自称王太子エランシオ
鼻に扇子を生やしたエランシオは、速やかに捕縛され連れて行かれた。
医務官によってやっと鼻から扇子を取ってもらったエランシオは、鼻血が止まらないので鼻に詰め物をされ、貴族用の牢に入れられた。
牢と言っても貴族用なので、武器になるような物が置かれていないだけで、質素な見た目ながらソファや簡易なベッドは設置されていた。
エランシオは怒りのままソファを蹴り倒し、頭を掻きむしった。
「ミリアムめ!」
腹が立って仕方なかった。
しかし、自身が嫌がらせで贈った暗い緑のドレスを纏った、この上なく地味な装いのミリアムの姿を思い出しフンと鼻で笑い溜飲を下げた。
が、ミリアムが自分に反抗した事と扇子の一件を思い出すとまた、頭を掻きむしる。
そう、出会った時から腹立たしい少女だった。
ミリアムと婚約したのはお互いが4才の時だった。
どこにでもある栗色の髪に焦茶色の瞳、特に特徴のない顔立ち。
かと言って醜いわけでもないし、伯爵令嬢なので低すぎる爵位でもなく、性格も従順であったため文句もつけられず、エランシオはひたすら粗を探すようになった。
……しかし、粗が見つからないのである。
目立って優れている面はないが、マナーにしても成績にしても社交にしても普通に出来ているのだ。
何か言ってやりたくて、「お前は普通だ!」と言った事があったが、ミリアムはキョトンとして頷いていた。
俄かに外が騒がしくなった。
私は慌てて倒したソファを戻した。
「ああ、エランシオ!」
牢に入れられた母上がすがるように私の手を握った。
私と同じ蒼い瞳に明るい緑の髪の側室グレース・ソルリディア。
母上は男爵令嬢ながら、その美しさと賢さから(エランシオ主観)父である国王バラドクス・ソルリディアの側室になられた尊敬すべき人だ。
よく様々な貴族が相談(悪巧み)に訪れ、贈り物が多く届き、その人望の高さが窺えた。
私の自慢の母上だ。
「母上、王太子を騙った罪と言われたのですが、どういう事でしょうか!?兄上が廃嫡されたのですから、私が王太子になるのでしょう!?」
「ええ、そうよ。あなたの他に陛下の子はいないのだから、あなたが王太子よ!」
グレースは箝口令が敷かれている筈の王太子の廃嫡をエランシオにいち早く漏らしていた。
「いえ、違います」
いつの間にか、宰相ピアネス・レシャールカが笑んでそこにいた。
「陛下と血が繋がってない可能性のある王子を王太子にする訳がないでしょう」
「は?」
「エランシオは陛下の子よ!」
目を吊り上げた母上が叫んだ。
そうだ、私は父上の子だ。
宰相は何を言っているのだろう……?
「まあ確かに、限りなく低いですが陛下のお子の可能性もなくはないんですよねぇ」
本当に宰相は何を……?
「グレース様、あなたの生家である男爵家の若い庭師と町医者が17年前に殺されています。確か、庭師の髪はエランシオ様と同じ暗い緑色だったそうですね。あなたと同じ緑の髪の色だから選んだのですか?陛下とあなたの閨の記録だとエランシオ様はだいぶ早産でお産まれでしたのに、随分立派な赤子だったとか……」
「そんな庭師と町医者なんて知らないわ。早産だって大きく産まれてくる赤子もいるでしょう?」
母上はツンと顎を上げ答えた。
「辞めた侍女から、あなたと庭師の仲の良いご関係の証言は取れておりますよ。しかし、あなたは本来の手順を踏む事なく陛下と閨を共にしてしまった。町医者も殺されているので、腹に子を仕込んで閨をした証明が出来ません。
実に手際よく側室におさまってしまいましたしね。戦後処理で忙しかったとはいえ、この私を出し抜くとは本当に素晴らしいです。敬意を表し、エランシオ様には領地を与えて公爵になれるようにして差し上げていたのにいらないとは残念です」
全く残念に思ってない表情で宰相は言った。
「私を牢に入れるなんて陛下はお怒りになるわよ!私は陛下の寵妃よ」
初めて宰相の笑みが消える。
母上はニヤリと笑った。
「陛下は私の事を愛しておられる。邪魔な王太子が廃嫡となった今、陛下はエランシオを王太子にするはずだわ」
「陛下、そうなのですか?」
「いや全く」
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この作品で初めて産みの苦しみを味わった回でした…。





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