のために婚姻を結ばなくてはならないのです。
男爵令嬢はきっと側室に入られるでしょう。
その時私は……。
今にも雨の降りそうな空を見つめます。
そして卒業式の前夜、私はあの日、胸にほとりと落ちた気持ちと向き合うことになるのでした。
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